彼女と私はどこか似ている。
そう初めて感じたのは一体いつだっただろうか。
それはふとした瞬間に浮かび上がり、自分の中に形のない思いとして存在を露にする。

「雨、ですね」
「……雨、だな」

会って挨拶も抜きに交わした最初の言葉がそれであった。
場所は兄の執務室近く、大窓のあるその空間で。
外の景色を眺めているの脇に私が立つと、彼女は言った。雨ですねと。だから私も同じように繰り返した。
彼女はそれ以上口を開く様子がなかったので、私もと同じように窓の外に目を向けてみる。
しとしとと小降りで、音も然程気にならぬ雨。
彼女はそれを眺めていた。
手摺りに寄りかかりながら何処かぼんやりと遠くを、濡れゆくミナス・ティリスを見つめている。
随分と長いこと、ここでそうしていたのだろうか。そんなことを私は考える。

「ファラミアさんは、雨はお好きですか」

唐突に彼女は言う。
見ると、は私を窺うようにこちらを見上げていた。
深い意味のある問いとも思えなかったし、好きかそうでないかという単純な質問に過ぎなかった。
しかし、ほんの少し、どう答えたらいいだろうと考えてしまう。
僅かな沈黙でしかなかったが、彼女は私の答えを待たずに話し出す。

「以前別の人にこう質問したら、 『 雨は好きとか嫌いとか、そういうものじゃない 』 ってその人は言うんですね」
「…………」
「『 雨は雨であって、それ以上でも以下でもない 』 って。……わたしも、その答えを聞いた時はまあそうかなって思いましたけど」

は少しだけ鼻の頭を擦って、続けた。

「でも、好きって言う人も、嫌いって言う人もやっぱりいますしね」
「…………」
「だから、ファラミアさんはどういう答えを持つ人なのかなって、ただそれを訊いてみたいなと思って。それだけなんですけど」

彼女はそこまで言うと、改めて私の答えを待つような表情を作ってみせる。
雨が相変わらず落ち続けている中、微かな風が外の空気を運び、彼女の黒髪を揺らした。
すぐに回答しても良いと一瞬思ったが、しかし私は代わりに訊ねてみる。

は、どうなのだ?」
「わたしですか?」
「こちらが答えるばかりではつまらぬからな」

言うと彼女は「じゃあ、わたしが答えたらファラミアさんのを教えて下さいね」、と笑う。

「ええと、そうですね。わたしは……一言では言えないんですけど」

うーん、と小さく唸り考える素振り。
問いを出してきた本人の方が、すぐに答えられないでいる。
少しの間の後、ようやく閉じられていた口が開き、言葉は静かに流れてくる。

「雨自体は特に、好きでも嫌いでもないんです。でも雨そのものというより、雨の匂いは結構、好きです」
「……匂い」
「はい。いい匂いだと思いませんか」

反芻する私に仄かに微笑むと、彼女は静かに瞬いた。
彼女はひとつひとつ言の葉をゆっくりと紡ぎ、私はそれを耳に刻んでいく。

例えば、雨が降り出す直前に大気に漂う、水の気配の匂い。
例えば、実際に降り出した時の、しっとりと湿った土壌の匂い。
艶やかに濡れた緑の濃い匂い、水そのものの匂い。
それらが全部、少しずつ互いに入り混じり合った時の匂い。
もしも目に見えるものであったなら、きっと綺麗な色をしていると思う、彼女はそう言う。

「だから、ちょっとこうして外の空気を吸いに来てたんです。それで──」
「私もだ」
「はい?」

彼女は少しばかり、きょとんとした顔になった。
その反応が何だか面白いものに思えて、私は小さくふっと息を漏らした。そのまま続けた。

「私も同じように、思っていた」
「……ファラミアさんも、雨の匂いがお好きなんですか?」
「ああ。私も昔から、この匂いが好きだった」

簡潔に告げると、はパッと顔を綻ばせて笑った。

「わー、本当ですか? ……あはは、ファラミアさん、わたしと仲間仲間ー」

子供のようににこにこしながら私の手を取ると、彼女はブンブンとそれを振った。
私はされるがままになりながら思う。
と私はどこか似ていると。どこがどうとは上手く言い表せないが、何か共通する感覚を持っている。
ふわりと自分の中にそんな思いが舞い降り、そしてその感覚だけが残る。そしてそれは、今回が初めてのことではない。
こうした思いを初めて感じたのは、一体いつのことだっただろうか。

「──何を子供じみたことをしているんだ、

不意に掛けられた声に彼女は振り向き、
「そりゃあ、ボロミアさんから見ればわたしは子供でしょうけど」
わざと膨れ面を作ってみせる。兄はくつくつと笑いながら私達を見た。

「そういうことではなくてだな」
「分かってますってば。いいんです、わたしとファラミアさんは仲間ですから、その握手を交わしてただけなんですから」
「仲間? 何の話だ」
「それはファラミアさんとの秘密です」
「……はこう言っているが、ファラミア、何の話なんだ」
「それはとの秘密ですのでお話できません」

むむ、と私達を見る兄の目と、と私が交し合う目と目が交差し合う。
堪え切れなくて、すぐに誰からともなく笑いが生じ、静かに落ちゆく雨の中に笑い声が響いていった。
私と が共有した静寂な雨はまだ、降り続いている。
今も尚、勢いを変えぬまま。ただ、しとしとと。






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