他人は変えられない。
自分は自分の意思で変われるけれど、他の人に「変わること」を強制することはできない。
……ぼんやりと、わたしはそんなことを考えていました。


サウスフィガロの宿屋。
食堂は夜なら酒場としても人が入るのでしょうが、昼下がりの今はそれほどでもありません。
昼食の時間のピークも大分過ぎていましたから、他の客もまばらでした。
わたし達は遅めの昼食を取ろうと、カウンター席に並んでいました。なんですけど。
……お酒を飲むにはかなり早い時間だと思うんですよね。

シャドウさんの前に置かれたグラスとボトルに、ちょっと目を向けました。
次いでそちらを見ますけれど、至っていつもどおりのその人は何も言いません。
わたしも何も言いません。なんですけど。
……前にも「お酒、やめませんか」ってやんわりお伝えしたこと、あると思うんですよね。
忘れちゃいました? それとも覚えていて、それでも、ということなんでしょうか。

わたしは膝の上に両手を置いたまま、考えます。
いえ。……その。
ご一緒するようになってしばらく経ちますけど、だんだんといろいろ、気になってきてしまって。
何って、シャドウさんの健康面です。
お食事は大きく好き嫌いがあるようには見えませんし、少なくともわたしの前では煙草を吸うこともなさそうです。煙の匂いもしたことがないですから、その辺は大丈夫なんでしょう。
運動面も全く問題はないでしょうから、だとすれば、残るはお酒を召し上がるというところです。
酒は百薬の長、なんて言いますけど、最近は「少量でも身体に良くない」って言われてるみたいですし。

そもそもシャドウさん、健康診断とか受けてます?
肝臓の数値、大丈夫かなあって心配してしまうというか。
……余計なお世話と言われたら、それまでなんですけど。だから、あんまり口に出しては、言いませんけど。

沈黙のまま、考えます。
例えばわたしが改めて「お酒やめてください」ってお伝えしても、ただの押し付けです。
そちらからすれば、鬱陶しい以外の何物でもないでしょうね。
だから、何も言いません。
ただ、(もっと自分を大事にしてほしいなあ)っていうのを、一体どうすれば分かってもらえるでしょうか。

「……
「はい?」

ずっとそちらも静かにしていたのに、ふと呼ばれて顔を上げます。
細めた目がこちらに向けられていました。溜め息をつきたげな表情、そうする中で続く言葉は掛けられました。

「何か言いたいことがあるのか」
「…………えっと」、
そんな顔してました? と訊ねれば、小さく目を伏せられます。
表に出していないつもりでしたが、そんなにお酒飲んでほしくないオーラ、出てたんでしょうか?
息をつく音が聞こえて、やっぱり溜め息をつかれてしまったと思う間にもシャドウさんは言うんです。

「これか」
「…………まあ」

片手でグラスを示され、とりあえず曖昧に肯きます。
するとシャドウさんは、
「そんなに俺が酒を飲むのを見るのは嫌か」、
そんなふうに続けます。
言い草からして、以前にも同じことを言ったのは覚えていてくれていたんですね。……じゃあ、やっぱり、それでもってことですよね。
わたしはいくらか頭の中で考え込みます。整理しながら、言ってみます。

「……あの。最初に、誤解がないようにお伝えするんですが」
「なんだ」
「わたし、シャドウさんを思い通りにしたいとか、コントロールしたいとか、そういうわけじゃないですからね? わたしもそうされたら嫌だなーってなると思いますし。……その上で、なんですけど」

一度、次の言葉を組み立てます。続けました。

「シャドウさんがもし、わたしにとってどうでもいい人だったら、何も気にならないんです。何を飲食しようが、身体に良くないもの摂取しようが、その結果どこか悪くしようがどうでもいいんです」
「…………」
「でもその、シャドウさんはわたしにとって大事な人なので、そうなってほしくないなあっていうか、もっとご自分の身体労ってほしいなあっていうか……ただそれだけなんですけど」
「…………」
「…………」

反応がなくて、こちらも沈黙を落としてしまいます。
自分なりに、押し付けがましくない言い方をしてみたつもりです。ですけど、もしかしたらやっぱり鬱陶しかったでしょうか。
……そうかもしれませんね。あの時は申し訳なかったです。
だから。

「……ですので、お酒は程々にしてくださいね!」

わたしは言って席を立ちます。
丁度お店の人が、わたしの注文したものを運んできてくれたところでした。
「わたし、頂いた部屋で食べますから。ゆっくりどうぞ」
きっと自分がいたら、せっかくのお酒も美味しく飲めないでしょうから。わたしは食事のお膳を持って、振り返ることなく部屋へと戻りました。


シャドウさん。
あの時は上手く伝えられたかどうか、分かりませんけど。
お酒を一切飲んじゃダメですなんて、言いませんからね?
ただちょっと、少しだけ、今よりご自分の身体を大事にしてもらえたら嬉しいなあって。
そう思ってる人間が、ひとまずここに一人いるんです。それを、分かって頂けたらいいなって。
ただ、それだけのことなんです。






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