【 おにいちゃん、だいすき。ぼくのおよめさんになって 】

どこで覚えてきたんだ。と、「おにいちゃん」は頭を抱えたかった。

108本のバラを背に跪いておもちゃの指輪を掲げ、7歳上の少年影山祥(かげやま しょう)にプロポーズする幼児、江戸川龍(えどがわ りゅう)5歳……もうすぐ6歳がいた。


幼稚園のクラスで人気者の双子、龍と鷲の、お兄ちゃんの龍。 
ある時お友達が言ったのだ。大きくなったらお嫁さんにしてね、と。
お嫁さん? と問うと、パパのお嫁さんがママだよとお友達が言った。じゃあ、ママのお嫁さんもパパなの?と聞いたら、そのお友達はうーん、と首をかしげて考え込み、ややあって、うん、と力いっぱい頷いた。
そのせいで小さな龍君は、「パパとママやぼくとしゅうみたいに一緒にいる仲良しは、お嫁さんっていうんだ」と認識してしまった。
ちなみにお嫁さんに立候補してくれたお友達に、「明日でもいい? もう今日はお迎えが来るから」と言ったらあっさりいいよと返されてしまい、次の日にはそんなやり取りをお互い忘れ去っていた。

中学に上がったばかりの影山少年はまず、バラに驚いた。その数とその意味と金額とくらくらしそうな芳香に。
ついで、お嫁さん? 俺が? 誰の? 龍の? なんで今? と疑問符ばかりが浮かぶ。
が、江戸川さんだからな、と納得した。するしかなかった。

この国のあらゆる業種の会社を擁する江戸川グループ。
そのトップに君臨する敏腕夫婦と業界では有名であるが、子煩悩が過ぎるのではないかと影山少年は思う。
しかし、おそらくそんな江戸川家の姿を知るのはうちくらいなんだろうとため息が出る。いまさらなのだ。会社と私生活のギャップがひどすぎるだろう。
ネットやテレビで目にする江戸川夫婦の評判はいい。
今の社長(江戸川母)は3代目に当たるが、世襲にありがちな小粒になった感がない。
大恋愛を隠し通した末の電撃的な結婚発表には誰もが驚いたという。出産・子育てをしながらの会社経営は周りの協力を得てますます順調だというのを、影山少年は最近何かの雑誌で読んだ。

仕事は順調、家庭内も平和。
しかし、寛容のあまり溺愛しすぎではなかろうか。
俺でいいのか? いくら同性婚が認められてるっていっても、後継ぎとかどうすんの?
棒立ちのまま、影山少年は真顔で50cmほど下の龍君を見つめる。
頬を紅潮させ上目づかいで見つめてくる視線が熱い。不思議と嫌悪感はない。いっちょ前にびしっと決めたスーツも似合っていてかわいい。
さてどうしたものか。
にしてもスゲエ数のバラ。108本なんて高かったろうな。あー、香りで頭痛いかも。影山少年はなおもぐるぐるし続けている。無理って言ったら、龍、泣く?


どうしてこんなことに。
「たまにはお夕飯食べに来て。角煮を作ったの。うちの人ったら張り切って祥君の好きなたまご、たくさん用意したのよ〜」
そんな甘い言葉に誘われたのがいけなかったのか? でも、おじさんの作る角煮とたまごは本当においしいのだ。
いいお隣さんだよな、と少年は思う。

ここには3年前に引っ越してきた。
お隣さん、双子のお子さんがいらっしゃるんですって。と母が言っていたのを覚えている。
江戸川グループのエネルギー開発関連会社に勤める両親が隣のご夫婦の素性を知っていて引っ越してきたかは知らない。
――今になって思えば、何か事情があったのかもしれないが、それは別の話――。すごくいいひとたちだ。
お隣さんが両親の勤める会社のずうっと偉い人たちだと知って、たまたま子連れでお散歩中のお隣さんを見かけて影山少年当時10歳があいさつしたとき、「おとなりのおにいちゃんですよ」とおじさんは双子に紹介してくれたし「なかよくしてね」とおばさんはほほ笑んでくれた。
会社の社長なんてお金持ちのむかつくやつらだという偏見を吹き飛ばすほどに、感じのいいご夫婦だった。

