わたしが初めて、ブラックジャックに乗せてもらった時の事。以前お話ししましたね。
ブラックジャック、……セッツァーさんの所有していた飛空艇です。
シャドウさんは、ほとんど覚えていらっしゃらないかもしれませんね。あの魔大陸からの脱出の直後、……すぐに、ああなってしまいましたし。
でも、わたしはそれなりの時間を、あの船の中で過ごしましたから。
もちろん、まだほんの一年前のことです。覚えてますよ。
ファルコンとはまた違った独特のエンジンの唸り、あの空間の間取りに内装から外観、あの中で流れていった皆との時間。
そんなふうな、いろんなあれこれを、今でも。

ええ、シャドウさんに次いで出会ったのは、確かにセッツァーさんです。
彼に何とか、艇の中に入れてもらって。それから直ぐに、エドガーさんやロック達もやってきましたよ。
少ししてから、……ゾゾ、でしたっけ? 其処へ、ティナを迎えに行ったりして。
いつの間にやら、わたしは彼らの中にちゃっかりと紛れ込んでしまっていました。
……気付いたらそうなっていたんです。何処かで船を下りようにも、わたしには行く当ても帰る当てもありませんし……。
最初の頃は、飛空艇の中で家事手伝いみたいなことをしてたって、前にお話ししたと思うんですけど。
その日も変わらず、わたしは一旦掃除を終えて、食材の整理をしていました。
と言っても、缶詰とかパッケージのラベルだとか、そういうのがわたし読めませんから。
いつも大体、手の空いてる人がいれば、ついていてもらって一緒に……という具合でしたけど。


「会話はふつうに出来るのに、どうして、文字になると読めないんだろう……」
「そうね……、どうしてなのかしら」


その時一緒に手伝ってくれていたティナが、相槌を打ちつつもわたしの手にしていた瓶詰の名称を読み上げてくれます。
……言葉が通じてるなら、ついでに文字も読めたっていいだろうに、全く、気が利かない!
誰へ向けたのでもなくそんなふうに独りごちると、ティナがくすくすと笑い声を漏らしながらも、やわらかく微笑みます。
「大丈夫よ、そういうのは私に任せて」、って。
その時はまだ、わたしと彼女は顔を合わせて間もなかったんですが……。
いえ、……そうですね。
ティナに限らず、皆とても良くしてくれましたから。だから、随分とその辺りにわたしは助けられたと思います、本当に。

「おい、。ティナ」

無造作に掛けられた声に顔を上げれば、いつの間にやらこの船のオーナーさんが台所を覗いています。
咥えていた煙草をその指先に持ち替えたところだったようで、紫煙が薄く煙っていましたので、わたしはつい顔を顰めてしまいました。


「……あからさまに嫌そうな顔しやがって」
「えっと……すみません」
「でも、私もちょっと苦手だわ。その香り」


ティナも少し困ったような顔で言うと、はあ、と溜息をつきながら彼はその小さな火をさっさと揉み消してしまいました。
そうして、そんな事は何もなかったかのように続けて言います、
「燃料補給のためにもうじき街の近くに降りる。必要なものが他にありそうだったら、お前らも降りる準備しておけよ」、と。
わたしはそれを聞いて、よし、と気合を入れました。欲しいものは、やっぱりそれなりに色々あるものです。


「じゃあ、わたし買い出しメモ作りますね! ええと、紙とペン、紙とペンは……」
「何だ、メモがないと覚えてらんねえ程買うモンがあるのか?」
「だって、必要なものはたくさんありますよ?」
何をそんなに買う気なんだとでも言いたげなセッツァーさんに、ついそんなふうに返してしまいます。
「生鮮食品はその都度仕入れないとですし、それに掃除の道具が全然足りませんもん。洗剤とか、除菌用のスプレーとか、重曹とか、ゴム手袋とか。この前台所をきれいにするのに、あったのは全部使っちゃいましたし」


引き出しから取り出したペンとメモ帳で、わたしは 『 掃除用具 』 と大きく書き付けました。
その下に細かく欲しいものを続けて書きます。
あー、という声に目線を船のオーナーさんに向け直すと、僅かながら決まりが悪い、というように長い銀髪をかき上げる仕草をしています。

「……まあ、おまえさんが来てからは色々助かってるからな。飯とか、掃除とか特にな。その辺は文句言わねえ」

そんな事を言うんですよ、セッツァーさん。わたし、ちょっとまじまじと彼を見ちゃったくらいです。
わたしの方が向こうのお世話になってる筈で、 「そのくらい当然だもっと働け」 なんて言われてもおかしくないと思うんですけどね。
じーっと見てたら、セッツァーさんのその仕草やなんかも直ぐに引っ込んでしまいましたけど。


「……なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
「いえいえ、そんな事は」
「――確かにのおかげで、この船の生活秩序は保たれているけれども」
静かだけれど凛とした佇まいのその声は、この時にわたし達の中に響きました。
「君はあのまま本当にマリアを娶っていたら、彼女にこの艇での日常生活の全てを任せるつもりだったのかい? あの歌姫を君の檻に閉じ込めて?」
「マリア?」


