誰にも見られることなく城に戻り、シャワーを浴びて、砂埃を洗い流す。
足元に目をやると、排水溝に流れていく水が、うっすらと赤く染まっている。
………髪の毛に返り血を浴びたのだろう。
変装のために一時的に髪を染めたから、今まで気づかなかった。
そのうち水は透明度を取り戻し、髪染めも落ちて、元の色に戻った。
腕が落ちたのかもしれない………。
それでも鏡の中の自分は、十分に殺し屋の目をしていた。
水温を下げ、全身に浴びる。
その温度に慣れたころ、鏡の中の殺し屋はいなくなっていた。
セッツァーが帰る前に顔くらい出そうと、小サロンに向かう。
自分が居ないときくらい、給仕の人間が居る部屋で飲めばいいと思う反面、仕事や身分を忘れられるあの部屋が居心地がいいのもわかる。
実際のところ、いくら認知されているとはいえ、城の人間の目に付くところをうろうろしたくない。
向けられる視線が、好奇と好意とを含んでいるのがわかるからだ。
他人にどう思われていようが構わないのだが、明らかに何か言いたげな様子なのに何も言ってこないというのは、気に入らない。
こちらから声をかける素振りを見せようものなら目も合わせずにそそくさと去っていく。
最近はもう気づかないふりをすることにしている。
そのことにエドガーは気づいているらしく、どことなくおかしい。
扉の前に立つと、中の話し声がかすかに聞こえてくる。
「たとえ誰かがシャドウを好きになっても、その後のことはそいつとシャドウが決めることだ。ま、どうにもならないと思うがな。………見ていればわかる。言い方は悪いが、シャドウはあんたに参ってる。たぶんあんたが思っている以上に」
どんな話の流れでこうなったかは、なんとなく想像がつく。
おおかたエドガーが酔った勢いで話し始めたのだろう。
「気がつくとみんながシャドウを見ている」 とかなんとか。
それにしても、なぜセッツァーにはわかってしまったのだろうか。
そんなにも、表れてしまうものなのだろうか。この、想いが。
そう思って、気づく。
わかってしまうのだ。ずっと、見ているから。
想い人を見つめる他人の視線を、我知らず、感じ取ってしまうのだ。
自分が今まで、気にしないようにしていただけだったことを思い知らされる。
中に入るには躊躇われ、立ち去るには今後の展開が気になりすぎる。
気配を消して壁に寄りかかる。
まるで、 「仕事」 のようだ。
「騒がしいのは今だけだと思うぜ。そのうちみんな諦める。………おっと、言うなよ。お前だけは、シャドウを疑ってはならない。わかってるだろう?」
「そうだな。………お前にそんなことを言われるとはな」
「言わせたのはあんただ」
しばらくの沈黙。
その間、セッツァーのことばかり、考えていた。
彼の視線がいつもどこに向いていたか、思い出していた。
いつからかはよく覚えていない。
でも彼は確かに、エドガーを見つめていたのだ。ずっと前から。
「ああそうだ、黙っておこうかと思ったが、言っておく。俺はあんたのほうが好みだ」
告白とともに開かれる扉。
二人から見えない位置に移動する。
「今度はシャドウが、今日のあんたみたいになるかもな」
その言葉とともに部屋を去るセッツァーの背中を数歩分見つめて、声をかける。
「悪いが、やらんぞ」
彼の想いが本物だからこそ、謝罪の言葉が口をつく。だが、俺のほうからエドガーを手放すつもりはない。
その言葉に彼は歩みを止めた。
「知ってるよ。じゃあまたな」
一度も振り返らず、右手を振って彼は帰っていった。
決して手に入らないとわかっているものを欲しいと言ってしまう弱さと、振り切る強さを見せ付けられた気がした。
部屋に入って開口一番 「セッツァーのほうがよくなったか?」 そう言ってやった。
そのときのエドガーの顔をセッツァーにも見せてやりたかった。
▲NOVEL TOP