珍しく、3日間雨が降った。
砂漠の風が湿り気を帯びて、いつも以上に熱く絡みつく。




最近シャドウの顔を見ていないので、こちらから訪ねることにした。
今日の仕事は比較的楽で、いつもよりも早い時間に終了したから。
とはいっても、すでに日は落ちて真夜中にはなっていないというだけだが。
そういえばここ2、3日彼の顔を見ていないことに気づいた。
珍しい話ではなかったが、城を離れる話なんか聞いていなかったから、おそらく城内にいるはずだ。
この時間だからもう眠っているかもしれないが。




小サロンの明かりは点いていなかった。
人が入った気配もない。
今日はここに一度も来なかったらしい。
部屋においてある毛布もきれいに畳まれたままだし、グラスも使われた形跡がない。

彼の自室に足を向けた。
小サロンに程近い、めったに城の人間が近寄らない場所。
ドアをノックしても返事がない。
「シャドウ、入るぞ」
一応声をかけて扉を開ける。
人のいる気配と、幾分熱く湿った空気が流れた気がした。
明かりは点いていない。
寝顔くらい拝んでおこうと近づいていくと、浅く早い息遣いが聞こえる。
「シャドウ?」
ベッドサイドの明かりを点すと、苦しげに眉を寄せ肩で息をするシャドウが横たわっていた。
汗で張り付く前髪を掻き揚げてやると、ひどい熱なのが知れた。
「エ、ドガー・・・?」
意識はある。ただ、朦朧としている。
「いつからだ?」
「・・・おと、とい」

答える声はずいぶんと弱々しく、普段よりもかなりかすれている。耳を近づけないと聞き取れないほどだ。
「っ、この馬鹿が」

熱にうなされながらも唇の端をほころばせる彼。





小サロンに走って戻り、アイスペールいっぱいの氷を持つ。
シャドウの部屋に備え付けの洗面所からタオルを探し出し、氷水につけて絞り、汗を拭いてやる。
顔だけでなく全身に汗をかいているから着替えさせなくてはならない。
肩に腕を回させ、起き上がらせる。
クローゼットから適当な服を引っ張り出してベッドに放り投げる。
ついでに換えのシーツも探し出す。
その間シャドウはヘッドレストにぐったりともたれながら時折目を開けて何か言いたそうにしている。

要するに、ニヤニヤしている。
力なく、ではあるが。

幾分さっぱりさせたからか、若干呼吸が安定した気がする。

「まったく、俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

おそらく、どうもしないのだろう。
ひたすらに胎児のように丸くなって、明かりのない部屋で自身の回復力に任せる。
もう、ケアルもエスナも使えないのだから。

「来て、くれただろう?」

熱はまだ引いていないから話すのは辛そうだが、いつもの彼だ。
相変わらず唇の端だけで笑いながら答える。

「まったく、この俺に介抱させるなんてお前くらいのものだ」

セッツァーあたりが見たら指を指して笑うに違いない。いつもの余裕はどこに行ったんだと。

「誰にも、見せられない姿だったな。あんなに、慌てて、走り回って」

軽く咳き込みながらも笑っている。
薬を含ませ、口移しで水を飲ませる。
いつも以上に熱をはらんだ白い肌。熱い唇。水を飲み込む喉がひどく扇情的だ。熱に潤んだ瞳がますます煽る。
しかし。

「もう少し眠れ。熱がまだ高い」

無理はさせられない。
するとエドガーの首筋にシャドウの腕が回され引き寄せられる。
深く、熱い、キス。まるで胸の内を読まれたような。
そっと離れる、互いの唇。

「おやすみ」

両目を閉じたままのシャドウ。

「おやすみ」

満面の笑みのエドガー。
前髪をかき分けて、シャドウの熱い額に口付ける。水タオルを乗せてやると、すぐに寝息が聞こえてきた。

シャドウの部屋にあるものは、ベッドとソファ。作り付けの本棚にシャワールーム。
寝に帰るためだけの部屋といった感じだ。
本棚には当然書籍が挿されているが、数はあまり多くない。その代わり、内容は多岐にわたる。
その中の1冊を手に取り、ソファに横になる。ふかふかのクッションとブランケット。
今夜はここで眠ろう。







明け方に目が覚めた。
熱は引いている。
ソファにはエドガーが横たわっている。
読みかけの本が彼の胸にある。
いつか聞いた異国のオルゴールが忘れられなくて、その後再びやってきた物売りから買ったものだ。
その異国の、昔話。
王と罪人の娘の悲しい愛の物語。

「・・・砂漠の王と、恋愛物語、か」



これから10年、20年、共に居られる保証はない。だが、保証が欲しいわけじゃない。
ただ、互いが互いを必要としなくなるまで、そばに居られればいいと思う。
少しでも長く、そう、できることなら、死が二人を分かつまで。



そっと本を手に取り、ブランケットを肩まで引き上げてやる。
昨日彼がしたように、前髪を払ってその額に口付けた。

「おやすみ」

かすかにエドガーの口元が緩んだように見えたのは気のせいだろうか。
彼を起こさないようにシャワールームに向かう。







どうやらシャドウの熱は下がったようだ。
触れた唇は熱かったが、動けるのならもう安心だ。
たまには病人の看病も悪くない。
彼からの口付けは、役得だった。



今日は、暑くなる。






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