ぽつぽつと落ち始めた雨が、一気にその勢いを増しました。
雨具なんて持っていません。外へ出た時はまぶしいくらいの快晴で、こんなふうになるなんて思っていませんでしたから。

空は暗くはありませんでしたね。
寧ろ白さが目に焼きついています。白く、何処までも単調で何も無い空。
わたしにはそんなふうに見えました。本当は何も無いワケはないんですけど。そこから生まれた水がわたし達にこれでもかと叩きつけられていましたし。




ざああああ。ざああああ。




ひどい雨です。
乾ききっていた足元の地面はあっという間にびちゃびちゃになり、枯れゆく木々に残るわずかな緑は雨滴に激しく打たれ、その痛みに悲鳴を上げているように見えます。
空気は湿気て、辺りは突然のそれに状況を一変させました。
夕立です。



「わあ!?」



いきなりバサリと何かが頭から被せられたのでビックリしました、割とすぐに、シャドウさんがご自身のマントをわたしに寄越してくれたのだというのは判ったんですけれども。
わたしが何かを口にしようとするよりも早く、シャドウさんは何も言わず、わたしの腕を引っ張っていました。

わたし達は、比較的多く葉の残っている大樹の下に身を寄せました。

時たま、雨露の大きなものが頭上から不規則なテンポで落ちてきます。
けれど雨宿りをするには充分なものです。わたしはようやく一息つくと、被せられたままのマントに手を掛けようとしました。



「そのままにしていろ」



腕を組み、木にもたれたまま、降りしきる強い雨に占拠された一面のスクリーンへと目を向けたままでシャドウさんは言いました。本当はお返ししようと思ったんですが。
……そりゃあ、今更返したところでどうしようもないと言えば、そうなのですけど。それでも。

わたしの方は貴方のお心遣いのおかげで然程、ひどくありません。濡れたうちになんて入らないようなモンです、あんなのは。


でも、シャドウさんは全身びしょ濡れでしたから。
額当てから、布で覆い隠された横顔のその顎のラインから、すっかり水気を含み濡れそぼった装束の裾から。ぽた、ぽた、ぽたと雫が滴っていました。


どう考えてもこのままではあれだろうと思います。でも身体を拭くのに適当なものがありません。
困ったな。
わたしはどうしようかと悩みましたがしかし、当のシャドウさんは沈黙を守りながらただその目の先にあるものを見据えているだけです。
ご自分の今の状態について、ほとんど関心がない様子にも見えました。

せめて、やっぱりマントを返そうか。
一瞬わたしは考え、けれど、シャドウさんは受け取りはしないだろうと思い、結局はそのまま与えられた黒布に包まれたままになりました。




ざああああ。ざああああ。




さっきからずっと続く音です。そればかりが耳につきます。世界にはこの音しか存在しないかと思われる程です。
風はなく、真っ直ぐに落ちてくるのはただ、雨と、雨と、雨だけ。

周囲はまるで、白く煙るように見える程です。
それらはまだ止まず、いえ、尚一層強いものになるばかりで。耳元で大声を張り上げなければ相手の言葉も聞き取れないくらいの激しい雨音が、辺り一面に満ちているのでした。

水と土の湿った匂いを鼻の先で感じながら、わたしは首を動かさずに目の端だけでそっとシャドウさんを窺ってみます。でもそちらは相変わらず微動だにせず雨を見ているだけでしたから、こちらもそれに倣いました。


ふと、不思議な時間のように感じていました。


わたし、雨宿りってあんまりしたことないんですよ。元いた世界では折り畳み傘とか持ち歩いてましたし、大した事ない雨量なら濡れて帰ることもありましたし。たまたま外に居る時にこういう激しい雨に出くわすっていうのも滅多にありませんでしたしね。

だから、水に囲まれた閉鎖空間で何をするでもなく、こうして木の下に留まって空と雲とを見続けるという行為は何だかフィクションの中の一部のようで、非日常的なもののように思えたんです。それに、それが一人の時ではなくシャドウさんと一緒の時だったのもまた、不思議さに拍車を掛けました。




ざああああ。ざああああ。




目をつぶって、すべてをやり過ごします。
肌に張り付いてくる湿気も、水が地を叩く音も、ゆっくりと過ぎていく夕の時間も。
早くこの雨が止めばいいと思うのと同時に、ずっと降り続ければいい、と何処かで思いました。

そのまま、ずっと、ただ、時間が過ぎていくのを感じていました。
どのくらいの間、そうやっていたのか判りません。思ったほど長くはなかったと思うのですが。










しと、しと、と小降りになった雨。きっと直にそれも止むはずです。
流石夕立、来る時も去る時も突然だなぁ、と。わたしはその事を改めて認識しました。
けれどそれよりもシャドウさんです。身体も冷えてしまっていると思います。わたしは手の平を宙に差し出し、雨の具合を確認しつつ言いました。



