バーボンの瓶とグラスを2つ掴んで、船のデッキに出る。
新月。
星の光だけが、航路を照らす。
こんな夜には柄にもなく、感傷的な気分に浸ってしまう。

誰も邪魔できない空に居てさえ頭に浮かぶ雑事はきりがなく、忘れたくないことばかり忘れていく日々の中で、あの頃のことだけはまだ、色褪せない。

こんな夜に思い出すのは、いつもあいつのことだ。


『 最速 』 を競って、世界中の空を飛び回ったあの頃。酒も女も金も、欲しいものは全て手に入れてきた。
一歩間違えば全てを失うかもしれない、そんな賭け事の世界に身を置いた。
勝ってさえいれば、全てを守れると思って。
実力と運とで。


好敵手だとか、仲間だとか、そういうんじゃない。
まして恋人でもない。
抱きたいなんて思ったこともなかった。
うまく言葉に出来るような関係じゃない。
ただ、 『 理解りあえる 』 こと、それだけでよかった。

「呑めよ、ダリル」
瓶を傾け、グラスに注いだ酒を夜空に捧げる。

自分のグラスのバーボンを一口飲み干す。
喉を焼く熱さが、ゆっくりと下りていく。
今も消えない喪失感。
埋めることは出来なくても、紛らわせることは出来る。だから今まで、飛ぶことをやめなかった。
いや、やめられなかった。あいつの全てを、忘れてしまうような気がして。


あいつの船で、俺は今、飛んでいる。


「…ひとつ、賭をしようじゃないか。3つ数えて目を開けたとき、星が流れたら俺の勝ち。流れなかったらおまえの勝ち。この船を返すよ」


面白い仲間が出来た。
辛く長い戦いのあと手にした平穏な日常。
だからこそ余計に募る想い。

『 あいつが隣にいればいいのに 』

一人で飛ぶのには、もう飽きた。


…1、2、3!
「…は、ははははは…っ」
ひとつ、もうひとつ、数多の星が流れた。

あぁ、そうか。
俺はあいつの船で飛んでいるんじゃない。
あいつと、飛んでいるんだ。


そう、あの宝石のような過去も。
あの、世界を変えた日も。流星が降る今も。

そして、まだ見ぬ明日も。


翼、折れる日まで。






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