机の上には、小さな包みが置かれていた。
外出から戻った際に、母から 『 僕宛ての宅配便があった 』 と聞かされていた。
(「あなたの部屋に置いておいたから」。もう高二にもなる息子の部屋なのだから、出来れば僕が不在のときの部屋への出入りは控えてほしいと思う。それは口には出さず、肯くだけに留めたけれど)
とにかく、目の前のこれがそうなのだろう。

僕の両手に納まるほどの、ごくささやかな包み。
長方形の小箱、落ち着いた色合いの包装紙。
同色の、さらに濃いダークカラーのリボンが申し訳程度に十字に結び付けられている。
そこまでを確認した後、本当なら一番に確認するべき伝票ラベルに目を止める。
見覚えのある筆跡は、視界に入った時点で文字を辿らずとも誰からのものなのか判別するのに十分だった。

貼り付けられたテープを丁寧に剥がす。
百貨店などでのラッピングのように綺麗に包装されていた包み紙を外し、中を確かめる。
横長の紙箱、そして一通の封筒が収められていた。僕は少し迷った後、封筒の方を先に開ける事にする。
シンプルな白の、罫線が引かれただけの便箋にはやはり、微かなクセのある文字が綴られていた。






荒井くんへ

お久しぶりです。元気でやっていますか?
もう去年の事になりますが改めまして、実習中は仲良くしてくれてありがとう。
荒井くんのおかげでとても楽しい実習になりました。

その御礼、というわけでもないんだけど、ええと、荒井くんは甘いもの、大丈夫だったよね?
チョコレートは例外で苦手、とかそういう事もないよね?

バレンタインというと、荒井くんは
「製菓会社の商戦に惑わされているだけに過ぎません」 とでも言いそうな気がしますが、どうですか。
今回敢えて、それに惑わされてみました。
気に入らない時は捨ててください。大したものでもないので。
送り返してくれたらわたしが責任もって処分しますし、お任せします。

それはさておき、もう少ししたら荒井くんも三年生だね。
色々大変な時期になると思うけど、こっそり陰から応援しています。
わたしももう少ししたら大学を卒業します。今は卒論発表に向けて準備したりしてる。
そちらは期末テストの頃かな。荒井くんの事なので上手く勉強をこなしている事だと思います。
お互い頑張ろうね。

それでは。

                                           






手紙に目を通した後、同封の紙箱に手を掛けた。
中には丸い、きめの細かいココアパウダーが振るわれた丸い物体が数粒、行儀良く並んでいる。
どうやらトリュフチョコらしい。手作りではなく市販品らしいのが残念だが、そんな思考を持つこと自体が思い上がりというものだろう。

立ち昇るカカオの香りを少し楽しんだ後、再び手紙に向かう。
直ぐにそのチョコレートを食べる気にはなれなかった。口に入れたら直ぐに無くなってしまうではないか。
文章を読み返す。この便箋の文字は、確かにあの人が自らの手で綴ったものなのだというのを確かめるように、インクの跡をそっと、ゆっくり指先でなぞってみる。


彼女はどういう思いで僕にこれを贈ってくれたのだろうか。
手紙の文中にはさらりと流した事しか書かれていないし、そもそも深い意味などないのかもしれない。
そういった事も僕の気持ちを揺すったけれど、同時にもう一つ、別の事が頭に引っかかった。

彼女が大学を卒業する。
確かにあの人は現在大学四年生のはずだ。今春にはその学校を去る事になる。
その後どうなるのか、就職するのかさらに進学するのか、はたまた其れら以外に何か別の道に進むのかを僕は知らない。
しかし、今の住所から別の場所へと移る可能性はとても大きいように思われた。
もしそうなったら、僕と彼女との繋がりはぷつりと途絶えてしまうのではないだろうか。
少なくとも僕の方からは、彼女へのアクセスが非常に困難になる。このままならば、それはほぼ確実に現実のものとなるのだ。
そうするには、あまりに惜しい。

どうするべきか。
僕は、伝票のラベルに目を落としたままあの人の事を考えた。
心は決まっていた。後は、ただ行動するだけの一欠けらの勇気さえあれば。

僕は家電の子機を手に、ラベルに書かれていた彼女の連絡先である電話番号を押した。
呼び出し音がなる間に、やはり我慢できなくなってトリュフに一つだけ手を伸ばす。
ひとつだけ、今はひとつだけ食べよう。そして彼女に御礼を伝えよう。そうしてそれから――。
ココアパウダーが舌の上で広がる。苦い。ひどくほろ苦い。下手をすれば涙が零れてしまいそうな程。
呼び出し音が続いている。
やがてその音が途切れて久しぶりに耳にする声が届いてきたのは、口の中のチョコレートが甘く融け出した頃。






(来年も貴女は、ほろ苦くも甘いチョコレートを贈ってくれるだろうか)    





▲NOVEL TOP