「……ほとんど上がったみたいですね」
「そのようだな」



そちらもまた、上空を見る気配。
わたしは「早く服を乾かさないと、ですね」とでも口にしようとして、シャドウさんの方を見て。
そうして、そのまま言葉を飲み込んでしまいました。


──あの、シャドウさん。
わたし、時々シャドウさんの目について思ったままを口にする事がありますけど、……あの、お嫌でなければまた、お話してもいいですか?この時も、ちょっと、その、思ったんです。


あの時、シャドウさん空を見上げてましたよね。
白さを保っていたままの空から、とてもやわらかく光は降りています。
その光が、当たってたんです。貴方に。

それから、たぶん、雨が洗っていったために濁りのない澄んだ空気になったせいですか。
ほんの十数分ほど前に在った、何処かくすんだような乾いた空気とはまるで違って、あの時のあの大気の透明さ。覚えてます?
……すごく、とても、澄んでいましたよ。きっと、それらのせいです。





シャドウさんの瞳が、いつもとまた違って見えたんです。
今まで見たことがないくらい、……深く、なっていたんです。
いつもよりずっとずっと濃密で深遠で、静謐な色彩が両の目に、そっと、宿っていて。





普通、光が当たると、色って薄くなって見えませんか?
濃いものは薄く、くすんだものは明るくなって。そんなふうに、見えると思うんですけど。
でも、シャドウさんの瞳はこの時、そうでなかったんです。

なんて言えば、伝わるんでしょう。……駄目ですね。表現する言葉が、見つからないです。
わたしの語彙力不足も勿論ですが、けれど、あの時のシャドウさんを言い表すことなんて、そもそも出来るものではないのかもしれません。とにかく。

──ああ、この人は、なんて。



「……何を呆けているんだ」



わたしがぼーっとしていたので、怪訝そうにシャドウさんはこちらを向きましたけれど。
なんて、深いひとなんだろう、って。わたしはそんなことを思っていました。
だから、熱でもあるのか、とシャドウさんが手を伸ばしてきた時は正直、どきっとしたんです。

だって今までのわたしが知らない色彩を秘めた瞳が、すぐ目の前に在るんですから。
至近距離ですよ?どきっとしない方がおかしいです。絶対。あれは。
額に触れそうになっていた手を思わず弾いてしまう程度には、わたしは気持ちが高ぶっていました。



「……っ、ご、ごごごめんなさい!」



慌ててわたしは謝りました。
宙に留まった貴方の手をむんずと掴むと、弾いてしまったところを痛みが引くようにとゴシゴシ擦りました。
シャドウさんは無言でほんの少し、目をこちらに向けていましたが、わたしが擦り終えると何事もなかったかのように手を引っ込めました。




帰路へ着く間も、わたしはたぶん気抜けした状態だったと思います。
でもそれは決して熱があったのだとか、そういうのではなかったんです。
……なので、シャドウさん、あの時のことはどうか、気を悪くされないで下さいね?

結構、気にしていたんですよ。シャドウさんに悪いことしたなって。
今日、こうしてお話したのはそれをお伝えしておきたかったから、というのもあります。すっきりしました。わたしの勝手な理由のために話を聞いて頂いたのには、また申し訳ないですけど。


でも一番に言いたかったのは、あの時のシャドウさんがすごく、その、ええと……何て言えばいいのか……、……ああ、すみません、自分でも何を言いたいのか上手く纏められなくて……。
と、とにかくそんなふうだったって事です。
……突っ込まないで下さいね、これ以上しどろもどろになったら如何していいのか判らないじゃあないですか。


でも、どうしても話しておきたくて。伝えたくて堪らなかったんです。


何かを見たり聞いたり触れたりして、特別な感情が自分の中にもたらされた時は、そうでもしないと想いが自分の中に蓄積されていっぱいいっぱいになってしまうんです。
殊に其れが、形容し難いほどに心に焼き付くようなものだった場合は、特に。

だから、シャドウさんにお話したんです。
だって元はと言えば…………、……いえ、何でもありません。
わたしはただ、いつも色んなことを教えてくれるその人に、わたしがどう思ったかを聞いて欲しかっただけなんですから。








以前(かなり前ですが)バトンの質問の
『 シャドウさんの夕立に濡れた直後を想像してください 』 という問いにこういう回答をしました。今更ですが書けそうだなーと思ったので。
雨で全身濡れそぼったシャドウさんはさぞかし色っぽいのに違いない。
夢主もそう思っているに違いない。敢えて口に出さないだけで。





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