散乱した食器、倒れたグラス。
滴り落ちたワイン、垂れたブラウンソース、生クリームの飛沫、スポンジケーキやアップルパイの食べこぼし屑……。
「台風一過」って言葉、ご存じですか、シャドウさん。
此方の世界にはない単語かもしれませんね。意味は――、まあ、それは置いておく事にしますか。
あのテーブル上を見て、なんとなくそんな言葉がわたしの中に浮かんだもので。ただそれだけの事ですから、お気になさらずに。
ええと。……とにかく少々、げんなりしました。
卓上の端々には酔いつぶれて脱落した何人かが突っ伏して意識放棄。
遊戯室ではまだ元気の有り余っているメンバーがポーカーか何かで盛り上がっているらしい声。
もういい時間でしたから、子供や体内時計に忠実な人間外といった面々はとっくに寝入ってる頃合いでしたし。
そうなると残るは女性陣のうちティナとセリス、加えてわたしとなります。よくあるパターンではありました、こうして後片付けに回るポジションとしては。
「こうなるって判ってるのに、どうしてもう少し呑む量を抑えられないのかしら」。
潰れた数名のためにブランケットを取ってきたセリスがそう零しながら、溜め息を一つついたりなんかします。
「今日くらい、大目に見てあげてもいいんじゃない?」
「ティナは甘いのよ。まったく、ちょっとお酒が入るとすぐコレよね。一年経って少しは成長してるかと思えば、皆全っ然変わってないんだから」
そんなふうにセリスは言いましたけど、呆れ口調は隠しようもありませんでしたけど。
でも、言葉自体にそう毒気は感じられませんでした。
……たぶん、何だかんだ言って彼女は世話焼くのが好きなんじゃないんですか。特に、いつも真っ先にこういう席ではダウンする、自称世界一のトレジャーハンターに対しては(その当人はといえば、セリスの掛けてくれた肩掛けに包まれて、子供みたいな寝息を立ててすやすや眠っていましたが)。
「もっと質素で、地味ーな感じのお祝いで良かったのに」
そうしたら片付けももっとラクだったろうに。そう思ってぽつりとわたしが呟くと、
「そんな事言うと、来年はもっと盛大で煌びやかなパーティーにするわよ。」
と強かに返されてしまいました。
「……勘弁して、セリス」
「人の好意を素直に受け取らない人にはお仕置きよ」
「ですって、」
にこやかにそう口にする二人を相手にやり合う程の気力は、流石にちょっと無かったです。
わたし、夜は遅くまで起きていられない方ですし。その時も少し眠くて。
ですので、さっさとこの場の収拾をつけて部屋に戻りたかったのもあり、二人へは生返事を返しつつも溜まった食器を洗おうと流しに向かいました。
「あ、待って。今日は私とセリスが洗い物担当よ。のお仕事はもうお終いだから、休んで。ね?」
けれど、それは傍にいたティナの細い腕によって遮られました。もう十分片付いたから、今日はもう休んでいいって言うんです。
途中まで手を付けた仕事を放り出すのはちょっとアレだなぁと思ったんですが、でもさっきの二人の言葉を思い出して、その申し出を拒絶するのは踏み止まりました。きっとこれはこれで、彼女らの気配りなんでしょうし。
それに、今日くらい少しラクをしたって、バチは当たらないかなって。
……あはは、たまにはちょっと怠けさせてもらうのも悪くないと思いましてね。
自分にいい様に解釈する事とし、わたしはその言葉に甘えさせてもらう事にしました。
「わかった。じゃあ、ごめん。先に下がるよ」
「おやすみなさい。あ、あと其れと」
「うん?」
「あらためまして。 『 誕生日おめでとう 』 」
「おめでとう、」
わたしは彼女らの祝福に対し後ろ手をひらひら振って返して、その場を後にしました。
……こちらで誕生日を迎えるのは初めてでしたね。わたし。
でもだから如何というワケでもないです。もう祝われるような歳でもないですし。
正直言って自分の事なんで、どうでもよいと言えばどうでもよかったんですけど。
――世界が荒ぶるようになってからは、お祭りやお祝い事の類なんて外ではあまり見掛けなくなってきたように思います。
でも、だからこそこうして、皆は何かある度にささやかなパーティーみたいな事をよく催すようになった気がしませんか?
