さんは子供の頃、何か習い事をされていた事はお有りでしょうか。
僕は幾つか、あるんです。小さい時から通っているものが。
自分から「やってみたい」と言って始めたものも、両親から勧められて通うようになったものもあります。
長く続いたものも、向かなくて止めてしまったものもありますが、どれもおそらく実にはなったのだと思います。
直ぐ止めてしまったものだって、「自分には向いていない」という事が判っただけでも役には立ったのだと僕は考えているのですよ。

けれど今になって思えば、もう一つ、やっておけば良かったと痛感せざるを得ないものがあります。習字ですよ。
どうして僕は、文字を表す技量というものを身につけておかなかったのでしょうか。
その事を今悔やんでいるんです。
もし幼い頃から続けていたなら、美しい文字を書けるようになっていたなら、僕は今これ程思い悩む事もなかったのですから。



僕は机の前で突っ伏してしまいました。
何度も下書きをし、何度も清書を試みたのです。それでも自分で納得のいくようなものは出来ませんでした。
たった一枚のカードを仕上げるのに、一体どれだけの時間を費やしているのでしょう。
そのカードだって、何枚かはもうダメにしてしまいました。
僕の足元のゴミ箱行きとなった其れらは予備として買ったものでしたが、もう残りはあとたったの一枚です。
もしこれも上手く書き上げられなければ、また文具店へ足を運ぶことになるでしょう。

思わず意味のない声が口から呻きとなって零れ出ます。
どうして僕は、習字というものを習っておかなかったのでしょう。またそんな不毛な事を考えてしまいました。
今そんな事を思考したところで如何にもならないというのに。

僕は特に文字が綺麗なわけではなく、けれどその事を今の今までどうと感じたことはなかったのです。
けれど、やはりその、美しい字の形の方が、見る方にとってはいいじゃありませんか。
そう思うとどうにも自分の字が気になって、仕方がなくなってしまったのです。

……こんな姿を見たら、さんは笑うかもしれませんね。
でも僕にしたら真剣な状況だったのですよ。何しろ、貴女へ贈るカードでしたから。
以前、雑談の中で教えていただいたさんの大切な日が、近く迫っていましたから。
こういったものを誰かに宛てた経験があまり無い僕でしたし、どんな装丁のものが良いのかもよく分かりませんでした。
それでも贈らずにはいられなかったのです。

もそりと机上で、僕は頭を上げました。
転がったシャープペンシルを持ち上げ、再度、傍らのノートに練習の言葉を綴ります。
もう何回目かわからない言葉を、もう一度。ゆっくりと。丁寧に。



やがて、カードは完成しました。
宛名と差出しのこちらの住所と名前。そしてもう片面に短い文面。
其れだけのものでしたが、僕の精一杯のものでした。
ためつすがめつして、見直しに見直しをかけます。
用意しておいた見目の良い切手、その貼り付き具合を確かめ、誤字脱字がないかをもう一度辿ります。

大丈夫なことが判っても、何処か一抹の不安は拭えませんでした。
貴女の元にこれは無事届けられるでしょうか。
気に入ってもらえるかどうか等というのは思い上がりでしょうが、それでも少しは貴女に、僕の言葉が伝えられるでしょうか。
本当は直接伝えたかったのですが、実習を終え僕のクラスから去られたさんへは、こうした形で言葉を贈ることしか出来ません。

けれど、此処にしたためた言葉は決して社交辞令的なものではなく、僕の本当の言葉なのですよ。
明日、僕は登校の際、あのコンビニエンスストアの前のポストにこのカードを投函します。
僕の想い、それがほんの一欠けらでも貴女に伝わることを願ってやみません。



どうか、ちゃんと貴女のところへ届きますように。
どうか、此れが届けられる日の貴女が幸せでありますように。



『  誕生日おめでとうございます さん
            貴女が生まれてきて下さった事を心から嬉しく思います 
                                                    荒井  』









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