高みへと導いていくエドガーの動きに合わせて、こらえきれない嬌声がシャドウの唇からこぼれる。
その熱い吐息で乾いていく唇に、エドガーは噛み付くようなキスをする。
歯の隙間からのぞく赤く熟れた舌を誘い出し、絡めあう。
エドガーがひときわ深く埋め込むと、シャドウは声にならない声を上げ、二人は同時に果てた。

シャドウにバスを使わせている間にエドガーはベッドを整えた。
最近はずいぶんと余裕ができたように思う。自分の仕事に対する処理能力が上がったこともあるが、有能な人材が少しずつではあるが増えているのが大きい。
深夜まで書類仕事に追われることはなくなったし、外出できる時間も取れてきた。
そして何より、二人の時間が増えた。こんなに嬉しいことは、ちょっとない。
エドガーの口元に満足そうな笑みが浮かぶ。

「痕にならないといいが」
シャドウの口元の傷にそっと触れ、エドガーが心配そうに覗き込む。
「舐めておけば治る」
糊の利いたさらさらのシーツに包まれるシャドウは、まだ濡れた髪のエドガーの頭を引き寄せ、唇を重ねた。
酒場の暴漢を正当防衛という形で片付けるために作った傷は、深くはないが周辺を赤黒く染めていた。
シャドウの白い肌の上ではひどく痛々しさを増す。
かつての彼ならば、そんな傷など負わなかったに違いない。特に目立つ顔には決して。
この傷は、彼が弱くなったということではない。彼は敢えて負傷して見せたのだ。
普通の人間として生きていくために。
「じゃあ、すぐに治るな」
エドガーがいたずらっぽく笑いわざとシャドウの傷を舐めあげると、痛い、とシャドウは眉をしかめるのだった。



たまには出かけよう、そう言ってエドガーはシャドウを街に連れ出した。
城にこもっている間に春が来ていたようで、日差しも風もずいぶんとやわらかくなったような気がする。
街全体がどことなくふわふわと浮かれているような気さえする。
特に目的もなく、二人は歩く。
エドガーは目立ちすぎる金の髪を敢えて隠そうともせず、無造作に束ね背中にたらしている。
フレームレスのうっすらと色のついた眼鏡をかけただけなのに、その人物がフィガロの王その人だと気づく者はいない。
シャドウはといえば、両目の色こそ揃えているものの、こちらも珍しい銀髪をさらしたままだ。人目を引くがゆえに誰も彼が暗殺を生業とするものであると思いもしない。

一休みしようかと入ったカフェには中庭があり、そこにも喫茶スペースが設けられていた。
店内ほど人もなく天気もいいので、二人はそこに席を取った。
子供連れや恋人たちの時折耳を掠める楽しげな会話の端々やはしゃいだ笑い声が、平和というものを感じさせる。

「楽しいか?」
飲み物が半分ほどになったとき、シャドウが尋ねた。
それというのも、カフェに着いてからエドガーがシャドウの顔ばかり見ているからだ。互いに飲み物と読み物を頼んでいたが、ふと顔を上げるといつも目が合う。
「もちろん。楽しくないわけがない」
「……そうか」
「ああ」
眼鏡の奥の目が笑う。
「傷、消えて良かった」
エドガーの指がそっと口元をなでると、シャドウの口元が緩んだ。
「言ったろう、舐めておけば治る、って」
「そ……」れは誘ってるのかと言いかけてやめた。シャドウの足元に、何かが。シャドウもエドガーの視線を追う。

シャドウの足にしがみついたのは、歩き始めたばかりのころの男の子だ。
親の元を離れて歩き出し、転んだものらしい。シャドウのズボンを支えに立ち上がったはいいが、目の前には知らない男が二人。
今にも泣き出しそうになっている。
「ほら、泣くなよ。男の子だろう?ママはどこかな?」
いわゆる 『 高い高い』 をエドガーがしてやる。上背のあるエドガーのこと、普段両親からしてもらうものよりもずっと高いのだろう。
男の子はびっくりはしたもののすぐに笑顔になり、笑い声を立てた。
その声に母親が程なく迎えに来て、しきりに謝り礼を言って去っていった。
エドガーは笑みを絶やさず手を振って見送り、シャドウはそのエドガーの様子をずっと見ていた。



