たまたま遊び相手にを捕まえられたのは都合が良かったと思っている。
ファルコンはフィガロの傍――と言っても砂地を避けているから少々離れた地点ではあるが――に停泊している。
あの王様は自分の専業を一時的にこなすため艇を下り、その弟や何人かも城の中で過ごしていた。
気付けば、飛空艇の中にそう多くの人数は残っていない。
俺は艇の整備が終わってしまえば、いつもならノリのいい連中をゲームに誘う。
それが叶わなくても一人でソリテアーをする事はあるが、其ればかりは流石に飽きが来る。
丁度いい具合に目の前を通り掛かったのがこいつだった。
今日は掃除や片付けの当番でも無く、時間があるのは知っていた。
は目を何度か瞬かせながら、配られるカードと俺を交互に見ている。

「ババ抜きですか? 神経衰弱……とかではないですよね」
「お前さんの世界にポーカーは無かったのか?」
「あ、ポーカーですね。ありますあります」

はにこにこして何度も肯いた。
こいつとは、一対一でゲームをした記憶は今のところ無い。
初めて会ったとき、この女は道に迷ったと言って俺の船に乗り込んできた。
ブラックジャック内の遊技場を見てもあまり関心を示さなかったので、こういうのは好きじゃないのかと思っていた。
しかし本当のところ、その時のこいつは、見た目以上に動揺していてそれどころではなかったという事なんだろう。
何せ 『 こっち 』 に来たばかりの頃だったんだからな。
そんな事をチラリと思い返しているうちに、カードは配り終えている。
おおまかなルールとカードの組み合わせは判っているらしいだったが、試しに二回三回とやってみても、クイーンと7のツーペアくらいしかいい札が回ってこないようだった。

「流石にセッツァーさん、強いですね……」
「フラッシュかストレートを狙うなら最初に的絞れ。お前さんは迷い過ぎなんだよ」
「迷いますよ、色んなカードが回ってくるんですから」

そう言って口を少し尖らせるは、それなり真面目に手札と向き合っている。
が、俺としてはもう少し真剣味が欲しい。
このまま延々と遊ぶのも悪くは無いが、元々俺はゲームに対してはギャンブル特有のスリルを求めている。
そして相手がこいつなら、其れは其れで面白い。

「よし、。一つ賭けをしようぜ」
「はい? 何ですか?」
「次の勝負で俺が負けたら、お前の言う事をひとつ聞いてやる。ただし俺が勝ったら、その逆だ」
「わたしがセッツァーさんの言う事を聞くんですか? いいですよ、面白そうですし。真剣にいきますからね!」
「よし、決まりだな」
「……何をしている」

に本気を出させるのに成功した、そう思った瞬間上から無愛想にも程がある声が降ってきやがった。
見ればいつの間に其処にいたんだか、頭のてっぺんからつま先まで真っ黒の奴がこっちを見下ろしている。いつ見ても暑苦しい事この上ない。
しかし、どうしては、こいつの傍に居るようになっちまったんだろうな。
最初の頃は、俺だのあのフィガロの王様だのと話をする事が多かった気がする。
なのに、一年経って再び会った時には、いつの間にかこうなっていた。
それがどうだという訳でもなかったが、俺はわざとゆっくりカードをひらひらさせてやった。

「見りゃわかるだろ、ポーカーだよポーカー。……ああ、混ざりたいんなら丁度今キリがいいところだ、入れてやらなくもないが?」
「シャドウさんも一緒にやりませんか? 面白いですよ」
「断る。……、来い」
「え、あの、シャドウさんっ?」

テーブルについていたの腕を掴んで立たせようとするシャドウは、傍目にはいつもと変わらない表情だ。
それにしても随分な真似をするものだ。
の手にあったカードが散らばり、床にスペードのキングが落ちた。
やれやれ、と内心思い、そして思ったままを口にしてやる。

「おいおい、あんまり乱暴な事してくれるなよ。いいじゃねーか、ポーカーくらいよ。それとも何か、そんなに俺が勝って、に言う事聞かせるのが嫌か? だったらアンタが勝てばいい話だろ」
「…………」

普段滅多に表情を変えないシャドウが、俺の目にも明らかな程のキツい目つきになった。
(まあ、目つき自体は元々そうなんだろうが、更に輪を掛けて、だ)
なんて思っていると、が目を白黒させて身体を硬直させているのに気付く。
何かと思って見れば、その腰にしっかりと手袋をした手が回っていやがる。
そういう事は余所でやれ、この覆面野郎。
これも口に出して言ってやろうかというところで、シャドウは目を細めるとそのまま空きの椅子にどっかり座りこんじまう。
俺がと顔を見合わせていると、しれっとしながらこう言ってのけやがった。

「俺が勝てばいい話だというなら、さっさとカードを配れ」
「乗るのかよ、ゲーム……」

若干の脱力を覚えながら、散らばったカードを拾い上げ切り直す。
相変わらずこの男の事はよくわからない。
本当に、何ではこいつと一緒に居るんだろうな。
座り直したに目配せしてやると、向こうは少しだけ不思議そうに首を傾げた。




黙々とゲームは進み、捨て札が盛り上がり始めている。
ストックカードが無くなり其れを切り直す頃になって、の表情に変化があった。
(「じゃあ、もしわたしが勝ったら、シャドウさんもわたしのお願いを聞いてくださいね」)
そんな事をゲーム前に言っていたが、元々純粋にポーカーを楽しんでいる様子の彼女は内心を無理に押し隠さないようになっている。
俺やシャドウをジッと面白げに見てくる辺り、向こうとしてはいい札が揃ってきた事からくる余裕の表れか。
ちらりと思うが、今の俺はシャドウの方に意識を集中させたかった。
こいつには負けたくないのだが、ギャンブラーを自負し今まで多くのゲームを勝ち抜いてきた俺でも、シャドウ相手の心理戦というのは思った以上に骨だった。
……まあ、逆に言えば、それだけに燃えるというものだが。