それから、お隣の双子、特に兄の龍とはよく遊んだ。
弟の鷲(しゅう)は体が弱く病院に通っていたため、龍は影山家に預けられることが多かった。
江戸川家くらいになったらベビーシッターくらい居そうなものだけどな、と今なら思えるが、なにか事情があったんだろう。
江戸川家の双子はふたりとも「おにいちゃん」と慕ってくれてかわいかったし、一人っ子の影山は弟がいたらこんな感じなのかなとちょっと年の離れた兄貴の役を楽しんでいた。

「祥君ごめんねこんなに急に。でも龍は、どうしても祥君が良いんだって。祥君だって好きな子がいると思うし、龍もOKしてもらえると思ってるわけじゃないの。ただ、知っていてほしいのよ」
と江戸川母は言うが、逆に言えば、OKでも構わないということなのだろう。
むしろOKの返事が欲しいのだ。だめならそもそも止めているはずなのだ。
だってなんだか龍と同じような表情でこちらを見つめているし、この場にストッパーの江戸川父がいないのが何よりの証拠。
鷲は江戸川母の足元に隠れるようにしてこちらをうかがい、「おにいちゃん、りゅうのおよめさんになるの?」とこちらもきらきらしている。かわいい。いやそうじゃなくて。
なんで俺がお嫁さんなの? 龍がお嫁さんでもよくない? 俺、年上だぜ? ってそういうことでもなくて。マジでおじさんもおばさんも、良いの?
もともと、友人たちには表情筋が死んでいるといわれるくらいに表情に乏しい影山少年であり、おそらく江戸川家の皆様には真顔に見えていただろうが、内心はこのように混乱を極めていた。

二度と告白してこないようにこっぴどく振ってもよかったのにその気にはならなかったのは、相手はまだずいぶんと幼く、いつかそんなこともあったと笑い話になるだろうし、正直、本気のプロポーズをされて悪い気がしなかったからだ。
できることなら傷つけたくないし、冗談めかして断ってしまうのは誠意にかける、と思った。
プロポーズを受けいれたとして、将来的にそれに縛られるような人生を送りたくはないし送ってほしくない。
大きな会社の跡取りに生まれて、今後不自由もあるだろう。
せめてそのときくらいは好きな人と結ばれてほしい。って、何を本気で考えてるんだ俺。ちょっと恥ずかしくないか?
むしろ、黒歴史になるから忘れてやるのがいいかもしれないな。初めて表情筋死んでて良かったと思ったわ。そうだよ、おままごとの延長だろう?
幼稚園で人気者だって聞いたことあるし、いやあ最近の幼稚園は進んでるな。
そんなことを考えられるくらいに影山少年は大人びていたし、年相応でもあったし、江戸川龍君の本気を信じられない程度に幼かった。だから。

【 いつかお前が俺より大きくなって、いい男になって、それでも俺のことが好きで、俺がお前に惚れてたらな 】
と、影山少年はなるべくかっこよく見えるように言った。
精いっぱいの笑顔も作ったつもりだ。「指輪も忘れるなよ」と付け加えるのも忘れなかった。
さすがに自分は忘れられなくても、龍は忘れると思っていたのだ。――その時は。
その日影山少年は両親に報告せず、そのうち、言う機会を完全に逃した。角煮はとってもおいしかった。


江戸川龍くんは、うれしくて仕方がなかった。
おにいちゃん笑ってた! だめって言われなかった! 本当におよめさんになってくれるかもしれない!
将来は背が高くなる予定だったし、おにいちゃんのようにカッコよくなりたいし、ずっとこの気持ちは変わらないと思っていた。
指輪は大人にならなきゃ買えないけど、あとはおにいちゃんにぼくのこと、だいすきになってもらうだけだ! と影山少年の出した条件を言葉通りに正しく認識していた。
だから、「がんばる!」と鼻息も荒く宣言し、その様子は江戸川母により撮影・プリント・額装を経て江戸川家の一室に飾られている。タイトルは――。

なお15年後、あの時両親には完全に根回しが済んでいたのかもしれないなと考える影山青年がいる。






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