もうもうと舞い上がる土煙が、徐々に晴れていく。
魔物は既に消え失せていた。そもそも、黙殺しても構わないような小物だった。
それだというのに、わざわざこちらを標的に向かってきたのだ。相手の力量を推し測ることができていたなら良かっただろうに。
それを教える相手というのは、こちらにもいるのだが。
「」
「! はいっ」
少し離れた場所にいた娘が、インターセプターと共に駆けてくる。
ほんの少し走っただけで微かに息が切れているのは、体力の問題ではない。
問題は、魔力の方だ。
「今の怪物はファイアで十分だ。ファイラでは強すぎる」
「そう……でしたね」
「それと」
この身に帯びていた魔力の帯が昇華され、虚空に淡く消えていくのが分かる。
攻撃に入る前に、彼女が施した防御強化魔法。だがこれも、不要だったと言っていい。
「今の相手に、これほど守りを固める必要もない」
「えっと……ご迷惑でしたか?」
そうは言っていない。
俺は内心息を吐いた。
暗殺者を名乗るようになってからは、インターセプター以外に相棒はいなかった。
戦い方を他者に教えるという経験も今までにはなかったが、この娘のやり方はやや力の使い過ぎと言える。
短期戦ならばともかく、長く旅をしていくに当たっては、力の使い方を指南していく必要がある。
俺はそう判断した。
「使いどころを見極めろ、と言っている」
「だ、だって見たことないモンスターだったんですよ? もしシャドウさんに何かあったら」
「俺より、自分の身を」
守れ、と言い掛けたところにが首に下げていたものを黙って両手で掲げてみせた。
紐に通してあるのは幾つかの指輪で、それぞれに魔力が宿ったものだ。防御のみならず、治癒の魔法力を帯びたものもある。
あまり装飾品を身に付けない娘なりに考えた結果、そうすることで籠められた恩恵に与っているらしい。
これでどうだ、と言いたげな顔をしながら彼女は口を開いた。
「わたしだってそれなりに守りは固めてますけど……シャドウさんは敵に近付いて戦うことも多いじゃないですか」
「…………」
「でもシャドウさん、重い鎧は嫌がるし盾もあんまり好きがらないですし」
「…………」
「わたしも身軽な方がいいので気持ちはすごーくよく分かるんですけど、その……心配しちゃうというか、何というか」
「…………」
娘からすれば、俺の方こそが心配らしい。
随分な言われようだと思わないでもないが、確かに動きを阻む装備を避けているのも事実だ。
そこが、から見れば不安なのだろう。だからと言って、戦い方を変える気はないが。
「……俺は相当侮られているようだな」
「そんなこと言ってませんけど、でも」
「なんだ」
「……何でもないです」
そう言って黙り込む様は、やはり何か言いたそうに見える。
……何も、今の魔法の使い方を大きく変えろとは言わない。
黒髪の娘は、そもそも戦いの場に出なくても構わないとさえ最初の頃は考えていた。
しかしそれを、彼女自身が拒絶した。ついてくる以上、できることはしたいのだと言う。
そして、の身に付けた魔法に何度か助けられているのも確かだった。
要は、それを上手く使いこなせるようになればいい。
それだけのことだが、戦いの数をそうこなしていない娘にとっては判断もまだ難しいだろう。
「…………魔大陸で、なんですけど」
僅かな間にそう考えていると、はぽつりとそう零した。
「倒れてるシャドウさんを見つけたの、上陸してすぐのことだったんですよ」
「…………」
「傷だらけだし、出血してましたし。……今でも覚えてますよ。正直、ゾッとしました。死んでいたらどうしようって」
「…………」
「シャドウさん、時々無茶に見えることするから……見てる方は、ハラハラするんです」
要らないお世話かなあとは、思うんですけど。
そんなふうに、は言う。
彼女の言う通り、帝国の裏切りであそこまでの深手を負ったのは不覚と言わざるを得ない。
ふと見れば、娘は地面の一点を見たまま言葉を途切れさせている。
……もし、の不安がその時の記憶に起因するものならば、それは俺自身が原因なのは否めなかった。
「……分かった」
「はい?」
「どう魔法を使おうが構わん。好きにしろ」
「あっ。いえ、あの、えーと」
顔を上げたは考え込むと、すぐさま言葉を繋げてくる。
「さっきみたいなアドバイスは、頂ければ有難いというか……その。ご指導自体は、これからもお願いしたいんですが……」
「そうか」
なら、そうさせてもらう。
言えば、向こうはまじまじとこちらを見てくる。
すぐに、してやられた、というような、苦笑いの入り混じった表情になる。正解だ。
この娘の場合、一度引く方が素直に応じると踏んだのだ。
「心配するな。おまえが言うような無茶はしない」
「……本当ですよね?」
「ああ」
少なくとも、この娘と行動を共にする間だけはそのつもりだった。
そして今のうちに、に力の使い方を教えておかなければならない。
共にアルブルグから大三角島へと渡ったあの頃に比べ、黒髪の娘の魔力は遥かに増していた。
後天的に身に付けた力。その条件は自分と変わらないが、この娘は魔石の影響を受けやすいのだという。
その力が思っている以上に強大だと、彼女自身まだはっきりとは気付いていない。
強すぎる力は時に、自分自身をも傷付ける。……しばらくの間、『指導』は続けなければならないだろう。
乾いた風が渡っていく。
赤く焼けた空と大地を背に、黒髪の娘が安堵したように微笑んでいる。
インターセプターがゆっくりと尾を振りつつ、一連のやり取りを見守っていた。
いつか、行動を別にする時が来るだろう。
だが、今ではない。……今のこの世界に、を託すことはできない。
この世界が息を吹き返した時か、あるいは彼女が、元いたところへと帰る術を見つけた時か。
どちらでも構わない。
ただ、もう大丈夫だと思えるその時までは共に在ろうと、そう思った。
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