「……何をしているんだ?」

私はとファラミアの二人へ向けて、そう問い掛けていた。
二人が軽い食事をしているのは見て判るが、しかし何やら、普段とは様子が違う気がする。
どこが、どう違うのか?
それは二人の手に、あるもの──細長い棒のようだ──が存在していることだと理解したのは、問う声を発した直後だった。

「箸の使い方の練習ですよ」
「……はし?」

は屈託ない笑顔でその手の中にある棒を示してみせる。
其れは長くも短くもないのだが、一本ではなく二本ある。ファラミアの方も同じだ。
しかし私は事情を上手く呑み込めない。
告げられた名詞をただ反芻するに留まった。

「我々が使うフォークやナイフと同じ役割を果たすものだそうです。日本ではこの 『 箸 』 というものが主に食事の際の道具として使われるとのことですよ、兄上」

ファラミアがそう説明しながら、器用にその棒──はし、と言ったか──を動かしてみせる。
その先端で、皿の上のビーンズを摘み上げていた。
其れが簡単なことなのか困難なことなのか、私には判断がつかない。
しかし、すごいとでも言い出しそうな様子のは弟に小さく拍手を贈り、実際にそう呟いていた。

「ファラミアさんすごい……、初めて触ったとは思えない箸遣いですね」
「そうか?」
「はい、わたしよりずっと上手なような気がします」

それは褒めすぎだろう、と言うファラミアはそれでも嬉しそうだ。
私は思った。
……何故、こんなにもこの二人は親密なのだ。と。

「ボロミアさんも良ければ、やってみませんか?」

にこにこしながらそう言うは無邪気である。
返事を待たず、脇に置かれていた予備であるらしい「はし」を私に向けて差し出してくる。
木の枝を削っただけの物のように見えたが、受け取ってよくよく見てみると薄く塗り物がされている。
更には小さく刻印が入っていて、どうやらそれは高名な職人の名であるらしいと判った。

「……これは、どうしたのだ?」
「あ、えっと。ファラミアさんが用意してくれたんです。前に箸の話をしたことはあったんですけど、でも作ってもらえるとは思ってなくて、吃驚しました」

嬉しかったですけどね、と彼女は付け加えて笑んだ。
どうやら、ファラミアがのために作らせた逸品であるらしい。彼女が話すのを聞きながら私は思った。
……何故、私に一言 「作ってくれ」 と言わないのだ。と。
ちらりとファラミアを見やると、ひどく曖昧な表情を浮かべている。
その目を見返してやると、向こうはやんわりと私から目を逸らしてしまった。
……まあ、それは置いておくこととしよう。

「はいじゃあ、ボロミアさんも利き手に持ってみてください」
「う、うむ。……こうか?」

席に着いた私は言われるままに「はし」を片手に持つ。
二人の持ち方を見様見真似してみたつもりだった。が。

「……兄上、それは 『 握り箸 』 というものだそうです」
「にぎりばし? 何だそれは」
かなりの無作法という事になるそうですが」
「なっ……、そうなのか、?」
「そうですね」

あっさりとは肯定した。

「ボロミアさん、グーで持つんじゃないんですよ。こんなふうにして、こう」
「……これでいいのか?」
「……ボロミアさん、箸はバッテンにはならないんですよ」

彼女はクロスしている私の手の中のものを指しながら告げる。
異国の食事作法の、なんと難しいことか。
しかし、そうして何度も二人の指南を受けているうちに、形だけは何とかそれなり様になるようになってきた。

「じゃあ、次は実践ですね。さっきのファラミアさんみたいに、豆を摘まんでみてください」
「……うむ」

私は肯いた。
先のほうに載せて持ち上げるようにすれば──と思ったが、何度やってもつるりと転がり上手くいかない。
……フォークのように刺してはどうだろうか?
ふとそう思い実行してみたところ、ビーンズは刺さらずに斜め十五度の角度でテーブルの向こうに跳んでいった。
……そうだ、やり方がまずかったのだ、ファラミアのようにすれば。
そう考え直し、両端を挟む形にして、力を入れてみたならそれは真上に二メートル跳ね上がった。
そんな馬鹿な。
先程のファラミアはいともたやすくビーンズを挟み込んでいたではないか。
私はそうそう器用な方ではないと認めてはいるが、しかしこのくらいは──
ギリギリと「はし」を握る手に力が入っていることに、私は自分自身、気付いていなかった。

「あ、ボロミアさん、そんなに力んだら……」

がそう言い掛けた時だった。
べキッという鈍くも乾いた音がして、「はし」はその形状を元とは違う姿に変えていた。

折れた。

ポッキリと真っ二つになった「はし」、勢い余ってひっくり返った皿、そこから零れ落ちた大量のビーンズ。
二人は身動き一つしなかった。
ただその固まった表情の中に、かすかな憐憫の情が読み取れるのはおそらく気のせいではないだろう。
沈黙が、空間を数秒支配したその後。

「──えーと、はいじゃあ、次はこっちを使ってくださいね」

何事もなかったかのように笑んで更に予備のものを寄越そうとするを、私は手で制した。
いいのだ。いいのだ、何も見なかったように振舞わなくていい。寧ろ、そうされる方が私には辛い。
だから、私にそうやって微笑んでくれるな。実際、本当に辛いのだから。
思ったことを伝える意味も込めて、首を振った。

「……私には無理だったようだ」
「そんな、ここで諦めるなんて」

彼女は 「もっと練習すれば絶対上手くなる」 と言った。
ファラミアは黙って目を瞑っていた。

「いいのだ。……すまない、。私には、ニホンの全てが難しく感じられる」
「わたしがお教えしてるのはまだ日本語と箸の使い方だけなんですが……」

そう続けていたが、しかし無理ということを悟った私にはやはり、再度の挑戦を試みる気にはとてもなれなかった。
私がその場を去った後、

「やっぱり、いきなり塗り箸で豆、っていうのは選択ミスだったかなあ……」

という小さな呟きがあったのを、私は知る由もない。






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