夢。

その日の悪夢は、いつもと違ったものだった。
暗闇に佇むのは、自分一人。
そこまでは、いつもみる夢と何ら変わりない。
違うのは、他に誰も現れない事。そして、自分が何かを探しているという事だ。
何を探しているのか、それが自分でも解らない。解せないままで、ただ、辺りに視線を配る。

夢の闇は、何の色さえも映し出さない。
道標になるものは何もなく、ただ夥しく広がる暗い空間があるだけだ。
そんな中で、一体自分は、何を探しているというのだろうか。
夢の中の俺は、後ろを振り返り、気配を探る。
寂として、何の音もない。広がる静は、まるで死に近付いていく荒廃した世界そのものだ。

夢の中を歩く。
どれ程の間、それを探しているのだろう。
気付けば、夢の中の自分に、微かに狼狽にも似た色が滲んでいる。
……何をそれ程までに、探しているのだ。
一体、何を失くしたというのだ。

歩調が乱れる。
自分の中に焦りがあった。けれど、その正体が掴めない。
何を探しているのだ、何を見失ったのだ。
夢の中では、時間の感覚が希薄だ。
ともすれば永遠にすら思えるようなその中で、堂々巡りの時間が砂のように流れていく。

不意に、夢の中の俺は立ち止まる。
何も無い虚無の天を仰ぐ。
遥か遠い昔にも何度か、似た空を見たことがある。月も星も何もない、漆黒の夜空。
ああ、そうだ。こんな感じだったと、ふと思う。
……失うというのは、こんな感覚だったと。それを、唐突に思い出す。

「…………っ」

そうした瞬間、世界が歪んだ。
喉が詰まり、息が苦しい。
声さえ十分に出せず、喘ぐような呼吸を繰り返す。
また、俺は失うのか? また、同じことを繰り返すのか?
これが夢であることも忘れて、叫ぶ。

……っ!!」
「はい?」

存外近くからの声。
振り返れば、其処に当たり前のように彼女がいる。
そして、声にして初めて、を探していたことに思い至る。
彼女はといえば、微笑みながらも何処か不思議そうに俺を見ていた。
どうしたのだとでも言いたげなその表情で、此方を見返してくるのだ。

「……何処に、行っていた」
「ずっと、居ましたよ。近くに」
「…………」
「シャドウさんが、呼んでくれなかっただけですよ。ちゃあんと、傍にいましたってば……」

彼女の語尾が揺れたのは、俺がその腕を引いたからだ。
目の前の娘が幻ではないと確かめたいのだ、例え、夢であったとしても。

「……どうしたんですか」

腕の中で少し戸惑いながらも、はそう言う。
躊躇いがちではあっても、背中に手を回してくるのがわかる。
夢でも、彼女は確かに、此処にいる。

「何処にも行くな」
「……わたし、何処にも行きませんよ?」

どうしてそんな事を言うのだ、というような口ぶり。
大丈夫だというように、黒髪の娘は遠慮がちだった手に力を籠める。

「シャドウさんこそ、勝手に何処か行っちゃ、駄目なんですからね」
「……ああ」

存外すんなりとそう応えられたのは、夢だからだろうか。
……夢でしか、そう応じられないからか。
俺は気付くが、この腕を離したくないと思う辺り、相変わらず身勝手な人間だとつくづく呆れる。
やはり、これは悪夢なのだ。自分の弱さをまざまざと見せ付けられる悪夢。
俺はその中に居て、ただ、腕の中のぬくもりを抱き締める。
せめて、夢が終わりを迎えるまではこうしていたい。
今口にした事くらいは守りたいと、そう思った。






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