鳥の囀り、やわらかな風の音、ゆるやかな雲の流れ。
静かな時間でした。
雨の気配もなく、雲間に時折青い色が見つけられます。過ごしやすい昼下がりでした。
行く先を見てくると告げたシャドウさんが、そう長く離れることはありません。すぐに戻ってくると思いました。
一緒にいてくれるインターセプターはジッとしていましたけれど、辺りを窺うように耳を澄ませています。
インターセプターなりに、モンスターを警戒しているみたいでした。

わたし達は、シャドウさんを待っていました。
世界の荒廃後、こうして二人と一匹の旅を始めて数週間が過ぎています。
今という現状を見据えるため、そして散り散りになったみんなを探しての旅。
これまでにあちこちを回っていました。サマサに始まり、地形の変わってしまった大陸を経由しナルシェまで赴いてもみました。
これからの行く先にもシャドウさんは見当をつけていましたし、わたしはただついていくだけでした。
そうする中で、最近になってふと思うことがあります。

どうしてシャドウさんは、わたしと一緒にいてくれる気になったんでしょう。
こちらとしては、それは望んだことでした。けれど、そちらはどうでしょうか。

シャドウさんにとって、わたしは足手まといではないでしょうか。
自分を振り切っていくことだってできたはずです。それなのに、こうして今になるまで行動を共にしてくれていました。
本当に、最近になってそう思い始めていたんです。
魔大陸から落ちて、傷を負ったシャドウさんと共にサマサでしばらくを過ごしました。
あの村を発つ時になって、貴方は自分がついてくることを拒絶しませんでした。
あの時はただそれが嬉しかったけれど、こうして少し時間が経ってみると、(どうしてだろう)と小さな疑問となって浮かび上がっていました。

例えば――「仕事」として割り切って考えているなら、一応は納得できるんです。
シャドウさんはお金次第で誰の味方にでもなる……みたいな噂話は、以前にロックから聞いたことがありました。
でも、……そう考えるには、やや無理がある気がします。
今のところ、こちらに金銭の請求は来ていませんでした。そもそも、契約した覚えだってありません。
……これから、請求されたりするんでしょうか?
でもシャドウさんだって、わたしがこの世界のお金を持っていないのは知っているはずですよね。
そう思えば、やっぱりちょっと違う気がします。この解答には、頭の中でバツをつけておきました。

わたしはひとつ息をついて、しゃがんでインターセプターの背をそっと撫でます。
毛並みの整った背は、つるつると滑るような手触りでした。
嫌がるでもなくそのままでいてくれるので、そうしながら思い巡らせます。

だったら、「仲間だから」、でしょうか。
わたしは取っておいた考えを次に登場させます。
それならそれで、もちろん嬉しいです。ほんの少しの時間しか行動を共にしていなかった自分や、ティナやロック達を認めてくれたということになるんですから。
そう思いかけたところでふと、(もし、他の誰かだったら)……と思います。
傍にいたのがわたしではない別の仲間の誰かだったとしても、シャドウさんは一緒にサマサを出ていたでしょうか。
……判りません。相手によっては、ということもあるんでしょうか。どうにも、判断がつきかねました。

二つ目の解答には三角をつけます。
しっくりくるようでいて、同時に少しだけ、そうでないような気もするんです。
だとしたら、他に何かあるでしょうか。

思い巡らせるのを続けるうちに、「わたしの力量の問題」、というものが思い付きます。
わたし独りを村に残していったところで、こちらはこちらで単独で他のみんなを探し回るかもしれません。
……実際、置いていかれたならそんな選択をしていたかも、しれないですね。今となっては、判りませんけど。とにかく。

とにかく、……わたし独りではまだまだ力が不足している、とシャドウさんは考えたのかもしれません。
下手に一人にするよりも、それならいっそ行動を共にしていた方が、いろいろと経験になるでしょう。
シャドウさんは戦いのプロで、わたしはその辺にいそうな何の変哲もない一般人です。
いくら魔石の恩恵があっても、その差は歴然でした。だからこそ、近くで見守っていてくれることを選ばれたのかもしれません。

いろいろと考えていました。
本当のところ、どうなんでしょう。……わたしの、考え過ぎでしょうか。深い理由もないまま、ただ一緒にいてくれているんでしょうか。
……そうとも思えないんです。シャドウさんの言葉の端々には、思慮の深いところがあるように思っていましたから。
だから、今に至る理由がそれなりにあると思いました。今のところ、三つ目の解答に分があるかなあ、という感じです。
ただ、それなら――。