わたしはぽかんと、その声の主であるフィガロ国王さんを一瞥しました。
ティナと顔を見合わせて (何の話かなあ) と思っていると、セッツァーさんは 「さあな」 とどうでもよさそうに答えます。


「今答えたって仕方ねえだろ。まあ、大事な嫁さんだ。アンタが何想像してるか知らないが、悪く扱うつもりはなかったさ」
「そうか」


薄く微笑むエドガーさんが、微かにその笑みを色濃くしました。
そうしてそのまま、ちんぷんかんぷんのわたしとティナを振り向いて続けます。
「……とまあ、彼はこう言っているけれどね。君達二人も気を付けなくてはいけないよ、いつまた可憐な花たちを攫おうとするかわからないからね」 って。

……あのー、シャドウさん。
ええと、……お話、続けても大丈夫ですか?
え? なんでそんな事訊くのかって? いえ、えっと……。やっぱり何でもないです。
気にしないでもらえれば……。はい。

ええと。それはともかく、です。
本人前にしてのその軽口は、多分、その時既に、彼なりにセッツァーさんを信頼しての事だったんじゃないでしょうか。
実際、言われた本人も特別気を悪くした様子もなく、ただフンと鼻を鳴らしただけに過ぎませんでしたから。
ともあれ、その時にわたし達は初めて、セッツァーさんとエドガーさん達が出会った経緯を知る事となったのですが。
わたしはその話を聞いて、つい何ともいえない表情をその当人に向けてしまいました。
ティナはティナで、きょとんとしたような、どう反応していいのか判らないって顔で小首を傾げるものですから。
割とそこそこ、何事にも動じない感じのセッツァーさんも、この時ばかりはほんのちょっぴり(まあ、せいぜい小さじ半分程度には)、居た堪れなさそうに見えたものです。


「……何だよ。そんな目で俺を見んな、俺は欲しいと思ったものを手に入れようとしただけだぜ」
「わたしは特別どうこう言うつもりはありませんけど……」

まあ、オペラ女優を誘拐して奥さんにしようとするとか、全体的にどうかとは思いますけど。
取り敢えず一言だけ、わたしは言いました。

「いきなり誘拐でなく、まずはお友達から始めるべきだったと思いますよ?」
「ぶふぅっ!!」


思い切り吹き出す声が聞こえて、見れば、いつの間にかこっそりと忍び足でやって来ていたロックが、これまたこっそりとテーブルの影で、掃除の前に拵えて冷ましておいたドーナツに手を伸ばしていたんです。
三時のおやつに皆さんでって思ってたのに、こっそりつまみ食いして独りで喉に詰まらせてるんですから、本当に世話ないですよね。まったく。


「……何やってるんですか、ロックさん」
「ゲホゲホッ……、いや、ちょっと美味そうだなあと思ってだなあ……、ゲホッ。そしたらほら、がお友達から、とか言うから。 『 マリアとお友達から始めるセッツァー 』 を想像して、つい」
「わたし、そんなに可笑しなこと言ったつもりはありませんよ?」
「いや、なんか、妙にツボにはまって……ゲホッ。……あと、俺にその 『 ロックさん 』 ての、止めてくれていいから。何か、むず痒くってな」
「えっと……、善処するようにします」


胸をばんばんと叩きながら、そんな事をいうロックでした。
……この頃は、わたしも普通に彼とも丁寧語で接していました。ロックさん、とも呼んでいましたしね。
本当なら、今だってそう呼んでいたと思いますよ。この後の事がなければ、ですけれども。
そんなこんなでちょっとしたメンバーが台所に集合しましたが、それもほんの一時の事でした。
コップに汲んだ水を喉に流し込んでいるロックを横目に、セッツァーさんは肩を竦めながらすぐさま操舵室へ戻っていきました。
ドーナツ泥棒の背中をさすってあげているエドガーさんは、ふとわたしの書き付けていたメモを見て言います、 「も街に下りたら買い出しに出るのかな?」 って。
色々必要なものがあって、とわたしは返し、同時に、不意に以前から訊ねてみたかった事が頭に浮かんで、それをそのまま訊いてみたんです。


「エドガーさん。確か、機械にはお詳しいんですよね。……この世界って、大きな冷蔵庫とか、ないんでしょうか」
「冷蔵庫、かい?」


わたしの言葉を反芻して、エドガーさんはちらりとキッチンの片隅に視線を向けました。
ブラックジャックにも、お酒を冷やすためのものらしい氷を使った冷却用の箱はありましたが、とってもじゃないですけど容量が足りません。それに、当たり前ですけど、わたしが知ってる冷蔵庫とも違いました。………それに、いまひとつ温度が安定しないんですよ。それだとちょっと………。
今でこそこの人数、そうでなくても、この時のメンバー数でも、食料の保存は大事でしたから。


