飛空艇ファルコンは、内部の上階に個室が並び、下階には広間とエンジンルームがある。
所用を済ませて宛てがわれた部屋へ戻る際、自然と下の広間に目が行く。
時たま、隅のテーブルの上で何かを書いているを見かけることがあった。

そうしている時の娘は、淡々とペンを走らせていることが多い。
しかし、その日に限っては眉間に皺を寄せていた。
途中まで書いた文字は止まり、何やら一人で考え込んでいるふうだった。


ニケア近くに停泊するファルコンの中は、エンジン音もなく静かに時間が流れている。
買い出しに出た者も多く、艇内に残る人数は少ないはずだ。
そうした中で、彼女はひとり、今なお考え込んでいる。
晴れた午後の日差しが窓から差し込んでくる時間だった。

「どうした」
「…………あ、シャドウさん」

テーブル上の書き付けを見つめていたその目が上向いた。
一瞬微笑みが浮かぶが、すぐにそれが仕舞い込まれる。
娘が言った。

「えっと……、ひとりで戦略会議してたんです」
「何のだ」
「わたしの、これからの戦い方についてと言うか、何というか」
「…………」

そこまで言うと、は向かいの席を手で示した。
座るように伝える仕草に従って腰を下ろす間にも、娘は続ける。
ゆっくりでもなく急ぐでもなく、頭の中にあるものを整理するかのように、彼女は言葉を紡いでいく。

「この前……、古代城でシャドウさん達が持ち帰ってきた魔石とか武器防具とか、いろいろあったじゃないですか」
「……そうだな」
「頂いたこの髪飾りの力、すごく助かってます。魔力が目に見えて消耗しずらくなったっていうか」

そう言って触れた指先、娘の黒髪には金の髪飾りが挿してある。
以前、自分が持ち帰ったそれ。
髪飾りに込められた魔法の力は、をそれなりに助けているようだった。

「それで、魔法も前よりずっと連発しやすくなってはきたんですけど……」

娘はそこで表情を曇らせた。
実際、その力が強まっているのは自分も知っている。
戦いに身を置き始めて、さほどの時間も経っていない。それにも拘らずだ。
だというのに、目の前のの顔はどこか暗い。
何かを思い悩んでいるようだった。

「けど、なんだ」
「……戦う時の、わたしの長所と短所を書き出してみたんです」

テーブルの上。
開かれたノートの上には、俺には読めない文字が綴られている。
その文字列をなぞりながら、は続けた。

「わたしの長所って、魔石に宿る魔法をすぐに覚えられるところだと思うんですけど……これ、後半戦になれば逆に、もう役に立つ場面がなくなってくるんですよね」

だって、皆さんももうほとんどの魔法、覚えてますし。
あ、それ自体はもちろん、いいことなんですけど。
そう娘は言う。

「短所はというと、連続で魔法を使うとすぐバテてしまうところ……まあ、それこそ髪飾りの力である程度今は、カバーできてますけど」

でも、自分の力じゃないなあって。
それ言ったら、魔法の力自体、わたしの力じゃないですけどね。
文字をなぞっていた指先が、力なく引っ込められる。
少しの間を置いて、
「つまりは」、と彼女は言葉を繋げた。

「自分を振り返ってみてたんですけど、成長できてるか分からなくなっちゃって。このままでいいのかなあって」
「それで、ひとりで会議をしていたと?」
「そ、そんな目で見ないでくださいよう」

思わず目を薄めていたようで、向こうは小さく身を竦めてみせる。

「これからどうしたらいいかなーって、一応これでも考えてるところなんですから!」
「…………」

内心で、ため息をつく。
確かに、彼女の言う通りではある。
触れただけで魔法を得てしまう能力は特異だが、アルテマさえ習得してしまった今、おそらくこれ以上の上位の魔法は存在しないだろう。
そして力を蓄えるうちに、ある程度の者が魔石の魔法を身につけていた。

