古代城の中には、寂として音がなかった。
時の流れから切り離され、隔絶され、人々の記憶から忘れ去られていた城。
空気は乾いていたが、どこか淀んだものを含んでいる。
時折姿を現すのは、異形のモンスターが多かった。
魔法があまり効かないのは、魔大戦の時代に生きた者たちの何がしかの名残だろうか。
広大な城の中を探索する。
千年前の戦いで滅びたという城は、しかし驚くほどはっきりとその姿を保っていた。
朽ち果てるでもなく、崩れるような脆さもない。人の気配こそなかったが、知らなければ遺跡などとは思わないだろう。
俺は、辺りを見渡した。
全てを焼き尽くしたという魔大戦、その遥か遠い昔に存在した城。
幻獣と魔法が鍵となる今この時になって、フィガロの地下からその場所へと渡る道が繋がった。
その遺物から何か得られるものがあるのではないか。
そう口にしたのは、あの砂漠の国の王だ。
その言葉を否定するつもりは毛頭ない。
事実、数日を掛けて探索を続けた結果、強力な力を得ていた。オーディンと呼ばれる幻獣の魔石。
それ以外にも、まだ何かが隠されているかもしれない。時間を掛ける価値はそれなりにあるだろう。
手分けして城内を調べるうちに、さほど広くもない空間に行き当たった。
箱がいくつか積み置かれているだけの、小さな部屋だ。
蓋を慎重に持ち上げてみれば、鍵さえ掛かってはいなかったが、中身は貴重なものだとすぐに分かった。宝物庫だったのだろうか。
今後に役立ちそうなものだけを選別していると、
「おーい、皆ちょっと来てくれ!! 見つけたぞ、隠し階段!」
トレジャーハンターを名乗る青年の声が届いてきた。
丁度手にしていたものを箱に戻しかけて、しかし、ふと思い留まる。
どう見ても装飾品でしかない。そう思い戻そうとしたのだが、触れている指先から魔力の類が感じられた。
ものによっては呪いのような、負の力が秘められた武具も存在する。
しかしその品からは、決してそういった気配は感じられない。寧ろ逆に、不思議なあたたかい力を感じる。
「シャドウー、どうしたー?」
声が続いていた。
何かの役に立つだろうか。
そう思い、他の戦利品と共に持ち戻る。
広間には、先程まではなかったはずの地下へと続く階段が確かに存在を露わにしていた。
帰路につく前に、それぞれが見つけたものを確認する。
強力な魔物が守っていた古代の品は、やはり強い力が封じられているものばかりだった。
それに、武具だけではない。
見れば、ティナはじっとその手の中にある魔石に視線を落としている。
オーディンと呼ばれていたそれは、今は王女の涙を受けて更に輝きを増していた。その力は今後の戦いできっと必要になるだろう。
「……で、こっちはたぶん、吹雪のオーブってやつだな。それからこれは……髪飾りか」
簡単に検分を行なっていたロックが、灯りに向けてその細工をかざして見る。
金色の輝きが、静かにその光を放っていた。
「前に、同じように魔力が籠もったやつを見たことあるなあ。……確か、誰か持ってたよな?」
「ええ。今は、リルムが持ってるはずよ」
尋ねられたのを、セリスがすぐに応じて返した。
「魔法を使う術者の負担を軽減する魔力が施されているから、必要な人が持つようにしているわ」
「じゃあ、この二つ目のは……」
「……に渡してあげたら、いいと思う」
徐に、魔導の力を持つ娘が顔を上げてそう口にする。
「は、魔法をすぐに覚えてしまうから。……でも、強い魔法を覚えても、たくさん使うのはまだ難しいって言っていたわ」
だから、にぴったりなんじゃないかしら。
ティナは、今はこの場にいない友人をいたわるように言う。
実際のところ、上位の魔法はその分、消耗も激しい。
魔法を主に使う身でなくともそう感じるのだから、今のにとってその疲弊はどれほどのものだろうか。
あの黒髪の娘は、不思議と魔石に宿る魔法をすぐに身につけてしまう。
自身にまだ見合わないほどの力を秘めたものであってもだ。
ゆくゆくは力量そのものを底上げする、その必要はもちろんある。だが、それまでの間の助けにはなるはずだ。
その意見に、この場の誰もが異論を挟むことはなかった。
「じゃあ」