今迄も誰かの誕生日なんていう日には、飛空艇内あるいは何処かの宿の一室を貸し切り状態にしてお祝いしてましたし(……でも、其れが自分の番となるといささか照れますね)。
何はともあれ。
皆で美味しいものを食べて、たくさん話をして、盛り上がっていい気分になるのはいい事なんじゃないでしょうか。
この世界に訪れる明日への、活力にもなるってモンなんじゃないでしょうか、たぶん、きっと。
わたしは皆が楽しい時を過ごしてくれていればそれでいいや、と思いながら自室へ戻ろうと足を早めました。
「…………」
其処で声を掛けられましたね。シャドウさんに。
ふと見れば、傍らの階段近くの少し開けた空間、やわらかな暖色の照明に照らされながら貴方が立っていました。
シャドウさんは、普段多人数の集まる場には顔を出さない方ですよね。この日もそうで、わたし、部屋に食事を届けましたし。
だからもう今日は顔を合わせる事はないと思っていたんですが。
「あれ。どうしたんですか? ……あ、お酒、おかわりですか」
「いや」
言う間にもシャドウさんは距離を詰め、目の前に立つと一言
「手を出せ」と言い出しました。
「え? ……手? ですか?」
「手だ」
「はあ。何かくれるんですかシャドウさん」
「いいから黙って出せ」
鉢金と黒布の間から覗く目が僅かに細まりました。
何というか。……相変わらずのぶっきらですよね。喋りが。いつもの事ながら。
もっとこうソフトでマイルドで滑らかな言い方は出来ないものでしょうか(そういう言い方のシャドウさんというのも想像がつかないなーという気もしますが)、とまあ、そんな事はさておき、促されるまま両手のひらを差し出してみます。
音も立てずに手に載せられたのは、白い封筒です。
宛名も何も書かれていない状態でしたが、何をどう見ても手紙、……でしたよね? あれは。そう訊ねると肯いてもらえましたし。
「これ、くれるんですか、わたしに」
「ああ」
「わたし、人の名前とか簡単な単語くらいしか、まだ此処の文字読めないんですけど」
「……読まなくていい」
「……それって手紙の意味あるんですか」
折角頂いた手紙なのに、読まなくてもいいってどういう事ですか。そんなふうにも思いたくなりましたとも、少なくとも、その時は(ああ、もしかしたら、いつだったかのバレンタインの時の仕返しですかと思い当たりもしましたが。あの時はわたしが日本語のメッセージを貴方に宛てましたもんね)。
けれどシャドウさんはふいと背を向けると、わたしが言葉を続ける隙を見つける事も出来ないままさっさと姿を消してしまいました。残されたのはわたしと、手の中にある白い封筒だけです。
――誕生日プレゼント、と解釈していいんでしょうか。
わたしはそう認識していいのか悪いのか、まずは其処から悩んでしまう事になったのですが。それで差し支えないですよね、たぶん。訊ねてもきっと答えては貰えないでしょうから、勝手にそう思う事にさせていただきますが。
……はは、それにしてもプレゼントをくれたのはシャドウさんが一番最後ですよ?
まったく、皆はちゃんと早いうちに手渡してくれたっていうのに。
……え? 貰いましたよ? はい、……まあ、例えばセリスからは、雑貨店で見つけたというハーブのドライフラワーを(ドライといえど今ではなかなか花は手に入りにくくなりましたが)。セッツァーさんからはお祝いにと称して、当たり年のワインを特別に開けてもらったりとか。そんな感じで。
……え? エドガーさんですか?
はあ。あの、確かにその、頂きましたが。プレゼント。え、えーと、……まあ、いいじゃあないですか、それはそれとして。今はシャドウさんのお話なんですから。それよりそう、あのお手紙の話です。……え? 話を逸らしてる? そんな事ありませんってば、いえいえ、そのあの本当に。とにかく。
とにかく、部屋に戻って手紙を開封してみました。
便箋が、二枚。稀にしか目にする事のない、シャドウさんの流れるような筆跡での字がそこに並んでいて思わず感嘆の声を上げた程です。普段ならこんなに長く言葉を繋ぐことがないじゃないですか。ちょっと吃驚しました。まったく何というサプライズ。
でも、やっぱり、読めませんでしたけれどね。
……わたしが習得してるのって、本当に基礎的なものだけなんです。なんたって、辞書もないんですよ?
皆との見聞きだけでは流石に、限界がありますし。なので、内容は一割も理解出来ていない状態です。今も。……悔しいんですけど。本当。
シャドウさん、此処でひとつ朗読してもらうワケにはいきませんか。……いきませんか、そうですか。いえ、判ってますけどね。そういう答えが返ってくる事くらいは。ああじゃあ、代わりと言っては何ですがシャドウさんの誕生日を教えていただくというのは? そうすればわたしも贈り物をする楽しみが出来るんですが……冗談ですよ、教えてもらえないのも判ってますってば。まあ、そういうワケで。
解読にはどのくらい掛かるかわかりません。
誰かに読んでもらうつもりも勿論ありません。わたしに宛てられたものです、自分以外の誰かに見せられる筈もないですしね。だから本当に解読出来るかどうか定かでないですけれど。
でも、読む事も叶わないまま、この手紙を持ち続けるのも悪くないと思っている自分が居る事も確かなんですよ。
面白いじゃないですか、何が書かれているかも判らないまま、この日のシャドウさんの綴りをいつか本人の口から聞けると信じてみるのも。或いは、永遠に内容を知ることもないままでいるというのも。
わたしは来年、再来年もこの世界で歳を重ねるかもしれません。そうでないかも、わかりませんが。
その時にはまた、この手紙を開けるのだと思います。
決して褪せる事のない言葉という名の綴りの形をなぞるために、きっと。
FF界の言語は英語に近くて、けれど英語とも少し違うのかなぁ、というイメージです。
それはさておき、「 cushion star 」 のつむさんより今回の短編をイメージした漫画を賜りました!
こちらからどうぞ〜
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