コーリンゲンの宿は人の出入りも少なく、辺りは静かなものだった。
併設の酒場、昼間に食事を取ろうとするのも自分達のみ。
元々、観光に訪れる者も多くはない地だ。何処にでもあるような村の、何処にでもあるような時間だった。
そんな時間の中で、目の前のはゆっくりと咀嚼を繰り返している。
注文の品が彼女の前に置かれた時、微かな困惑を覚えた。
果物やら生クリームやらがこれでもかと挟まったパンが四切れ、傍らにはなみなみと注がれた紅茶とミルクの混ぜもの。
添えられているのは、どれに使うのかわからないシロップの小瓶、あまつさえ特大のプリンという有様だ。見ているだけで甘ったるい。
おおよそ俺が口にしないものの数々だが、彼女は黙々とそれを食している。
旅を共にし始めてから今日までの間、互いの食事のことを、互いに何か意見した覚えはあまりない。
それでも今日ばかりは、気付けば口に出してしまっていた。
「……甘いものの食い過ぎだ」
いつもなら、もう少し食事らしい食事を取るだろうに。
ほとんど菓子といっても良さそうなパンを噛んでいた彼女は、咀嚼を止めた。こちらを見た。
数秒の間の後に、シロップをマグカップの中に垂らし、ひと混ぜし、静かにそれで口中のものを飲み下した。
「と、思うじゃないですか」、と言って、一息ついて続ける。
「でも一応、栄養にはちょっと気をつけてますよ。旬の果物はビタミンも摂取できますし、あ、これメープルシロップですけどミネラル豊富で低GIですから、白砂糖よりはヘルシーですし。ミルクはカルシウム補給に……それから紅茶! テアフラビンていうポリフェノールが豊富なんですよ」
「…………」
「あとこれ、この村でとれた卵とミルクで作ったプリンなんですって。良質なたんぱく質の塊ですよね。卵とミルクってそもそも万能食品ですし、プリンておやつとしては優秀なやつなんですよ!」
「…………そうか」
自分が思ったよりは、なりにバランスを考えての食事であるらしい。
丁度運ばれてきた自分の注文の酒瓶とグラス、そのうちの瓶の方を彼女が手に取った。
グラスに注いだあと、しげしげと瓶のラベルを眺めている。にはこの世界の文字は読めない筈だが、それでも幾らか眺めてから、
「シャドウさん」、と問うように言った。
「わたしも少し頂いていいですか?」
珍しい事だった。
普段彼女はミルクだのお茶だのといったものしか飲まず、酒を飲むことなどない。
まして、俺の頼む酒は度数が高い事をうすうす感じている筈だというのに。
返事を待たずして、は自分のマグに躊躇なく酒を注いでしまった。まだ紅茶とミルクの混ぜものが半分方残っているそれに。
俺が何かを言う前に、彼女はそれを口に含み、飲み込んでしまっていた。
「おい……っ」
「少しきついですね、流石に」
少しどころではない、割って飲んだとはいえ、それなりにきつい筈だ。
しかし顔色が特に変わるでもなく、存外平気でいる。とはいえ、後になって気分が悪くなるという事も十分あり得る。
酒瓶を取って返しながら言った。
「お前にはこの酒は強すぎる」
「わたしには強すぎるお酒を、」
シャドウさんはいつも飲んでるわけですよね?
いつものように微笑みながら、がゆっくりとそう言う。
何処かいつもとは違う(ほんの少しの)居心地の悪さを感じながら、言葉を絞るのがやっとだった。
「……何が言いたい」
「お酒って、どんな栄養があるんでしょうね」
「…………」
「冗談ですよ。……シャドウさんはわたしの身体の事心配して下さって、優しいなーって」
「…………」
「でもそれは、わたしも一緒ですからね。シャドウさんの身体が心配です」
「…………」
「ですので、明日からはせめてお昼はお酒じゃなくて、お茶にしませんか? 例えば麦茶ならミネラル補給できますし、ノンカフェインですから身体に負担も掛かりませんし」
「…………」
溜息をつくが、向こうはそれを了承と思ったらしい。
「では、そういう事で」、
などと呟くと、また黙々と食べ始める。
……まさか、こう仕向けるために、この甘ったるそうなメニューを頼んだわけではないだろうが。
少しそんな事を思うが、彼女は何事もなかったかのように声もなく食べ続けている。
は、喋る時は喋るが、そうでない時は物静かな方だ。食事の間は特に。
ふとそう思い、改めてを見やれば、何ともいえない表情をしていた。
しみじみと噛みしめるようにパンを食していたかと思うと、今度はスプーンを取り上げ、プリンの表面を一口分掬い上げて口の中へ。
一息つくようにしたところで、目が合った。
「…………」
「…………何か口の周り、ついてます?」
「いや」
ふいと視線を逸らした。言った。
「……美味そうに食べると思っただけだ」
「美味しいですから!」
声は、いつもより気のせいか、上機嫌だ。
……此方はというと、上機嫌とは言い難い。
一体何故、この数分という時間で酒の量を控えるなどという事態になったのか解せなかった。
ようやく注がれたグラスの中身を傾けて、横目で隣を見る。
満ち足りたというように、パンの最後の欠片を頬張る黒髪の娘の満足げな表情がそこにあった。
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