右から左へ。
上段から下段へ。
ジドールの洋菓子店は品数も多い。視線を滑らせるだけでもそれなりに楽しいと感じている自分がいた。
ベクタで口にしてきた食事は、今思えば栄養補給面に比重が置かれていた。甘いものも無くはなかったが、記憶に残るほどではない。
ロックに連れ出され帝国将軍という肩書きを捨て、ある程度自由になってみれば、今まで見たこともないものは数多く世界に溢れていた。
ロックと共にひっそりとサウスフィガロを抜け、道すがら彼が差し出してきたのがビスケットだったのを覚えている。
「腹、へってるだろ?」と言いながら包みを押し付けてきた。
「ちゃんとした飯じゃなくて悪いけど。……とりあえず、今はそれで我慢してくれ」。
それ以来、特別好物というわけでもなかったけれど、時折ビスケットを自分で買って食べるようになった。
そうするうちに、徐々に他の菓子にも興味が湧き始めた。
行く先々の街や村。そこで自分と同じくらいの年頃の女性が口にしていたのは、私が食べたことのないものばかりだった。
色とりどりの果物やクリームが飾り付けられ、艶やかなチョコレートを纏ったタルトやケーキはまるで宝石のよう。
行動を共にする仲間が増え、飛空艇の広間でたまに皆で甘いものを口にする時間があった。
良い香りのお茶に、今まで知らなかった甘い菓子。共にいてくれる仲間。
彼らと過ごすそんな時間が好きだった。
ティナがどれにしようかと品定めをし、もそれに付き合っている。
買い出しで三人ジドールの街を歩いていて、ふとティナが店の前で足を止めたのだ。
「モブリズの子供たちにお菓子、届けてあげたいな……」
そう言うティナに、「じゃあ、そうしようよ」とが返事も待たずに店に入ってしまったので、その後を追う形になった。
明日から向かうのはモブリズとは違う方向だった。
ただ思ったままを呟いただけらしい様子のティナは、心配げにに耳打ちする。
けれど、「日持ちするのを買えばいいんじゃない?」と何でもないようには言う。
「セッツァーさんに相談すれば、モブリズに寄っていってくれるかもしれないし。ね?」
彼女のそんな言葉に安心したのか、ティナも今は楽しげに菓子を選んでいる。
二人のそんな様子を見ながら、ふと(変わったな)、と思う。
ティナと、二人とも一年前と今とではそれなりに変わったと、そう思う。
魔導の少女と呼ばれていたティナは、以前は常に憂いを帯びていた。
けれど今は、こうしてモブリズに残してきた子供たちのために笑顔でお菓子を選んでいる。
別の世界から訪れたもまた、以前は自身の置かれた境遇に戸惑っていた。
そんな彼女も、今は不安の色を見せることはなくなった。
寧ろさっきのように、ティナが抱いた小さな不安をあっさりと払い除けさえする落ち着きも備えている。
友人たちは、良い方向へ向かっている。そう思った。
同時に、私はどうだろう、と考える。
変化がないことはないだろう。けれど、実のところどうだろう。
彼女たちから見て、ロックから見て、私は良い方向へと向かえているだろうか?
「セリス」
ふとそう呼び掛けられて、思考は中断した。
が、菓子の棚を指してこちらを見ている。
言葉が続いていた。
「ごめん。この辺って、何かな」
「ええと……」
包装されて、中身が分からないその棚には品名と値段だけがプレートに書かれている。
には読めない文字をざっと読み上げていく。
「……たまごのロールケーキに、紅茶のパウンドケーキ。それと、ブランデーケーキ」
「ブランデーケーキ」、
私の言葉をひとつ繰り返すと、「それだったら」と腕を組みながら彼女は言う。
「シャドウさんも食べられるかな……」
「あら、いいんじゃない?」
「うん…………でも」、首を傾げながら考え込む。
「お酒が入ってても甘いものだし……ダメかなあ」
「試しに出したらいいじゃない」
そう言ってみても、彼女はすぐに心を決められないらしい。
さっき、店に入るのを即断した時とは対照的なの姿だった。
けれど、それというのも分かる気がする。
は普段、食事や菓子を配膳する時それなりに気を遣っているのを知っている。
人の好き嫌いは覚えているし、無理に食べさせようともしない。
とはいえ個々によって量や栄養で偏りが出ないように、何処かで調整しているのも見掛ける。
そんなにとって、甘いものを皆で食べる時間はほんの少し、シャドウに対して悪いと感じているのかもしれない。
彼がそういったものをあまり好まないというのは聞いている。
「が出せば、食べてくれそうって私、思うんだけど」
「どうかなあ」
「……寧ろ、食べなかったら私が無理矢理食べさせるわ」
「えーと…………それはちょっと」
半目になってがこちらを見る。
その目は(本当にやりそうだから困るなあ)と言っている気がしないでもなかったけれど、まあとにかく。
そう思っていると、「ふふふ」、と彼女が小さく笑った。
言った。
「シャドウさんが食べてくれても、くれなくても」、続いた。
「こうやってセリスとかティナと一緒に話しながらお菓子選ぶの、楽しいな」
「……でも、そうやって選んだものを食べてくれたら、もっと楽しいんじゃない?」
「うん。……じゃあ、やっぱり買っていこうかな」
ようやく心が決まったらしい。
見れば、ティナは既に会計を済ませていて、にこにこしながら両手に紙袋を下げている。
誰かと一緒に過ごす時間。それを思い描きながら甘いものを選ぶ楽しみを、以前まで私は知らなかった。
ふと、目に留まったのはシンプルな包みだった。
宝石のような彩りも輝きもない。けれど、――今の私はこれを選びたい。
そう思って、私はビスケットの箱を手に取った。
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