「ほら、の番だぜ。今度は何枚捨てるんだ?」
「あ、わたしこのままでいいです。パスで」

パスか。まあいい。
俺は自分の手札に目を落とした。此方もほぼハンドは固まっている。
先程から沈黙を守り続けているシャドウに俺は声を掛ける事にした。そろそろ決め時だ。

「アンタはどうだい、いっそドロップした方がいいんじゃないか?」
「いや。俺もこれでいい」

味も素っ気もない物言いで淡々と言い放つのは前々からだが、それにしても可愛げのない奴だ。
俺は呆れる事さえ通り越して苦笑しかけたが、今は勝負の最中だ。
ショーダウンの合図とともに、俺は手札を晒した。
ジャックが並ぶカードを目の当たりにしての口から感嘆の声が漏れる。小さく拍手のおまけ付きだ。

「フォーカードですね、セッツァーさん!」
「勝負に妥協は一切しない主義だからな、俺は」

出来る事なら更に強力なハンドを組みたかったが、カードの巡りからこれ以上は難しいと判断していた。
ギャンブルに冒険は付き物だが、場合によって手堅さも必要だ。だが、決して悪くない役だろう。
どうだと言わんばかりにシャドウを見たが、向こうは何も言わずに手札をその場に無造作に放った。
クラブのカードがテーブル上を滑るのを見て、一瞬俺もも言葉が出なかった。

「ストレートフラッシュ……だとっ……!」
「わー、初めて見た!! シャドウさんすごい!」
「……俺の勝ちだ」

澄ました顔で勝利を宣言するシャドウにぎりぎりと奥歯を噛んだ。
イカサマならばまだしも、そんな様子は微塵にも見当たらないところからして本当に巡り寄せた役なのだろう。
最初はクールに 「断る」 なんて言ってたくせに、本気を出しやがったこいつ。
俺は歯噛みしたが、同時に腹の奥がゾクゾクしてきた。
これは、とんでもないカードの腕の奴を見つけちまったかもしれない。そう思うといやにワクワクするのだ。
負けたのにも拘らず、高揚感が俺を満たした。
少なくとも俺にとって、これ程の真剣勝負が出来る相手は数少ない。
そんな相手を奇しくも自分は見つけてしまったらしい。
ノリはあまり良くないが、こいつとは次のゲームをセッティングしなければならない。そしてその時には今度こそ、俺に勝ちを返してもらわなければ。
一人で次の勝負を思い描きかけ、ふと、まだカードを抱え込んでいるに目が留まった。
彼女も目の前のストレートフラッシュを称賛していて、自分のハンドの事を忘れかけているようだった。

「そう言えばのカードはどうなんだ」
「えっ? あ、忘れてました」

本当に今思い出した、という様子でも両手を広げて手札を晒す。
スリーカードか、それともフラッシュ辺りか。
そう想像しながら見やった先のカードには、エースが四つ並んでいる。
それだけならまだいいものを、残りのカードはお誂え向きに、どっかで見たようなニヤニヤ顔の紫ダコマークが入っていやがる。
書かれた文字は、見紛うことなくジョーカーを示していた。
……ちょっと待て。嘘だろ、オイ。

「ファイブカードか、やるな……」
「ストレートフラッシュとだと、どっちが強いんですか?」
「……お前さんの勝ちだ、
「本当ですか? わーい、勝ったー!!」

はにこにこ顔で万歳をしている。
おいおい、マジかよ。
最後の最後で引っ繰り返しやがった、こいつ。
何なんだ、一体こいつらは。一体何だって、こんなに強ぇんだ、この二人は!
まだ何処かで呆然としている俺の耳に、上機嫌な声が続いて飛び込んできた。

「じゃあ、セッツァーさんとシャドウさん、わたしのお願いを聞いてもらえますか?」





「なんで俺がこんな荷物持ちなんか……」
「勝負に負けたからだろう」
「限度ってモンがあんだろーがよっ、もう飛空艇と街を三往復してんぞ!!」

俺はファルコンの貨物庫に買い出しの荷を下ろしながら半ば自棄気味に叫んだ。

「どなたにお願いしようかと思ってたんですけど、丁度いい機会でしたし、この組み合わせも面白いなぁと思って。……それに、最初に言い出したのはセッツァーさんですよ? 言う事聞く云々って」
「あんまり調子に乗るなっての」
「痛っ、ちょ、デコピンしましたね!? シャドウさんにもされた事ないのにーーー!!」
「訳のわからない事言ってんじゃねーよ!」

ぎゃあぎゃあ言いながら貨物庫を出る俺達の後ろで、シャドウが小さく息をつく。
まったく、とは思うものの、実際勝負に負けたのは俺だ。
これ以上はぶつくさ言わないでおくにしても、しかし今回の負けを認める事と、改めて勝ちを取りに行く事は別だ。
さて、はいいとしても、シャドウの奴はどう言えば次のゲームに乗ってくるか。
普通に誘うのでは直ぐに断られるのは目に見えていたが、しかし、そうそう難しい事でもないらしいのは解り始めていた。

俺はすぐ隣でまださっきの続きを喚いているの髪を、わざとぐしゃぐしゃと撫ぜてやった。
後ろから突き刺さる痛いほどの視線を感じながら、きっと迎えられるだろう二度目のゲームに思いを馳せる。
負けるつもりは毛頭ないが、こいつら相手の真剣勝負なら。
目を落とした先では、今回のウイナーが四度目の買い出しメモを手に後ろを振り返っている。
いつもと同じ笑顔が、いつもと変わらないまま其処にあった。






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