雲が流れる。時折、陽が差す。
その繰り返しが砂の海上へ、くっきりとした雲の影を落とし流れていく。
暑さで遠くの砂の地平線がゆらゆらしていて、よっぽど気温が高いんだなぁと考える。
流石砂漠の国フィガロ、と口の中で呟きながら視線を転じた。
チョコボに乗った騎士風の男の人たちが所々で城を守っている姿、何処かから聞こえてくる何か機械の駆動音のようなもの、女性らしい誰かと誰かの話し声。
こうしてわたしが今立っている場所、図書の間より上階のバルコニーにも滑り込んでくる砂漠の乾いた風。
全てが、初めてこの国を訪れた一年前と何も変わっていない感じがした。
話では、わたし達が再び一堂に会する少し前、城まるごとが砂の中に埋もれたまま浮上出来なくなるというとんでもないトラブルもあったと聞く。
けれど、そんな事があったなんて想像出来ないほど変わりない空気がこの場所にある。
再び雲の切れ目から青空が覗いた。
天候も不安定になりがちな今のこの世界としては、比較的いい天気だ。
どうしようかな。そう思い巡らす。
エドガーさんはこうして城へ戻るとやはりやるべき事があるらしく、昨日から姿を見ていない。
数日は物資の補給やこれまでに集めた現在の状況 ・ 情報の整理、休暇も兼ねてフィガロに滞在になるという事だった。
他の皆はめいめいに過ごしているようだけど、さて、わたしはこれから何をして過ごそうか。
目線を下ろすと広がるのは一面の砂。
まさか自分の人生の中で、砂漠に足を踏み入れる経験をする時が来るなんて、昔は想像もしなかったものだけど。
一年前、このフィガロ城の門をくぐる前に砂に足を取られて転びかけた事を思い出して、独りで苦笑いしていると、ふと黄色い色彩が目に入る。
…ああ、そういえば、この世界にはあんな生き物もいるのだった。
これから先、触れる機会もそうあるわけではないかもしれない。
見れば、フィガロ兵と思しき人達が、まるで乗馬のような要領でその黄色い生き物を手綱に取り跨っている。
いいなあ、と思う。乗ってみたいな、と思う。誰かにお願いすれば、乗せてくれたりしないだろうか。
そんな事を考えていた矢先、後方から声が掛けられる。
「お、も此処だったのか」
明るい声色につられて、此方も笑顔を返した。
「そういうマッシュさんはどうして此処に?」
「この場所は昔から俺のお気に入りでね。ここからの景色眺めるの、好きなんだ。……それより、何か考え事か?」
「そんなふうに見えましたか」
「違うのか?」
そう言って彼はわたしを覗き込む。
マッシュさんは、どうなのだろう。彼もこの国の王子だと聞く、なら、教養として乗馬のような感じで幼い頃に習っていたりするんだろうか。勝手にそう予想し、確かめる意味で訊ねる事にする。
「マッシュさんは、あれに乗った事ありますか」
眼下の先を示すと、彼は 「ああ」 と肯いて続けた。
「子供の頃、乗り方は兄貴と一緒に習ったよ。修行で山に籠ってた間しばらくは全くだったけど、旅の間じゃ急ぎの時はよく世話になったし……」
想像通りだったらしく、わたしは肯いて、続けて訊ねる。
「どんな感じですか、怖くないですか?」
「何だ、は一度も乗った事ないのか」
「いえ、一回だけ、あります。あるんですけど……」
わたしはかいつまんで、世界が引き裂かれた直後にシャドウさんが怪我したことを話した。
近くを通った行商の人の厚意で、チョコボに乗せてもらった事は確かにある、けれどあの時は切羽詰まっていて、それどころではなくて、今思い返してもほとんど何も覚えていなかった。
「それで、今改めて、ちょっと乗ってみたいなーって」
少しずつ話すと、マッシュさんは 「ははあ」 という顔つきになった。
「なんだ、そういう事なら早く言えばいいのにさ!」
俺に任せておけって、そう言う彼は茶目っけたっぷりに片目をつぶって見せた。
ティナは以前に、彼を熊と間違えた事があるとか言っていた。其れにはわたしも成る程なぁと思ったものだけど、しかしこういう時のマッシュさんは何だか可愛らしかった。見た目とのギャップというやつかもしれない。
わたしは何となく 『 ギャップ 』 という言葉から、こういう仕草はまずやってくれなさそうなあの人の事を連想した。
今のマッシュさんと同じ動作を想像の中でやらせようとしてみたけれど、普段が普段なので上手く脳内再生することが出来ない。
………とても、残念。
「今度、リルムに団長のヒゲ使ってもらおうかなあ」
「え、何だって?」
ギャップのある熊が聞き返してきたけれど、「いえ何でも」と出来る限りの笑顔でやり過ごした。
目の前の黄色くて大きな鳥は、大柄なマッシュさんとほとんど縦幅は変わらない。
初めて見た時はちょっとギョッとしたものだけど、改めて見ると穏やかそうな目をしている。
厩舎から出てきたそのチョコボは、手綱を引かれてやって来るまでの間もとても大人しく従順だったので少し安心する。
思ったほど、怖々するものでもないようだ。
「独りで乗れるようになりたいとか、何か目標はあるのか?」
「いえ、チョコボの上ってどうなのかなって……。其処まで大きな目標とか、そういうのはないんですけど」