「シャドウさん」

視界の向こうの黒を捉えて、呟きました。
立ち上がり、インターセプターと一緒にその人に向かって、走っていきます。
しばらくは安全が確保できそうな道だと、それを確認してきたとシャドウさんは言います。
そちらを先頭に、わたしは後ろをついていきます。インターセプターは、貴方の横を。
少し経った頃になって、思い切って言ってみることにしました。

「シャドウさん、訊きたいことがあります」
「何だ」
「どうしてシャドウさんは、わたしと一緒にいてくれるんでしょうね?」

すぐには返事もなく、足並みも変わりないままです。
わたしはそのまま続けます。

「いえ、あの。最近になって気になってしまって。わたし、シャドウさんにとって足手まといだと思いますし……」
「…………」
「それに、サマサに置いてこようと思えばできたと思うんですよね。それなのに、どうしてかなって」
「…………」
「だから待ってる間、いろいろ考えてたんです。でも結局のところ、訊いちゃった方が早いし、正確だなーって思って」
「…………」


二、三歩といったところで、足が止まりました。
わずかに減速があったので、その背にぶつからずに済みました。
けれど振り向いたシャドウさんは細めた目をこちらに向けます。こちらも立ち止まってはいましたけれど、見下ろしてくる瞳の色が見て取れる程度には近い距離でした。

「知りたいか」

言われて、わたしは一瞬黙って見つめ返します。
声の具合はまるで平坦です。冷たくもなく、かといって温もりに溢れるでもなく、抑揚も何もありません。温度らしい温度もない、その感じ。
「シャドウさん」、わたしはそのまま口を動かします。

「そういう言い方すれば、わたしが『 やっぱりいいです 』って言うと思ってますよね?」

つい、そう言い返してしまう程度の冷静さは保っているつもりでした。
そもそもわたし、知りたいから訊ねているんですけれどね。
ところで、この時の沈黙って図星だったりします? ……いえ、目元の表情で何となく、そんな気がしたというか。それだけなんですけど。
でもまあ、そこを素直に言っていただけないなら、それでも構いませんでした。
少しの沈黙を、わたしの方から破ります。
小さく笑って続けました。

「じゃあ、『 やっぱりいいです 』でいいことにしておきます。……あと、勝手にいろいろ、喋りますね」

言いながら歩みを再開します。
わたしが数歩だけ先を行きます。
自分が先でも後でも、構いませんでした。「もし、わたしと一緒にいるのが、終わりになる時は」、
そう告げる時の顔を見られなくて済むのなら、どちらでも。

「その時は、勝手にいなくなったりしないで、前もって言ってくださいね」

お別れとかお礼とか、ちゃんとしたいですから。
わたしはそう告げました。
……本当言うと、怖かったんです。朝目覚めたら、シャドウさんはいないんじゃないかって。
この世界に迷い込んだ時みたいに、一人になってしまうんじゃないかって、ずっと不安でした。
でも、いつか終わりがくることは知っていました。
例えば、自分達の目的が達成された時だとか。
あるいは、……わたしが一人でも大丈夫だって、シャドウさんに認定されてしまった時とか。

魔石を持つようになってから、魔法が使えるようになりました。
けれど、魔石の恩恵はそれだけではないようでした。身体に不思議と、力が溢れてくるのを感じます。
……それなりに、力量は上がっているのだと思います。
もしシャドウさんが一緒にいてくれる理由が「わたしの力量の不足」、だったとしたら……このまま強くなっていいものか正直、複雑です。

でも……シャドウさんが望むなら、一応いつでも、覚悟はできているつもりでした。
今だって、一人になってもそれなりには戦えます。
ただ、そうなるのが少しでも遅くなってくれたらなあって思うのは……わたしの独りよがりでしょうか?

「少なくとも」、
ぽつりと背後で声がこぼされます。
シャドウさんの言葉が、続いていました。

「すぐには、そうはならないつもりでいる」
「……本当ですか?」
「ああ」

短い返答は、さっきみたいな無温ではありません。
微かなあたたかみがあり、それはきっと本心だろうと思うことができました。

「嬉しいです」

わたしは小さく呟きます。
風が辺りの草むらを揺らし、その中に声の音は消えていきました。
今こうして、シャドウさんが近くにいてくれる。それが、嬉しくて堪りませんでした。
少しでもこの時間が、長くあってほしい。いつか一緒にいられるのが、終わりになる日がくる。それがいつかは知らないけれど、遠い日であってほしい。
わたしは、そう思いました。






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