セリスがその手を差し出し、髪飾りをロックから受け取った。
かと思えば、そのまま近付いてきてこちらの手のひらを勝手に持ち上げる。
予想もしない行動にいささか目を見張ったが、気付けば髪飾りは自身の手に委ねられていた。
「……何の真似だ」
「それ、貴方からに渡しておいてね?」
「何で俺が」
「何でって」
かつての帝国将軍は、口の端を微かに上げている。
微笑みというにはどこか意地が悪く、同時に何かを面白がっているような色があった。
「シャドウが見つけたものでしょう? だったら、貴方から渡してあげるのが筋じゃない?」
「…………」
表向きはそれらしい口上に、一瞬返す言葉が出てこない。
だがすぐに、謀られたと気付く。気付いた時には遅かった。
座り込んでいたロックも立ち上がり、他の者たちと共に帰路に向かって歩き始めている。返す機会を、完全に失っていた。
少し離れて後ろを歩く。
仕方がない。そう思いながらひとまず、懐にそれをしまった。
黒髪の娘は、飛空艇に戻れば一番に出迎えをする。
この日も変わらず、舷梯の向こうに彼女はいた。
「おかえりなさい」、そう言って全員の無事を安堵しているようだった。
「シャドウさん、お疲れさまでした!」
「ああ」
言いながら、渡すものをさっさと託してしまおうと手を伸ばし掛ける。
しかし、ふと視線を感じてその方向を見返した。
慌てたようにあからさまに顔を背けるロックに、何とも言えない生温かい温度の目で見てくるセリスがいて、すぐに懐から手を遠ざけた。
何があっても、こいつらの前で言われた通りにするのは避けたい。そもそも、そうする義務も義理もないはずだ。
そう思い、すぐさま振り分けられている部屋に戻る。渡す機会などいつでもある。
そう、例えば、娘がこの部屋を訪れた時だ。
は、いつも食事を部屋まで届けにくる。
この日の夜もそうだった。ノックに短く返事をすれば、膳を抱えて娘は中へと入ってくる。
テーブルに膳を置いた後、部屋を出る前に呼び止めて渡してしまえばそれでいい。それだけのはずだった。
「じゃあ、食べ終わったら食器、返しにきてくださいね」
「…………、」
呼び止めようと、口を開きかける。
しかしふと、黒髪の娘が装飾品の類を身につけているのを見たことがない、そのことに思い至る。
ほんの幾らかの時間だった。
しかし、動揺にさえ似たものが自分を揺さぶった。
そういったものを使わない性分なのかもしれない。そもそも他人から貰ったものなど、趣味に合わなければ邪魔でしかないだろう。
そんな考えが頭を掠め、気付けば彼女は退出しようとドアノブに手を掛けているところだった。
「……!」
「はい?」
向こうは、いつものように変わりない微笑みで振り向いた。
そのまま近付けば、ドアが薄く開いている。
片手を伸ばして、その扉を閉めた。万一他の連中に覗かれるのも面倒だった。
そうして目線を合わせれば、自分より少し低い位置にある両の目が戸惑ったようにこちらを見上げている。
間近な距離だった。ドアノブに自らの手が届くほどしかない僅かな隔たり、その間に娘はいるので、当たり前なことだが。
すぐさま「必要だったら使え」とでも言って、髪飾りを差し出せば済む話だった。
それだけの言葉だというのに、何故か、口に出すことがどうしてもできない。
「えっと……、シャドウ、さん?」
取り繕うようにがゆっくりと言う。
こちらもそれなりに事を済ませたい気持ちはあるのだが、上手く口が回りそうにない。
数秒ほど考えて、考えていた渡し方を諦めることにした。
「」
「はい?」
「……目を閉じろ」
「えっ? あ、あの」
「早く」
自分でもややつっけんどんな言い方だと思ったが、それなら言えた。
急かせば、娘は言われた通りにする。
身体が強張っているようだったが、その黒髪に飾りを挿すのには何の問題もなかった。
「もういい。……呼び止めてすまなかったな」
そう告げても、すぐにはその目は開かなかった。
しばらく見ていれば、本当にようやく、といったところで恐る恐るそのきつく閉じられた目蓋が開く。
何が起きたかなど理解していないだろう。それでもいいと、そう思った。
