一学年に、五百人近くの生徒が在籍する高校というのはやはり、大きなものだと思う。
実際、県内でも一番大きな学校として有名だし、敷地や校舎自体もかなりの広さを誇っている。
それは一つ一つの施設をとってみてもそうだったし、この売店にしたって、それは例外ではないようだった。
さんは一通りぐるりと回ってきて、「すごいね」、と純粋に感嘆したように呟いた。
「ふつうに大学の生協レベルだね」
「……そうでしょうか」
「うん。わたしの居た高校の売店を十個くっつけたくらい広いし、品揃えもいいし、すごいすごい」
今にも拍手をし出しそうなさんだ。
彼女は、この学校に来てからの全てを、何らかの形で楽しんでいるようだった。
その様子をみていると、時々ふと(そういう捉え方もあるのか)と驚かされる事がある。
しかしとにかく、
「……欲しいものは、ありましたか?」
さんの欲するものがあったのかを訊ねると、彼女は右手を示した。シャープペンシルの替え芯がその手の中に納まっている。
「荒井くん、この学校の売店って何時までやってるか、わかるかな」
そう訊ねられた時には、閉店まであと三十分を切っていた。
聞けば、替え芯の残りがもう無いのだと言う。
帰り道にはコンビニエンスストアもあるけれども、そういえばこの学校の売店にはまだ足を踏み入れていない、だから、折角なので行ってみたいのだと。
閉店間際であるせいか、昼間よりずっと客の数は少ない。
さんと連れ立ってきたものの、その事に改めてホッとする。
混雑時の売店は大変な人の波で、今のようにゆったりと店内を見て回ることなど出来なかっただろう。
そう心の中で安堵していると、ふらふらとさんは、近くにあったアイスクリームボックスの方に近付いていった。
ほんの僅かな時間しか過ごしていなくとも、この人が甘いものを好むというのは知っていた。
ジッと動かないさんの傍で佇んでいると、
「これって」、と言いながらとある商品を指し示す。
「わたし見た事ないんだけど、ご当地アイスなのかな?」
「ええ、まあ……僕たちにとっては見慣れたものですが」
「ちなみに荒井くんは好き? おすすめ?」
「そうですね」
所謂バニラ味で珍しいものではないけれど、地元の生乳を使ったもので、食味は良いと思う。
県外に住まうさんにとっては口にする機会も多くないだろうと思い肯くと、「そっか」と言って彼女は二つをボックスから取り出して、脇に積まれていたカゴに入れた。
……一度に二つもこの人は食べるのだろうか。
そう思いながら会計を終えたさんと売店を出ると、ポンとアイスを一つ押し付けられた。
目を瞬いていると、
「売店に付き合ってくれたお礼」だと言う。
「……僕はてっきりいっぺんに二つ召し上がるのかと思ってましたが」
「荒井くんの中のわたしはどれだけ食いしん坊キャラなんですかね」
「失礼しました」
本当にそう思っていたので、率直に申し訳ないと思い、謝る。
そうして二人でやって来たのは屋上だ。
売店も閉まる時間帯、けれど、日の長くなった夕暮れの空は未だ、明るさの欠片が残っている。
アイスを食べている時のさんはとても静かで、そして僕も気軽にお喋りを切り出せるほど器用でもない。
白い冷たい塊を少しずつ削りながら、不意に「気に入ってもらえただろうか」というのが気になった。
一応自分が薦めたものだ、口に合えばいいのだけれど。
そう思い、そっと彼女の方を見る。
杞憂だった。
至福とも言えるような表情で目を閉じるさんのアイスクリームのカップは既にほぼ空で、残りをしみじみと味わっている。
ふと開いた目がこちらを捉えた。
目が合った。
「美味しいね、これ!」
「……何よりです」
「今の時間ってお腹空いてるから、余計に美味しく感じるなあ」
そう言いながら、おや、というようにさんは僕の方を見る。
「……荒井くん、アイスは少し溶かしてから食べる派?」
「え」
見れば、いつの間にかカップの中身は半分方溶けている。
ぎょっとするけれど、さんは「ちょっと溶けたのもまた美味しいよね」、などと言って笑っている。
僕はといえば、ここまで溶けたものは正直言って好まない。
暑いとまでは言わないこの夕暮れの気温、なのに、気付けばバニラは溶けてしまっている。
(誰のせいでしょうね、全く)
自分の事を棚に上げた一言を、胸の内だけでぽつりと呟いた。
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