シャドウさんに押されて、わたしは転倒した。
地面についた手を突っ張って立ち上がりかけ、しかし、わたしは中腰のまま凍り付いた。
シャドウさんがよろめいて膝をついている。
本当なら、わたしがそうなっている筈だった。なのに、彼は、わたしを庇った。
そんな事をしたらシャドウさんは――


! シャドウから離れるんだ!!」
「わかってる!」


離れた場所から声を張り上げたロックに叫び返した。そうするべきなのは、わたし自身よく判っていた。
敵の放ったその魔法は、以前わたしも受けた事がある。
(もっとも、その時の記憶はわたし自身にはない。後になって仲間に聞いた事しか、わたしは知らないのだけれど)
何をおいても、今はシャドウさんに近付いてはいけないのだと、わたしの理性が警告した。
単純な攻撃系魔法であったなら、どんなにか良かっただろう。

自分の警告を信じて、直ぐに離れれば良かった。
けれど戦闘の状況を見て取って、そうするのを断念せざるを得ないとわたしは判断した。
他の仲間は敵と対峙し合っていて、今、シャドウさんをどうにか出来るのはわたし一人しかいなかった。
勿論一旦距離を取るべきでもあった、しかし、それでは同時にシャドウさんに時間を与える事になる。

わたしは呪文の詠唱を超早口に開始した。
先手必勝。いち早く彼を元に戻してしまえば其れでOK。何も問題はない。何も。
舌を噛みそうになりながら魔法の言葉を紡ぎ終えようとした、その瞬間。

シャドウさんが顔を上げた。
その目にある碧の色は変わらなかったけれど、灯る光が明らかに違っていた。
それを認識したのと、彼がわたしの目の前に移動していたのはほぼ同時だった。……早すぎる!! なんて素早さ、流石シャドウさん。なんて言ってる場合ではない。

あと一秒の半分ほどもあれば完了した呪文、その最後の言葉が、自分の意思とは別に吐き出された息にかき消えた。
何が起こったか判らない。もしかして、シャドウさんに刺されでもしたのかな。
その可能性は高い、何故なら、彼は今――

ギュッと目をつぶり襲ってくる筈の痛みに備える。
けれど、予想したような鋭さを孕んだ痛みはいつまで経っても訪れなかった。
在るのは詰まるような息苦しさと、人の体温。恐る恐る目を開く。状況の把握に少し時間が掛かった。


視界が黒く染まっているのは何故か。
熱いくらいの体温を全身に感じているのは何故か。
拘束されたかのように身動きが取れないのは何故か。
全ては現状を理解してしまえば納得出来るものだった。それというのはつまりその、なんだ。
シャドウさんがわたしを抱き締めているからという事に他ならないワケで。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!??!?」


声とは呼べない音声を発したが、どうにもならなかった。
それまで忘れていた呼吸が持たず、思わず息を継ごうと空気を吸い込む。シャドウさんの匂いがいっぱいに自分の中に舞い込んできて頭がグラグラした。
拍車を掛けるようにキツくシャドウさんが腕に力を込めるので、余裕で酸欠に陥りそうになる。
くっそ、流石精神錯乱魔法 『 コンフュ 』 、いつものシャドウさんならあり得ない行動すぎるいい仕事してるぜこんちくしょう。
……いやだからそのそんな悠長なこと言ってる場合ではなくてそのホントにどうにかなってしまいそうなんです頼みます本当にええとそのどうすればいいんですかわたしうわあああああ。

どうにかシャドウさんを押し返そうとするものの、身体が密着し合っているので手が入り込む隙間さえない。というかあんまりにも強い抱擁過ぎて嬉しいけど苦しい上にいろんな意味で胸潰れそうです。
ショートしそうな頭でどうすればいいのかを必死に考えていると、耳元にマスク越しの掠れた息が掛かって思わずのけ反りそうになった。ぎゃあああああああ全身鳥肌がああああ!!! 何だこの羞恥プレイ!!!


「シャ……ドウ、さんっ、お願いですからそのっ」


ガクガクする膝を必死で立たせながら上擦った声で「正気に戻ってくれ」と懇願の叫びをあげようとすると。
背中に回されたシャドウさんの手の片方が滑り始めた。下へ向かって。
このままだとアレだ。その。何だ。レッドラインを飛び越えそうだという事で。

わたしは咄嗟に右の拳を握り締めると、思い切り真上に振り上げた。
……普通こういう時は平手打ちが一般的ではなかろうか、と自分でも思った(グーで殴るのは我ながら何というか酷い)。
しかし後になって言っても始まらない。
裏顎に見事にクリティカルが入ってしまったため、シャドウさんは昏倒した。
慌てて抱き起こすと直ぐに目を開ける。今のでコンフュは完全に解けたようだ、瞳が正常の光を宿していた。

しかし大丈夫かと訊ねると、普段は大抵「大したことはない」とか言う彼が
「……顎がひどく痛む」
とその場所に手を当てながら漏らした。
「ああ、大変」。目線あさってでひとまずケアルラを施す。
混乱中の記憶というのは正常に戻ると覚えていないのがほとんどのケースなので、今のシャドウさんも覚えてないだろう。
たぶん。
彼の性格からしても痛みの理由など突っ込んでこないだろうし大丈夫大丈夫きっと大丈夫。
……うん、たぶん。


「お、シャドウ元に戻せたみたいだな、?」


敵を片付け終えてきたロック達は能天気にそんな事を云う。戦いに集中していたらしくわたし達の事にはてんで気付いてなかったらしい。それはまあそれとして。

「……そ、それよりシャドウさん何でわざわざ魔法に当たりに行っちゃうんですかっ。本当だったらわたしが食らってた筈だったのに」
「またこの間のようになるのは御免だと思っただけだ」
「おーおー、あん時は参ったよなあ、混乱した、メテオ三回もぶっ放すから難儀したもんなあ」

からかう様に笑って思い出話をするロックに突っ込みを入れる気力もなく、わたしは溜め息をついた。
さっきのシャドウさんに比べたら、メテオの三連発くらいかわいいものじゃないか。
そう口の中で呟かずにはいられなかった。






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