「大容量の冷蔵庫があれば、すごく助かるんですけど……。ね、ティナ」
「そうね。この前も果物を少し駄目にしてしまったし……。もし長持ちさせられるなら助かるわ」
「確かにその通りだね。でも、の想像しているようなものは此処にはまだ無いんだ」
「そうですか……」


わたしはうーん、と唸りました。
そうなると暫くは、あのお酒くらいしか入らないような簡易式ミニ冷蔵庫っぽいものしか使えないわけです。
やはり、直ぐにどうこう出来る問題ではないようなのですが、ああ、とふと思いついた事を、わたしは続けて言ってみました。


「そう言えば、皆さんは魔法が使えるんですよね? 冷たい系の魔法を利用して、上手く冷蔵庫に使えないでしょうか。例えば魔法を蓄積出来る性質の金属とか、そういうのを使って低い温度を一定に保つとか……」
「君は、面白いことを考えるね。


おや、という何処か面白げな表情がこちらを見て微笑みます。
「昨日、ティナと魔石を整理してた時に、どんな魔法があるのかを少し教わったんです。確か氷の魔法があったな、と思って」。
そう続けると、エドガーさんは成程ねと肯きます。


「そういった応用は可能かもしれない。の望むものを直ぐに作れるかどうかは判らないが……」
「いえ、無理を承知で言ってみてるだけですから」


わたしはそこで、言葉を途切れさせたまま、視界の端を捉えました。
いつの間にか復活したロックが、手癖の悪いことに籠に盛られたドーナツをもうひとつと言わんばかりに、そろりと手を伸ばしていたんですから。
ここまできたら、もう言っても無駄なので実力行使ですよ。


「えーい、ブリザドー!!」
「うわっ!!!?」


ロックに向かって指を向けると、その右腕に霜がびっしりと生えたかのように (いえ、実際そうなったんですが) 瞬く間に真っ白になっていたんです。
吃驚したようで、そのまま尻餅をつくロックでしたが、わたしはわあと声を上げました。

「あっ、本当にちゃんと魔法になってる! すごーい!」

わたしが飛び跳ねながら初めての魔法に感動していると、けれど周囲のぽかんとした表情に当てられて、あれ、という気分になりました。
どうしたの、と見やればエドガーさんもティナもロックもぽかん顔です。
わたしはその時、なんで皆がそんな顔をしているのか皆目見当もつきませんでした。
その時まだ、魔法の習得にどれほどの熟練が必要なのかをわたしは知りませんでしたから。


「どうしたんですか、皆さん」
「どうもこうも。、君はいつ魔法を――」
「え? 昨日、ティナと魔石を触ってた時、ですけど」
「触って……、それだけで、魔法を?」
「……、あれっ、皆さんも同じじゃないんですか?」


言われて、今度はわたしの方が吃驚です。 皆さんも自分も、同じ方法で魔法を覚えたのだと思ってましたから。
自分の場合は、……そうですねえ。
魔石を持つと、何かが入り込んでくるみたいな、滲み込んでくるみたいな感覚があるんです。
表現するとしたら……なんでしょう。うーん……、あ、全力疾走した後に一気飲みした、スポーツドリンクとかみたいな?
あれ、すごく全身に滲み渡るんですよね。あんな感じに少し、似てますよ。……あ、これは、どうでもいい話ですか。すみません。


「そ、それはともかくだな、いきなりブリザドを人に向けて撃つとかマジで勘弁……」
「ドーナツ泥棒に払う配慮と敬意なんてありません」
「ど、どろ!? 俺はトレジャーハン……」
「ロック」
「え……、え? 今このタイミングで呼び捨……」
「うるさいので黙って」
「…………はい」


とまあ、こうしてわたしとロックの方向性はこの時にほぼ定まったわけです。
……あ、じゃなくて。
ええ、そうです。
エドガーさんとさっきお話ししてたのは、その冷蔵庫の話、だったんですよ。
こんな一年前にした会話をエドガーさん、覚えててくれたみたいで。
つい最近になって、魔法を利用したものが作れるかもしれない、というか、その目途がついたって言ってました。そんな話をしてたんです。さっき。
だから、今からとても楽しみなんですよ。いろいろ作り置きのストックもしておけるようになりますしね。

……そういうわけなんですけれども。
珍しいですね。シャドウさんが、エドガーさんのお話聞きたいって仰るの。
え? そういうつもりじゃない? はい、じゃあ、そういう事にしましょうか。
でも、少し長くなっちゃいましたね。
……わたし、本当はあんまりお話するの、得意な方じゃないんですよ?
なのに、あの頃はあの頃で楽しかったので、いろいろ思い出してしまって。要らないこととかも、話しちゃいましたね。
つまらなかったら、すみません。

……シャドウさん。今度は、たまにはシャドウさんのお話も聞きたいです。
あ、勿論、無理にじゃないですよ? もし、気が向いたらの話です。
ああ、夜も遅くなっちゃいましたね。ごめんなさい、長居しまして。今日は、この辺りで失礼します。インターセプターも、また明日ね。
それでは。明日も、よろしくお願いします。
……おやすみなさい、シャドウさん。






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