絵筆を握っている時間が好き。余計なことを、考えなくて済むから。
……ううん。もちろん、それだけじゃないの。
自分を表現する手段、ってやつ? それってどんな形か知らないけど、きっとみんな、何か持ってるでしょ?

サマサの村の子たちだって、夢中になれるものや得意なもの。それを何か、持っていたもの。
歌うことだったり、野山の花を集めることだったり、あるいは魔法の練習だったり。みんなバラバラ、その子によって違ってた。
リルムの場合は、それが絵を描くことだったの。
画用紙やキャンバスに向かっていれば、他のことを考えるスペースが頭の中に入らなくなる。
昔のことを思い出しそうになる度にクレヨンを、色鉛筆を、そして絵筆を手に取るようになっていったっけ。



ファルコンの広間は誰もいなかった。
たまたまそうなんだと思う。時間によって、人が入れ替わるから。
リルムがそこにある椅子のひとつに腰掛けたのは、窓から差し込む光がきれいだったから。
停泊してる飛空艇、ちょうど斜めに流れ込んでくる陽の光の筋はまるで白いライトみたいで、(描いてみたい)と思ったの。
絵を褒められるようになってからでも、自分の納得いくものをいつも描けるわけじゃない。
人や風景ともまた違って、光を描くのは難しいって、今でも思うもの。

画用紙を広げてしばらくして、
「座ってもいい?」
と掛けられた声に目だけ上げたの。
が、ペンやノートみたいなのを抱えながらこっちの答えを待ってるから、
「どうぞ」
って返事をして、また画用紙の方に戻って。

時々誰かが通り過ぎたり、離れた何処かで話してる声が聞こえたり。
そんな音の中に、ペンが滑る音が時折混ざる。
はゆっくり何かを書いていて、時々、考え事してるみたい。
十日ほど前に再会したばっかりの、年の離れた友達。は一年前、最後に会った時と全然変わりなくて。
再会した時ものほほんとしてて、
「元気だった?」って訊いてきたっけ。

とたたっ、と音がして見れば、駆けてきたガウがテーブルの上を覗き込んでる。
リルムたちが何をしてるのか気になったみたい。
そんな時、席についてからずっと口を開いていなかったが、こんなことを呟いたの。

「……二人とも、きれいな髪」

一瞬、なんて言ったのか理解できなくて瞬きしちゃった。
同時になぜか、遠い昔のことを思い出すような、そんな言葉だって思ったの。
はそれ以上、言葉を続けるわけでもなかったけど。ガウがね、
「ガウ! リルムの髪、キラキラ!」って。
ふふふ、ってはいつもみたいに笑ってた。

「ガウの髪の毛も、すごくきれいな色だよ」
「ピカピカか?」
「ピカピカ……うーん、緑のキラキラ、かな?」
「ガウ! みどり! キラキラ!!」

にかっと嬉しそうに笑って、そのまま何処かに駆けて行っちゃった。
全く本っ当に落ち着きないんだから、ガウってば。
とお互い顔を見合わせて、ちょっと笑っちゃったけど。
「えっと、丁度ね」、って向こうから言葉を繋いでくる。

「光がいい感じにリルムとガウの髪に当たってて、キラキラしてるからきれいだなーって。それだけなんだけど」

いつの間にか、窓辺からの光が角度を変えてて。
確かにちょっと眩しい気もしてたけど、集中してたから気にしてなかったの。
でも、それより引っ掛かったのは、さっきのの言葉。
昔誰かが言ってくれたのと、おんなじだった。……それっていうのは、

「あ、ええとね? ……わたしのいたところでは、大抵の人が黒髪で。染めてる人もいるけどね。……だから、この世界の人たちの髪って、きれいだなって。こっちに来てから、ずっと思ってたんだ」

ちょっと黙ってたリルムのこと、変に気遣ってくれたみたいで。
ったら、続けてそんなふうに喋るもんだから。
だから考えるのを少し止めて、「そうなんだ」って相槌を打ったの。

「うん。……ほら、ガウとティナは同じ緑でも色合いが違うし、リルムにセリス……エドガーさんにマッシュさんも、金髪って言っても微妙に違わない? セッツァーさんにロックは銀髪……でいいのかな。みんな個性的だなーって」

本心でそう言ってるのがよく分かる。
にとっては特にそんなふうに見えてるんだ、って思うとちょっと不思議な感じ。

「そっかあ。そんなふうにには見えてたんだ」
「うん。羨ましいとかそういうのじゃないけど、素敵だなって。……シャドウさんやゴゴさんは、どんな色なんだろうね」
「……、シャドウのおじちゃんの、見たことないの?」

この一年、二人は一緒に世界を旅してたっていうのは聞いてたから。
思わずそう言っちゃうけど、は頭を振って、
「ないない、ないよ」ってあっさり言うの。
本当っぽかったけど、よくもまあ一年一緒にいてって、リルム思うんだけどね。
でも、そんなの気にする感じでもなかったなあ。

「……髪の色は分からないけど」、
少し間を開けて、はふっとそう続けたの。
ちょっと考えて、またその口が開いて。
「シャドウさんは、目がすごくきれいな色をしてるよね」
「…………そ、そうなんだ?」
「そう。深い緑色で」

にこにこしながら言うに、流石に何も言えずに黙っちゃった。
正直言って初めて会った時はどう見ても不審者だったし、今でも見た目はそうだと思う。
でも、サマサの村の火事からリルム達を助けてくれた。
いい人じゃん、ってそう思ったし、戦いの中でリルムをかばってくれたこともある。
でも、まじまじとそこまで見入ったことなんて流石になかったから、返事のしようもなくて。

その時にね。
急に、……どうしてかは知らないけど、さっき感じた不思議な感覚の正体が判ったの。
昔を思い出すみたいな、懐かしいような感じ。「きれいな髪」、そう言ってリルムの髪を撫でてくれた柔らかい手に、声の温度。
……ああ、そっか。
忘れたくない思い出が、心の中に浮かび上がるのを感じたの。それっていうのは、

「……って、何だかちょっと、ママみたい」
「えっ」

向こうは固まって、「おかあさん?」て繰り返してる。
うん、そう。
だって昔、ママがそうしてくれたみたいに髪を褒めてくれたもん。
思ったままを言っただけなのに、ってばそのまま凍ってるの。

「どうしたの」
「いや、あの。……おかあさんでもオーケー、なんですけど」

たっぷり十は数えた後くらいに、遠い目をしながらはこう言ったっけ。

「そこは、おねえさんじゃ駄目でしょうか……?」




夕食の後、通路にいるシャドウを見かけたの。
もうとっくに食事を済ませたみたい。いつも部屋で食べて、食器を下げに来るからきっとその帰りだったんだと思う。
すれ違いそうになるのを回り込んで、ジッと見上げてみる。
何か言われるだろうなと思ってたけど、想像通りたったの一言だけだった。

「…………なんだ」
「……んーん。何でもない」

短い時間で充分だった。
訝しげにされるかと思えば、こっちの予想は違ってて、向こうは何も無かったみたいに歩いていったけど。
確かにの言ってた通り。
深い森の奥みたいな、緑の光の欠片がそこにあった。






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