その夜。
いつもの部屋のいつものバーカウンターで二人は並んでグラスを傾けていた。
特に会話がないのはいつものことだ。そんなものがなくても二人は互いがそこにいれば十分だったのだ。
しかし今夜の空気はどことなくいつもと違う。
同じ場所に居て隣に座っているのに、違う場所、離れたところに居る気がする。
心が、離れている気がする。そうエドガーは感じた。
「シャドウ……」
「エドガー……」
二人が同時に口を開き、向き合う。
シャドウの顔にいつにない表情が浮かぶのが見て取れた。苦悩の色。だからエドガーは促す。言葉には出さず、ただ首をかしげるだけ。
「エドガー、……こども、作らなくていいのか?」
その言葉で、すべてがわかってしまった。



フィガロには、王が必要だ。
王という形ではないとしても、民を統べる者が、必要なのだ。
エドガーやマッシュの父、祖父。代々続いたフィガロ王家の血が途絶えようとしていることに、シャドウは気づいてしまった。
いや、知っていた。知っていながら、気づかない振りをしていた。考えないようにしていた。
でも、思い出してしまった。あのこどもを見て。こどもを抱き上げるエドガーを見て。
彼が、王だという事に。
ああいう未来が、あったかもしれない事に。
許されることでは、ない。



「……いつか言ったな。どちらかを選ばなくてはならなくなっても、両方とるって」
いつか見た夢のことを思い出す。
「でもそれは、間違ってた」

エドガーのその言葉に、思わずといったようにわずかにシャドウの肩が震えた。
その震えをごまかすためか、シャドウは自らの体をきつく抱く。彼が見せたことのない、動揺。
エドガーの言葉だけではなく、自身の行動にも、うろたえていた。

「俺はね、シャドウ。あんたをとるよ」

言葉とともに与えられた抱擁を振りほどこうとするが、できない。
エドガーの力が強いからなのか、本当は振りほどきたくないのかわからない。ただシャドウは首を振るばかりだ。
シャドウをきつく抱きしめたまま、エドガーは話し続けた。シャドウの左耳のすぐそばで、落ち着いた声音で。

「ずっと考えていた。王座を継いだときから。王は、血で継ぐのではないと」
ぽつぽつと、昔を思い出しながらエドガーは言葉をつむぐ。
「王様業が嫌になったわけじゃないし、あんたとこうなったからでもない。マッシュが居るからでもない。王であろうとしたものが、王になるんだ。それが続いただけなんだと思う。うまく言えないけどね」
シャドウの震えは止まっていたが、それでも抱擁は解かれない。

「跡継ぎを生ませるためだけに女性と関係を持つのは俺の主義に反するし、生まれてきたこどもが王になる資質を持つかはわからない。マッシュのように、ほかにやりたいことがあるなら、応援してやりたくもなる。それは、わかってくれるだろう?」

かつて両表のコインで弟を自由にした過去を、シャドウは知っている。
だから、頷くしかなかった。

「あんなことがあって、人は、自ら考えて生きなければならなくなった。まず、自分で自分を統べなくてはならなくなったんだ。誰からも指図されず、支配されず、信念を持って。だから、いつか、王なんてものが必要とされない日が来ると思う。・・・・・・来てほしい」

その言葉にシャドウは思う。だからこそ、エドガーは王であるのだと。
彼の思想を、意思を継ぐものが必要なのだと。
それがわかったのだろう。エドガーはなおもシャドウをその腕に抱き、あたかも独り言のように続ける。

「大事なのは、王家の血じゃない。……ああ、何て言ったらうまく伝わるんだろう。俺はね、シャドウ。たまたま王家に生まれて教育を受けて王様になったけど、嫌じゃなかったよ。確かに面倒なことは多いし、自由も少ない。でもね、王家に生まれたからって理由で王様やってるわけじゃないんだ。そうしたいから、やってるんだ。国のためとか民のためとかいろいろあるけど、大事なもののためにやってる。その大事なものの中に、今はあんたが居るんだ。だから、次の王はね、そんな風に思ってくれる人なら、誰だっていいんだ」

詭弁だ、そう思わないわけではなかった。
ただ、言葉の裏にあるもの、エドガーにシャドウと離れる選択肢がないことや、女性との間に子供をもうける意思がないことだけはわかった。
だからただ一言だけ。

「そうか」

どこまでいっても、同じ展開になるのは目に見えていた。
エドガーの言うことは間違ってはいない。だが、それが実子であってなぜいけない。
その考えが、どうしても頭から離れない。それを、エドガーもわかっていた。

「そろそろ出来てもいいくらい、頑張っているんだけどなあ」
シャドウの引き締まった腹をなでながらエドガーの体が離れていく。
「やめろ、はずかしい」
そっぽを向くシャドウ。
「まあ、いざとなったら二人で駆け落ちしよう。セッツァーあたりに手伝わせて」
「……本気か」
「もちろんだ」

互いに冗談めかして話を終えるのが、今の二人に出来る精一杯だった。






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