「あとちょっと! もう少し手を右に」
「頑張って、!」
メリーとピピンの助言と声援が飛んだ。
ここまで来ればどうにかなる。
腕を伸ばすと、二人が一緒になって引っ張ってくれたので助かった。
体勢を整えてやっと落ち着き、ふと眼下を見下ろしてわたしは思わずおおー、と声を上げた。
想像したよりもずっと良い眺めである。
「この辺の景色が一望出来るんだね、すごい」
「でしょう? 僕が一番に見つけたんだ、この特等席!」
「おいピピン揺らすなよ、落ちたらどうするよ」
はしゃいだように声を上げたピピンをメリーが嗜める。
その様子につい笑ってしまうけれど、何しろわたし達は木の上にいるのだ。メリーの言う通り、確かに落ちるのは宜しくない。
わたしは改めて身を預けている樹木に目をやった。
木登りするにはそれ程難易度の高い木ではなかったけれど、かと言って決して低いわけでもない。
降りる方がもしかしたら大変かもしれないけれど、まあ、登ってしまった手前何とかするしかない。
「あ、見て、ボロミアがこっち来るよ」
「本当だ」
「まだわたし達のことに気付いてないみたいだね」
見れば、向こう側からやってくるボロミアさんの姿がある。
こうして木の上から見下ろす俯瞰のアングルというのもなかなか無いので、新鮮な感じがした。
彼の方はといえば、薪拾いの最中らしく腕の中に幾らかの枯れ木の枝を抱えている。
足元に転がる炎の燃料源に集中しているせいか、まだこちらには注意が向かないようだった。
「ちょっと吃驚させてみようか」
「いいな、どういう方法にしてやろうかな」
「えっ、やめようよ、ボロミアさん相手にそんなこと……」
「! おまえ達、そんな所で何をしているんだ!」
ぎょっとしたようにボロミアさんがわたし達を見上げたので、ホビット二人組の方は「あーあ」という顔つきになった。
バレちゃったね。そうだな、ちぇっ、つまらないな。
そんないつもの会話を交わしている二人は少し残念そうだ。
わたしの方は悪戯なんてしたくなかったので、正直ホッとする。
そうこうしている内にもボロミアさんは腕の中の薪を投げ置き、心配そうにわたし達を窺っている。
「大丈夫か、降りられるか!?」
「やだなあ、ボロミア。僕たちこんなの平気だよ」
「そうそう」
「……えーと、多分、大丈夫だと思います」
わたし達は能天気な返答をしたが、彼の方は気が気でないらしい。
今にも落っこちて怪我をするのではないかとヒヤヒヤしているようだ。
わたしは隣の二人にそっと耳打ちした。
「ボロミアさん、わたし達のこと心配してるみたいだからそろそろ降りようか」
「まあ、しょうがないか」
「だね」
案外あっさりと承諾したホビット二人は順番に、登った時と同じ身のこなしでスルスルと木の幹を伝い下へ降りていく。
わたしは一番最後に回る事にして、二人を見守った。
どちらも無事ボロミアさんの元へ戻ると、三人の目がこちらを捉えた。さて、次はわたしか。
そう口の中で呟き降りる準備をしようとしたその時、みし、と鈍い音がすぐ傍でしなった。
え。
少々嫌な予感がしないでもない、と思いながらその音の場所を探る。
音は下の三人には届かないようで、しかしわたしの様子にどうしたのかという視線を送ってきた。
「どうした……」
「あ」
「あ」の瞬間にはもうメキメキと大きな音を立てていた、わたしの身体を預けている木の枝が。
見た目からは判らなかったけれど、内部は傷んでいたのかもしれない。それ以外に何か理由があったのかもしれない。
そんなのは今はさておき、とにかく。
折れる枝と一緒に身体が落下していくのはほんの一瞬で、声をあげる暇もなかった。
ただその一瞬を言葉もなく見ていたような感覚。意外と自分でも冷静だった。
落下しても、そう大怪我するような高さでもないと思ったので、そのまま身動きもせず自分に起こった事態を見守ろうとした。
けれど地面に落ちる刹那、
「!?」
ボロミアさんが腕を広げて全部を受け止めようと飛び出してきた。
落ちた衝撃と痛みが幾分収まる頃になると、まずボロミアさんがどうなっているのかを確認しなくてはいけなかった。
目を開けると、すぐ前に瞼を下ろしたボロミアさんの顔があった。
呼びながら軽く揺すってみると、ゆっくりと碧色の瞳が瞼の下から現れる。
「ボロミアさん!」
「……、怪我は?」
「こっちの台詞取らないでください、平気ですよ! それよりボロミアさんは」
「私を誰だと思っている? 白き塔の大将が、これくらいで」
そう言って不敵にも笑ってみせる彼はいつものボロミアさんだ。どうやら彼も無事であるらしい。
……良かった。
そう思い胸を撫で下ろした、と、そこに、
「はいじゃあ、二人ともこっち向いてー」
何とも陽気な、いつものメリーの声が掛かった。
見ると、彼は両手の指と指で四角を作り、ピントを合わせる仕草をしている。
いつだったかわたしが何気なくしたことのあるポーズ、それを傍で見ていたメリーが訝しげにしていたので教えたことがある、
「わたしの国には景色を紙に焼き付ける道具があって、時々それが手元にあればなーって思うことがあるの」 と。
「こういうふうにして、焦点を合わせて撮るんだよ」 。
彼が今しているのは正しくそのポーズだったけれど、なんで今ここで。
そう思っているとメリーはニヤニヤしながら口を開く。
「、今の自分の体勢わかってる? こんなの滅多に見れないし、 『 きねんさつえい 』 しないと!」
言われてふと、まじまじと自分を見下ろしてみる。
わたしは両手をついて起き上がっているけれど、その手は目の前の人の胸板に置かれている。ひどく厚く逞しい。
彼はと言えばメリーが何を言っているのかよく理解できないようで、何処かきょとんとしたように目を瞬かせている。
草の茂る地面を背にしたまま顔だけをこちらに向けて。
数秒ほど、メリーの言う状況というものを理解するのに時間が掛かった。
少ししてようやく、今わたしはボロミアさんの上に乗っかっていてつまりそれはわたしが上で彼が下である事を理解した。
この光景を記念撮影? ……ちょっと待って!!
「ちょっ……、メリー待って! これじゃわたしが攻めでボロミアさんが受けになっちゃう!! 構図に問題あり、撮っちゃ駄目ー!」
「言ってる事よく分かんないけど、それだととしては問題なの?」
「いや、これはこれでおいし……、ゲフンゲフン、何を言わせるかー!!」
「今のはどう考えても自分で言ったんじゃ……」
「どうでもいいが、すまん、退いてくれないか……」
喚くわたしにボロミアさんがぼやくように言うのを受けて、とにかく身を退くことにする。
後になって落ち着いてから、ほんの少しだけ (本当にカメラがここに今あったらなあ) と考えてしまったのは内緒の話。
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