酒の肴に、昔の話をすることがある。だいたいはエドガーの思い出話だ。
子供のころ、マッシュと入れ替わって誰が一番に気づくか気に入りのおもちゃを賭けたとか、親父さんが大事にしていた酒瓶(双子の生まれ年のもの)を割ってこっぴどく叱られたとか、初恋はその親父さんの従姉妹で思い出にキスをもらったとか・・・・・・。
セッツァーがいれば、彼の話を聞く。最近の噂話、仲間たちの近況、ギャンブルでの失敗談、よく行く店の雰囲気、大事な女友達、飛空艇、今気になっている女性・・・・・・。


『 あの頃 』 する暇のなかった、雑談。彼らを形作った過去。楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、悔しかったこと、忘れられなかったこと、未来への希望・・・・・・。
そのかけらを、共有する。
出会うまでの年月を埋めるように。



「たまにはあんたの話も聞きたいな」
二人きりのいつもの小サロン。真夜中、少し開けられた窓から、心地よい風がオアシスの匂いを運んでくる。
二人で、時には三人で飲む夜には特に、この何もない部屋でよかったと思う。花もにぎやかな音楽もない、美しく着飾った給仕の女性もいない、ただひたすらに小奇麗なだけの部屋。
「何でもいいんだ。あんたが今、話したいこと、話せること。何でも」
エドガーが、互いのグラスに琥珀色の酒を注いでいく。
話せる範囲でいいから、そう言われても話せることはあまり、ない。
彼らが話してきたこと。
たとえば、
両親のこと。
家族のこと。
子供のころのこと。
初恋のこと。
友達のこと。
手に入れたものと、失ったもののこと。
そして、初めて人を殺したときのこと。
その、どれも。



両親や家族のことはよく覚えていない。
同じく、子供のころのことも。印象に残っていることがない。
 
昔のことを思い出そうとするとき、なんとなく靄がかかっているかのようではっきりとは思い出せない。まるで他人の人生を追体験しているような気さえする。

初恋と呼べるかはわからないが、彼女は、気づいたときには誰よりも大切だった。そのひとは、今はもう、いない。ほんの短い間だけの蜜月。
義父と娘と犬がいて、たぶん娘は俺が父親だと知らないはずだ。名乗るつもりもないし、その資格もないだろう。
形見の指輪は、俺の命と引き換えに砕けてしまった。
指輪のおかげで生きながらえた今、彼女に愛されていたと思うのは間違っているのだろうか。

大事な友達、いや、仲間。片割れだったと言ってもいい。彼と二人で使った名前を、今は一人で名乗っている。
今でも時々夢に出る。昔に見た悪夢ではなく、今でも彼が生きているような、そんな優しくて悲しい夢。二度と戻らない、ありえない日々。
もしあの時彼が死ななければ、もっと違う人生だったに違いない。
いまだに盗賊家業を続けていたかもしれないし、どこかで野垂れ死にしていたかもしれない。
そんなことを考えるたびに、彼を失った喪失感と死なせてしまった後悔とが胸を占める。

初めて人を殺したとき。
ダガーを伝ってくる血の熱さを覚えている。命の奔流。
これが俺にも流れているのかと思った。それだけだった。
金で殺しを請け負ううちに、いつか俺もこうやって死ぬことになる、そう覚悟した。



昔のことは、あまりよく覚えていない。いや、たぶん、思い出したくないだけだ。
ただ、彼女と彼と温度のことは、いくら忘れようとしても忘れられない。何よりも自分自身が忘れたくないと思っている。



長い沈黙。
エドガーは決して急かさず、グラスを傾けながら俺の言葉を待っていた。
「・・・・・・そのうち、話す」
ごまかしているわけじゃない。
今はまだ鮮やか過ぎて、思い出としては話せない。
 
いつか、かつて愛した者たちの話をしたいと思う。
他ならぬ、彼に。
この魂に刻まれた、 『 俺 』 を築き上げたすべてを。

「ああ、楽しみにしている」

瓶に残った酒を互いに注ぎあってグラスを触れ合わせる。
澄んだ音色が風に溶けて、消えた。






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