一体、何故、はアラゴルンと見つめ合っているのだろうか。
見回りから戻ってきて最初に目に飛び込んできたその光景。
それを見た瞬間、私は硬直し動けなくなった。
どういった成り行きで二人がそうなったのかを私は知らない。
「ボロミアっ」
声は下から掛けられた。すぐにそちらを向くことができない。
やっとのことで顔を下向きにしてはみたが、ひどく首の筋肉が強張って感じられた。
見れば、メリーとピピンが何やら面白げに私を見上げている。
「大丈夫? 何だか顔色悪いみたいだけど」
言葉の内容とは裏腹に、彼らはニヤニヤしながらこちらを窺っている。
この小さなホビット達は、狼狽した私の様子を目にして楽しんでいるのだ。
しかし、そんなことよりも重要なのは、今なお目と目をかち合わせたままの向こうの二人である。
私はメリーとピピンに「何がどうなっているのか」とでも問いたかったのだが、それが何故か声にならない。
音のない声を発しながら、ただあの二人に呆然と目を向ける。
小さき人たちはわざとらしい振る舞いで、ああ、というふうに大きく肯いてみせた。
「さっきからずーっとあの調子なんだよ、あの二人ってばさ」
「うんうん。そうなんだよね」
「なっ……!」
私は絶句した。
ずっとというのは一体どれ程の時間を指すのだ。そして何故あの二人はそうしなければならないのだ。
いつもならアラゴルンの立つ場所には私が立っているはずだというのに。
ホビットたちは相も変わらずのニヤニヤした表情、ただ何度か肯くばかり。
軽く眩暈のようなものを覚えた。
しかしとにかく、このままにしておくわけにはいかない。一刻も早く彼女をアラゴルンから引き離さなくては。
傍目にはどう映ったか判らなかったが、自分なりに平静を装って二人に近付いた。
そうする間にも、彼らは互いにまったく視線を逸らそうとする気配がない。
それどころかいつの間にかその距離は縮んでいて、もう互いの身体と身体が触れ合いそうなほどだ。
真っ直ぐにぶつかり合う目線と目線からは熱が感じられる。
危険だ。急がなくては。
自制しようとしていたのに自然早足になる。眼前に二人の姿が迫った。
私は声を掛けようとした、そうすれば彼女はこちらを見てくれるはずだった。
本当はすぐにでも彼女の腕を引っ張ってしまいたかったが、とにかく。
しかし、私が口を開こうとしたところでサッとは手を挙げた。
それはどう見積もっても私を制する意思表示だ。視線は変わらずアラゴルンに注がれていて、私を見ようとはしない。
彼女は言った。
「ボロミアさんごめんなさい、今は邪魔しないで下さい」
邪 魔 し な い で
言葉は私を容赦なく押し潰した。
ものすごい衝撃が頭から爪先までを駆け抜け、脳裏が白く煌めいた。
今まで数多くの闘いを潜り抜けては来たが、しかしこれ程までの痛恨を受けたことが果たしてあっただろうか。
強烈な一撃に、私の意識は遠のいた。
「わあっ、ボロミアがっ!」
「倒れたーーーっ!!」
「なぬう!?」
はそこでようやくバッとこちらに向き直り、慌てて私の頭の傍に屈み込んだ。
「どどどどうしたんですかっボロミアさんっ!!」
「いや、原因はどう考えても……」
無言で視線を送ってくるホビット達に、流石の彼女も気付いたようだった。
「え? ……わたし!? なんで!!?」
「アラゴルンとにらめっこしてたからに決まってるじゃないか」
「どうしてそんなことでボロミアさんが引っ繰り返らないといけないの!? 意味が分からない!」
「……あーあ、何て鈍いんだろうこの大きな人は!」
呆れ声のホビット達、わけが判らないといった感じの彼女。
アラゴルンは溜息をつきつつも腰の皮袋からアセラス草を取り出した。黙ってそれを煎じ始める。
「そもそもわたしがアラゴルンさんとちょっと目が合った時に、 『 先に目を逸らした方が負けだからね 』 って言い出したのはメリーとピピンでしょ! そう言われたら負けるわけにはいかないもの、わたしは原因じゃない! 二人が全ての元凶!」
はそう抗弁したが、小さな人達は動じない。
やれやれとでも言いたげに肩を竦め、悪びれる様子もなかった。
「乗ったのはそっち、俺たち別に悪くないもん。それに、ボロミアもまさか倒れるとこまで行くなんて思ってなかったし……」
「 『 まで 』 って何、 『 まで 』 って。それにしてもボロミアさん、どうして……。あっ、もしかして、一緒にやりたかったのかな? やだな、だったら普通に順番待っててくれたら良かったのに」
「……いや、だからさ。」
未だに言い合いを続ける彼女とホビット達。私にアセラスの癒しを施すアラゴルン。
後に、この場に居合わせた者全員が揃いも揃ってガンダルフに小言を受けることになる。
それは、私が意識を取り戻してからの、もう少し先の話。
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