目の前に、吸血鬼が居る。
否、それは鏡に映った自分だ。
……あまりの似合いぶりに、一瞬感心し掛けたぐらいだ。
「チッ」
思わず舌打ちする。
どうしてこのセッツァー・ギャッビアーニともあろう者が、ガキのお飯事みたいな遊びに付き合ってやらなければならないのだ。
そもそもの話、ハロウィンなんざこちとら何の興味も関心もない。
せいぜい菓子を強請りたいガキ共のイベントくらいにしか思ってなかったが、どういう理由かこの有様だ。
最初、リルムを筆頭にセリスやティナが押し掛けてきた時は何事かと思ったが、あれよあれよという間にこうなっていた。
上着を剥ぎ取られ別の衣装を強引に着せられたかと思えば、リルムの絵筆で顔の上をくすぐられた。
結果、俺には何の同意も得ないまま、あっという間に「出来上がり!」と言われる始末だ。
何なんだ! と思ってそのままを言えば、悪びれもせずにこう言いやがる。
「今日はハロウィン! ハロウィンて言ったら仮装でしょ? 傷男、絶対に似合うと思ってさ」
「でも、いざやってみたら本当に似合うわね」
「えっと、セッツァー、素敵だと思うわ」
言いたい放題だ。
次はどうするだのそろそろ皆の部屋を回ろうだの、そんな事を話し合いながらガキ共は足早に去っていった。
そうして今の自分はどうなってるんだと思い、洗面所の鏡を見てみればコレだ。
思わず渋面を作れば、目の前の吸血鬼も同じ顔つきになる。
確かにそれなり様にはなっているかもしれないが、そう思わされた時点で腹が立つ事この上ない。
ひとまず着替えるかと思い洗面所を出たところで、今度はとばったり出くわした。
一瞬何とも言えない顔をしたかと思うと、は開口一番こう言った。
「……コスプレですか、セッツァーさん」
「好きでやってんじゃねえよ」
思わず憎まれ口をたたきそうになる。
溜息をつきつつ「ガキ共の仕業だ」と教えてやっても、向こうは未だに疑問符を浮かべたままだ。
そういや、こいつには声は掛からなかったんだろうか。
誘いに乗る・乗らないは別にしても、声ぐらいは掛けられそうなもんだが。
「ハロウィンだよ。おまえさんには何も言ってなかったか、リルム達」
「わたし、今日はシャドウさんと炊事担当で、午後はずっと台所にいましたから」
丁度今、後片付けが終わったところなのだと向こうは言う。
それだけで、ははあ、と納得する。
があの黒尽くめと一緒となれば、あいつらの事だ。要らなく気を利かせてやったんだろうと容易に想像がつく。
敢えて声も掛ける事無く、そっとしておいてやったのに違いない。
成程なと思っていると、は「そっかあ」、とようやく要領を得たといった感じで小さく肯いた。
「此方の世界にも、ハロウィンってあるんですね」
「おう、のとこにもあるんだな?」
「わたしにとっては、外国のイベントですけど……」
それはさておき、と向こうはまじまじと俺を見る。
「……しばらくその格好のままでいるんですか?」
「冗談じゃねえ、さっさと着替えてくるさ」
「でもリルム達と行き会った時、元に戻ってたら文句言われそうですね」
「知るか。……いや、それよりの方こそ弄られるかもな。あいつらも悪魔の尻尾やら天使の羽やら色々付けてたからな」
「じゃあ、その時はセッツァーさんを押しつけてその隙に逃げる事にします」
さらりと言い放つはにこやかだ。
……割とこいつ、こういうとこあるよな。
二度目の溜息をつきたくなるが、しかし既に夕食も終えてしばらく経つ頃合いだ。
お子様はもうじき寝る時間、せいぜい一、二時間も我慢していれば問題ないといったところか。
「……しっかたねえ。もう少しこのままでいるとするか」
「災難でしたね、似合ってますけど」
「そりゃどーも。……そうだな、なら俺は俺なりにハロウィンを楽しむとするか」
「いいんじゃないですか? どうぞどうぞ」
「じゃあ」
とん、と壁に片手をついて言った。
「お菓子くれなきゃ、悪戯するぜ?」
「あ、わたし日本人なんで。他を当たってください」
「さっきハロウィン知ってるみたいな事、言ってただろうが」
「外国のイベントって言いましたよ? 日本では基本的にはそういうの、やりません」
「『 郷に入りては郷に従え 』って言葉もおまえさんとこには無いのか?」
「…………」
は少しの間黙り込むと、うーん、と小さく唸った。
肩を竦めてみせると、
「じゃあどうぞ。悪戯の方で」
あっさりそう言った。
「今、お菓子持ってませんから」
「ん、じゃあそうだな。目瞑れ」
「はあ」
瞬くと、は案外素直に目を閉じる。
デコピンの一つでもくれてやろうかと思って指先を伸ばすが、ふと思い留まる。
ちょい、と人差し指の腹でその顎を下から押し上げてやれば、簡単にその顔が上向いた。
「!?」とでも言いたげに眉間に皺が寄るが、それでも目蓋は閉ざしたままだ。
全く、無防備なこった。
それとも俺は、信用されてると思えばいいのか?
やれやれと思いながら、その顔を見下ろす。
……しかしまあ、こうしてよくよく見てみれば、こいつも存外悪くない。
マリアやセリスみたいな華々しさはないが、磨けばそれなりには光るだろう。
本当になんでこいつは、あの黒尽くめと一緒に居るんだろうな。
思い巡らせながらふと、そういや、今の俺は吸血鬼だったな、と脈絡なく思う。
観察していた目蓋に頬、口元から更に下、曝け出された喉元へと目を滑らせた瞬間、俺は足蹴を喰らっていた。
何が起こったのか一番わからないのはだろう。
俺が吹っ飛ばされる音を聞いてなお、どうしたものかという感じでまだ目を閉じていたが、
「目を開けろ」というシャドウの声に恐る恐る従った。
「シャ、シャドウさん!? ……えーと、あの、どうしてセッツァーさんはひっくり返ってるんでしょう」
「気にするな。行くぞ」
「え、でも、あの」
まるっきり何事も無かったかのように、黒衣の暗殺者はの腕を引いて連れ去っていった。
……あの野郎、本気で蹴りやがった。
ようやく身を起こしながら、俺は既に奴が姿を消した方向に向かって一睨みする。
何処から湧いて出やがったとか蹴られた脇腹が痛いだとか、武器使用なしの割にダメージが四桁に達していたとか、色々と言いたい事はある。
しかし、……そんなに過ぎたおいただったか、オイ?
一番言ってやりたい事を思うが、まあ、あいつにとっちゃそうだったって事なんだろう。
全く、散々な夜だった。これだからハロウィンてやつは。
「「「トリックオアトリート!」」」
何処か遠くで、ガキ共の声が飛空艇内に反響していた。
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