とはいえ、やはりそれは秀でた部分だ。
魔法を主として使用しない者は、上位魔法の習得よりも個々の固有技を極めに入っている。
俺自身、アルテマを会得するつもりはなかった。
何故なら高等な魔法は、魔石があっても習得するには時間がかかる。アルテマは、あまりに時間がかかりすぎるのだ。
それを考えれば、の能力はやはり長所と言わざるを得なかった。

加えて、にはそれ以上に長けた部分がある。
客観的に己を見てはいるようだが、視野を広げてやる必要がありそうだった。

「古代城で思い出しましたけど……皆伝の証? でしたっけ。あれ、すごいですよね。魔法も連続で4発撃てたらいいのになー」

「はい?」

娘は「なんでしょう」と言わんばかりにこちらを見やってくる。
ひとまず、質問の形で投げかけることにした。

「おまえの他の長所はなんだと思う」
「えっ、他? 他に何かあります、わたし?」

そう言って、彼女は考え始める。
しばらく待っても難しい顔をしたまま言葉を発する様子がない辺り、まるで見当がつかないようだった。

「俺は魔法については専門外だが、の魔法には柔軟性があるように見える」
「柔軟性、ですか」
「魔力を攻撃や防御に変換して使えるのはおまえくらいだと思うが?」
「はあ。そういえばそうかも、ですけど」

向こうは(それって長所だろうか)とでも言わんばかりの表情をしている。
実際のところ、は特定の武器を持たず身につけるものも軽装だ。
そんな娘が、いざとなれば手のひらに宿る魔力の形を変えて素手で敵を薙ぎ払い、障壁を作って身を守ることもある。
自分を含め、他の者も似たことはできなくもないが、そこまで柔軟ではなかった。

「でも皆さん、ちゃんと武器防具を使いこなせるから必要ないだけだと思うんですよね。わたしはそうじゃないので……」
「あとは……魔力自体も以前に比べて、相当底上げされているようだな」
「…………そうなんですか?」
「自分で分からないのか」
「自分のって、割と分かりにくいんですよね」

みんなの魔力は感じ取りやすいんですけど。
彼女が言うのを聞くに、本当に自身の力量を捉え切れていないらしい。
そして、一年前まで戦うことを知らなかったがここまで成長したという事実。
それというのは、やはり魔石の力が大きいのだろう。

魔石を長く持つうちに、石に宿る魔法以外にも得られるものがある。
フィガロに滞在した際に、あの砂漠の国の王が言っていた。
「幻獣と魔法について研究していたうちの学者の話では」、そう口火を切って話し始める。

「幻獣のその大きな力は魔法だけに留まらず、近付く者に何らかの影響を与えることが考えられるそうだ。例え魔石となった後でもね。……以前よりも身体機能が上がっているとか、魔法の威力が増しているとか。それというのは、幻獣たちが力を貸してくれているということなんだと思う」

おそらく、その通りなのだろう。
魔石の影響を受けやすいは、その辺りの恩恵も大きく得ているようだ。
それを「自分の力ではない」と落ち込む必要はなく、ただ活かしていけばいい。それだけの話なのだ。

「十分おまえは成長している。それに、足りない部分を他の何かで埋めるのは賢明なやり方だ。これからどうすればいいかと思い悩む必要はない」

告げれば、少しの間黙ってこちらを見ていた娘の表情が明るくなる。
「……そう言ってもらえて安心しました」、
手元にあったノートを閉じ、表紙の上に両手を置く。
が続けて言った。

「そうですよね。わたしにはわたしなりの戦い方がありますから」
「理解したようだな」
「はい! ……手始めに、皆さんが帰ってきたら」
「…………?」
「皆伝の証……えっと、今持ってるのカイエンさんでしたっけ? カイエンさんから貸してもらって、今度はわたしが使ってみますね。魔力で強化した物理攻撃でケフカをフルボッコにしてやります!」
「何故そうなる」

呆れたように目を細めながらも、胸の奥に浮かぶのはひとつの祈りだった。
戦場ではなく、陽の光の下で。
この娘が未来を歩んでいけることを。
その未来に、自分が立ち会うことはないとしても。






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