「そっか。……じゃあ、俺の後ろに乗ってこの辺りちょっと走ってみるか? 風を切って走るとすげえ気持ちいいんだぜ!」
「わぁ、いいんですか?」
わたしはその申し出に素直に喜んだ。二人乗りなら安定していそうだし、慣れていそうなマッシュさんが一緒なら非常に心強い。
そう思いながらチョコボによろしくねと喋り掛けていると、不意にマッシュさんが 「おっ」 と声を漏らした。
彼の見る先を振り返ると、この気温の中でも普段と変わらず黒装束を全身に纏うその人が少し離れたところ、城門の傍に立っている。
外の空気でも吸いに来たのだろうか、或いはファルコンに一度戻るところだろうか。
向こうもわたし達に気付いたようで、マッシュさんが手を振る前に此方へ足を向けた。
「よう、シャドウも良かったら付き合わないか? 今からをチョコボに乗せるとこなんだけど」
「シャドウさんも一緒にどうですか?」
「……チョコボ?」
微かに疑問符を浮かべる彼に簡単な説明をしながらも、たぶん拒絶されるだろうな、と予想した。
暑いし、シャドウさんは黒いし。砂漠での直射は彼には酷過ぎる、きっと首を振るだろう。
そんなことを考えていたので 「ほんとは俺とで二人乗りしようかと思ってたんだけど」というマッシュさんの説明に、その人が微妙に顔色を変えた事にも気付かなかったし、マッシュさんに向かって彼が一言、「代われ」と言った時には思わずええっと声に出してしまっていた。シャドウさんが静かな視線をこちらに寄越す。
「俺では不満か」
「いえっ! 嬉しいです!」
予想外の返事に、つい間髪入れずに即答してしまう程度にはとても嬉しい。
多分今、わたしの顔は全力の笑顔になっているんだろうなと思う。思うのだけれど、同時に、何処となくシャドウさんの声や感じが、若干いつもと違うように思えるのが少し気になる。
何だろう、心持ち、機嫌がよろしくないような。……気のせいだろうか。それにしても、こういうのに彼が進んで付き合ってくれるなんて、珍しい。
手綱を受け取ったシャドウさんは、猫のような軽々とした身のこなしでチョコボの背上に上がってしまうと、片方の手をこちらに差し出した。
わたしの方はといえば、彼のように簡単には上れないのだけれど……。
「え、わっ!?」
ひょい、と身体が浮かび、一瞬でシャドウさんの後ろの位置に座らされる。彼の手を取る間もなかった(シャドウさんはそれを黙って引っ込めたが)。
見れば、マッシュさんが手助けしてわたしを持ち上げてくれたみたいだった。
「俺の出番はここまでかな」 と独り言のように笑っている。彼はついて来ないつもりなんだろうか。
「あれ、マッシュさんは乗らないんですか? 定員オーバーなら、もう一匹チョコボを……」
「俺はいいよ。これ以上は、邪魔したら後が怖いからなー」
からからとした笑顔でそう言うマッシュさんの言葉の意味が判らなかったけれど、それを訊き返す間もなく「掴まっていろ」という声と共に身体が揺さぶられた。
シャドウさんがチョコボを走り出させたのらしい、ぎゃあと喚きかけつつ彼に掴まるものの、あっという間に後方のマッシュさんの姿が遠ざかっていく。まだ行ってきますも言っていなかった。
「シャ、シャドウさん走らすのなら前もって言ってくださいっ心の準備というものがっ」
「喋るな。舌を噛むぞ」
にべもなかった。
それどころか顔に当たる風の勢いがさっきより更に増している。速い。
チョコボというのはこんなに速く走れるものだったのかと驚くと共に、やっぱりシャドウさんの様子がおかしいと確信した。
チョコボは頭のいい動物だから、乗り手の意思をちゃんと汲み取って走ってくれるとマッシュさんは言っていた。
なら何なのだ、何がどうして、何故にこんなに突っ走っているのだシャドウさんは。
「シャドウさん、何か、怒ってませ、わ、わああぅがっ!!」
「舌を噛むと言っただろう」
ただそれだけをぼそりと返すだけで、他には何も言おうとしない。……やっぱり何か怒っている!
わたしはただマッシュさんにチョコボに乗せてもらうのをお願いしただけなのに、一体何だっていうのだわたしの何が悪いのだシャドウさん。
そんな心の内を見透かしたかのように、彼は容赦なく追い打ちを掛けた。
「もっとしっかり掴まっていないと落ちるぞ」
「ぎゃあああああああああっ」
今までの掴まり方では振り落とされてしまいそうで、シャドウさんの背中にしがみ付く様に身体を預けた。恥ずかしいとか、それどころの話ではない。
たなびくような空の雲も、切れ目から覗く真夏のような太陽も、遥か遠くまで続く砂の海も。
何も堪能できずにただ揺さぶられ、どうしてシャドウさんの機嫌が良くないのか解す事も叶わないまま。
彼の背だけしか記憶に残す事は出来なさそうな一時のこの旅が終わるのは、まだ大分先のような気がしてならなかった。
チョコボの脚は砂漠を渡る風を切って、フィガロの砂上を滑走した。
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