「もう戻れ」
「えっと…………わ、分かりました」
おどおどしながら、ぎこちなくは出ていった。
流石に、鏡を見る頃には気付くだろう。或いは、誰かに指摘されて初めて気が付くのかもしれない。
どのみち、ひとまず渡すことはできたのだから、後はどうしようと、あの娘の勝手だ。
気に入らなければ、使わなければいい。それだけの話だ。
ようやく肩の荷が下りたようで、息が漏れる。
自分で思ったよりも、それは深く、辺りの空気に響いて消えていった。
「ティナ?」
呼ばれて、顔を上げる。
セリスがこちらを覗き込んで「食欲ないの?」と訊いてくるので、素直に肯いてみせる。
疲れているはずなのに、食べ物をあまり欲しいと思えなかった。
その理由を、今日同行していたセリスなら知っているのだと思う。
「そう。……今日は、早めに休んだ方がいいわ。後片付けは、こっちに任せていいから」
想像した通り、それほど多くを尋ねてはこなかった。
厚意に甘えて広間を抜け出る。
通路を歩きながら、ずっと頭の中で考えていることを反芻する。
幻獣と人間の恋。
父と母のようなことが、千年前にもあった。
日記に綴られていた王女の言葉は辛く悲しくもあり、そして同時に、自分が知らない感情にも満ちていた。
愛する、という感情には色んな種類があるのだと、最近になってようやく知った。
モブリズの子供たちに感じるものも、愛のひとつなのだという。
けれど、王女の愛はそれとはまた違う種類のものなのだと、なんとなくは理解できる。
――いつか、自分もその愛を知ることができるだろうか?
脚が、止まる。
一つの部屋の前で――シャドウの部屋だ――、がその背をドアに預け、沈み込むようにして座り込んでしまうところだった。
吃驚して、思わず駆け寄る。
大丈夫かと訊ねようとして、それまでずっと両の手で覆っていた顔が赤く染まっているのに気付く。
熱があるのかもしれない。
そう思って誰かを呼んでこようとするのを、はこちらの服の端を引っ張って制した。
「大丈夫……、大丈夫、だから」
「でも」
やっとという感じで声を絞り出したは、頑なに「大丈夫」を繰り返している。
どうしても、人を呼んでほしくなさそうな様子だった。
深呼吸を繰り返していると、少しだけ頬の赤みが引いていく。
少しずついつもの落ち着きを取り戻す気配に、ようやく安堵する。
その頃になって、やっとその黒髪に金の髪飾りが挿してあるのに気が付いた。
「良かった。に、似合ってる」
「…………?」
何が、と言いたげな目がそこにあった。
頭を示せば、不思議そうにしながらは自分の髪に触れて、そこにあるものをそっと引き抜いた。
「これって」
「金の髪飾り、……シャドウから、何も聞いてない?」
「…………」
首を振るのと、今までの様子からすると本当に何も知らないみたいだった。
どうやって、にも知られずに髪に挿したのかしら。
思わないでもなかったけれど、たぶん、そこは重要じゃないのだと思った。
少しだけ今日の探索のことを話して、どういう経緯だったのかを伝える。
「そうなんだ」、とようやく彼女は要領を得たみたいだった。
「そういえばは、あんまりこういうの付けない方?」
「うん、いつもはね。動きの邪魔になったり、何処かにひっかかったりしないように付けないんだけど……」、
でも、と続ける。
「これはずっと大事にする」
そういって、両の手のひらで包み込む。
その表情は自分が知りたいと思っている類の感情に満ちていて、この人もきっと、あの王女と同じなのだと思った。
恋というものは、自分にはまだよく分からない。
ただ、
「」
「……?」
「シャドウを愛しているのね」
の表情が、固まった。
ようやく引き始めていた頬の赤みがどうしてか一時に戻って、何かを言おうにも言葉が出てこない。そんな感じだった。
かと思えば、急に立ち上がってその身を翻している。きっと、自室に戻ったのだろう。
その後ろ姿を見送りながら思う。
ただ、自分が知らない愛を、王女もも知っている。
それが羨ましいと、そう思った。
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