どうしたものかなって。その時は、そう思っていたんですよね。
シャドウさんはあの日、ファルコン内の調理場の近くを通りすがったりはしませんでしたか?
……してない? そうですか。
それで、良かったと思います。甘ったるい匂いがプンプンしてましたから(シャドウさん、甘いものだけはお好きじゃないですよね?)。
何しろ、朝からずっと女性陣がお菓子作りに没頭してましたので。
キッチン周辺はさぞかしたっぷり漂ってたはずです、ケーキの焼ける香りだの何だのが。
なのであの日、あの場所に近付かなかったのでしたら本当、それで正解だったと思いますよ、ええ。
――ああ、いきなりこんな事お話しても、脈絡掴めませんよね。
ええと。そうですね。
まあ、事の発端はわたしに有ると言ってもいいんでしょうけれども。
あの日はですね。わたしの世界の暦で言うならバレンタイン、ていう日だったんです。
どういう日なのかっていうのは、うーん、簡単に言うならチョコレートをあげる日、ですかね。
そうそう、この世界にもチョコってあるんですね。
初めて見掛けたときは嬉しかったですよ、わたしも好きなんです。
此方にもし無かったなら、チョコなし生活を送ることになってましたもんね。
いえ、そりゃあ無ければ無くても生きていけますけれども、でもあの口どけと芳香の織り成す絶妙のハーモニーは他の何にも代えがたい甘味でありまして……あ、何だか話逸れちゃってますか。すみません。
ええと、そう、チョコをあげる日なんですが。
その、お世話になってる人とか友達にとか、いろいろ誰に対してっていうのはあるんですけど……。
ああ、日本では女性から男性へ、ってのが多いですね。
なので、パーティー内の女の子たちが、皆してちょっと張り切ってしまったワケです。
……別に、わたしが「やろう」って言ったんじゃあありませんよ?
そのバレンタインていう行事の事を話したのだって、最近の事じゃありません。
わたしも覚えていませんけど、でも、リルムが覚えていましてね。(「ねえ、そういえば、今日ってニホンではばれんたいん、なんじゃないの?」)
何でそんなの知ってるの、って訊いたら「前に教えてくれたじゃん」、って。
わたしも憶えてないのに、リルムってばすごい記憶力。
……まあ、皆とも一年の付き合いがありますからね。会話を重ねてきたうちに、何時だったかに、そんな事も話したかもしれません。
ですので、各々頑張っていろんなのを作ったみたいですよ。
セリスは何やらすごーく熱心にお菓子の作り方の本と睨みあってクラシックショコラを焼き上げていましたし(誰にあげるのか直ぐ想像はつきますが)、ティナはティナでチョコレートマフィンを沢山。
モブリズの皆に渡してあげたいと言ってました、たまたま丁度良くそちら方面に向かって航行していましたから、寄り道をお願いしに操舵主さんのところへと走るのを見送りましたよ。
リルムは普段も気が向いた時、お菓子作りして配って歩いてたりしますからね。今回もミニサイズのチョコタルトをラッピングして、皆に渡しにと出ていきました。
で。
わたしはというと、どうしたものかなって思いながらテーブルに座り込んでいたワケです。
目の前のものを見据えながら。
わたしは本当は、作るつもりはなかったんです。元居た世界でも誰かにあげるっていうのをあまりしない方でしたから。なんですけど。
でも、目の前にはあるんですよね。作ってしまったチョコレートが。
石畳チョコっていうらしいんですけどアレ、ええとその、……甘さは、かなり控えたつもりです。
軽めにアルコールも入ってるつもりでしたが。まあとにかく。
どうしたものかな、とまた考えました。
……作るつもりがなかったっていうのは、つまりその、甘いものを好まない方がこういうものを貰っても、迷惑だろうなぁと思ったからであって。
だって、そうでしょう? 自分の苦手なものを押し付けられる事ほど傍迷惑なことってありませんから。
それなのに、どういうわけか自分でも判りません。
気付いたら出来てしまっていたんです、渡せるはずのない贈り物が目の前に一つ、ぽつりと。
片付けをした後のキッチンを出た後、わたしはそのチョコレートを包んだ小箱を手に廊下を歩いていました。
何処にも行き場のない品です、自分の部屋で自ら口にしてしまおうと思いながら、それでも小さく呟いていました。
「シャドウさん……」
「なんだ」
想像していなかった返答がすぐ傍からあって、はたと顔を上げると眼前にその人が立っていて。
「うぎゃあ!!!」
跳び上がりかけました。
……すみません。シャドウさんの顔を見てそんな反応してしまって。
でも丁度何と言いますか、あまりにタイミングが良かったもので……。
そちらはすごく怪訝そうな顔をされてましたけど、仕方がないですね。わたし、挙動不審でしたから。
跳び上がった瞬間に取り落としそうになったものを慌てて落とすまいと格闘してワタワタして、ギリギリのところでセーフ、なんてのをやってましたから。……ああ、思い出すのも恥ずかしい。
とにかく、何とか落とさずに済んだ其れを両手に抱えて、そしてまた其れをどうしたものかと一瞬隠す素振りをしてしまいましたが、とても今更な行為でした。シャドウさんの目が微かに細まった気がして、わたしは益々テンパってしまいました。
けれど、ふと自分の行動ぶりが非常に可笑しいものに思えて、ふう、と胸の内で息を吐き出しました。
一人でバタバタして、ほんと、馬鹿みたいです。
わたしは持っていたものをシャドウさんに両手で差し出しました。
黙って目で受け取ってほしい旨を伝えると、貴方はわたしと、差し出された小箱とを瞬きもせず一回だけ目を往復させました。
わたしの手からほんの少しの重量が消えると、その分、いえ其れ以上の重さの何かが自分の中から昇華された気がしました。
プレゼントです、気に入らなければ捨ててください。
其れだけを押し付けるように告げて逃げました。渡し逃げです。押し付け逃げです。
そのままわたしは自室に逃げ帰りましたけど、シャドウさんがその後其れをどうしたのかは知りません。
次の日お会いした時には、何事もなかったかのようにお互い振る舞いましたよね。
おはようございます、シャドウさん。ああ。それだけの、いつもと変わらない会話。
……でも、あのう。
その後すれ違った時に、気のせいかもしれないですけど、シャドウさんから微かにカカオが香ったように感じたのは本当にわたしの気のせいでしょうか。
………はは、すみません。探りを入れる真似なんて、野暮なことを。聞かなかった事にしてください。
そういえば、シャドウさんに贈り物をしたのは其れが初めてかもしれませんね。
あまりに一方的なもので申し訳なかったですけど、でも一度、何か形のあるものをお贈りしたかったんです。
もし、次の機会があれば、その時はちゃんとお渡ししたいものです。
――あの、最後に一つだけ、いいですか?
わたし、あのチョコレートの小箱の中にカードを入れておいたんですけど。
……ああ、もし開封せずに捨ててしまわれたなら関係ない話ですけれどね。
あのカード、ごめんなさい、メッセージを書き込ませて貰ったんですが、わたしが書く字ですから当然、日本語です。すみません、ご覧になっていたら「読めもしないものを」、と思われたでしょうね。
でも、シャドウさんには読めない文字だからこそ書いたんです。
はは、わたしが伝えたいことを綴りましたよ。
内容? ……言ってしまったらつまらないですからね。ご想像にお任せします。押しつけるばかりで、ひどく独りよがりな行為ですけれど。
でももし、次回が許されるなら、今度は。
……いえ、何でもありません。
それは、もし本当に次があれば、その時にでも。
(いつか、音ある言葉でも伝えられたら)
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