ジドールの外れに飛空艇を停泊させて、二日が過ぎていた。
甲板に上がろうとして、開放された跳ね上げ式扉から身を乗り出す。外光の眩しさに僅かに目を細めた。
久しぶりの晴れ間だった。
持ち上げた目を外に向けると、街並みの様子が見てとれる。
何度か訪れているが、貴族達の街はいつもと変わらず整然としていた。
この辺り一帯は、世界崩壊の影響というものがまるで無いかのように装われている。
少なくとも、表向きにはそう見えた。

遠くを見遥かす。
南に向かった弟たちは、今日には戻って来るだろうか。
オペラ座で今抱えている問題を解決するため、マッシュを含めた数名がチョコボを使い南下していた。
様子を見て、帰りが遅いようなら迎えに行くつもりでいる。
飛空艇の整備が、後幾ばくかで終わると操舵主が言っていた。
早ければ今日、明日にもこの地を再び離れる事になるだろう。


刹那、これからの行程を頭の中で描き出そうとしたがしかし、緩やかに吹く風にふと我に返った。
目の前の白色が、その風にはためいている。
甲板に幾つも張られたロープ、其処に干された何枚ものベッドシーツ。
その向こうに、洗濯籠を抱えた黒髪が揺れていた。
彼女はその場から動かずに、ただ外の景色を眺めているようだった。空の籐籠を手に、髪を風に靡かせている。

の姿は、此処で生活を送るごく普通の娘のものだった。
一年前、初めて出会った頃の彼女は 『 此方 』 に来たばかりで、気丈そうでいてもこれからへの不安がその目の中に見え隠れしていたように思う。
今ではこの世界にも慣れたのだろう、その後ろ姿は別の世界の人間のものではなく、自分達と同じ、今を生きている人間のものだ。
その事に安堵を覚える。彼女はきっと、世界が蘇った後にも此処で生き続けていく事だろう。



私の足音も床が軋む音も、きっと聞こえている筈だった。彼女に呼び掛ける声も届いているのに違いない。
けれど向こうは振り向く気配がなかった。ただ静かに其処に佇んでいる。
もう一度呼んだ。

「……?」

返事はない。歩み寄るうちに距離が縮まる。
肩を揺するべきかと思案するうちに、そのやわらかく細められた目が何処へ向けられているのかにようやく気付いた。
眼下に映ったのは、遠目にも印象的な黒衣だった。足元に同じ色の毛を持つ犬を従えている。
ふと、昨日ジドールの武具店を訪れた際、自分と入れ違いに店に入ってきたのがシャドウだった事を思い出す。
あまり多く言葉も交わさずに店を出たが、刀を研ぎにでも出していたのだろうか。そんな事を漠然と思い巡らせる。
街の方から此方へとやって来る男の姿を、彼女はただ言葉もなく見下ろしている。
その顔のなんて幸せそうな事だろう。
ふっと息を漏らすと、それでようやく私の存在に気付いたように彼女は振り向いた。
「わっ」 と叫んで一歩飛び退くその様子に、また息を零してしまう。
堪え切れずに声に出して笑うと、彼女は子供のように頬を膨らませた。

「も、もう! 吃驚させないでくださいエドガーさん!」
「ああ、悪かったね。驚かせるつもりはなかったのだけれど」

詫びながら、彼女の持つ籐籠を自身の手に譲り受ける。
大きな荷物は空とはいえ、女性に持たせるのは忍びない。次いで 「ティナがさっき、君を探していたよ」 と伝える。
そうですか、と彼女は肯き、一度だけ想い人の方を振り返った。
彼も直ぐ飛空艇に乗り込むだろう事を確認して、すぐに踵を返す。
その後を追った。風に当たりながらこれからの思索に耽ろうと思っていたものの、たまにはほんの僅かな一時、との時間を過ごさせて貰うのもいいだろう。
そう思っていると、ふと気になったとでもいうように彼女は此方を見上げ、
「エドガーさんは、いつから此処に居たんですか」 と訊ねてくる。
私の気配には本当にまるで気付かずにいたらしい、内心で苦笑しながら、それでも
「随分前から」、と答えた。

「風にその黒髪を遊ばせている君に、つい目を奪われてしまってね。暫く見惚れていたんだよ、レディ」
「えっと……、でも、あの、今度はもっと早く声を掛けてもらえると助かります。吃驚しなくて済みますから」
「――そうだね、気をつける事にするよ」

そっと微笑んで、思う。
どれだけ近付こうとも自分の声は届かないだろうけれど、が幸福という色に満たされているなら其れでいい。
彼女の未来もその色で彩られるよう、願うように目を閉じた。






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