気づいたときにはもう、欲しいものは他人のものだったりする。
他人のものばかり欲しがっている、と気がつくこともある。
大抵はすぐに諦めがつく。
あるいは得意のギャンブルで、奪うこともできる。
でもそれは、金品に限った話。
手に入れたいと願ったものが人間だったら、そしてそいつが今幸せなら、手が出せない。
ブルーサテンのリボンに引き立てられた陽の色の髪、新緑の双眸、端整な顔立ち、引き締まった体躯。
そして、王という地位と威厳。
神によって二物も三物も与えられたような男がエドガー。王御自ら目の前で酒の用意をしている。
いつもの小サロン。すっかりここで飲む癖がついた。
今日はエドガーと二人きり。
「シャドウは?」 と聞いたら 「ちょっとな」 とはぐらかされた。
たぶんどこかでこの国の邪魔者を消しているんだろう。………冗談だ。
わけは知らないが、今日ここに彼はいない。
「なあセッツァー、お前の目から見ても、あいつは…………」
この男にしては珍しいことに、その後の言葉を躊躇っている。
何を言いたいのかはわかりきっているから、俺のほうから切り出す。
「魅力的に見えるかって言いたいんだろ。見える」
なにせ、あいつがシャドウだと気づく前、俺は彼にいい男だと言った覚えがある。
「昔のあいつはかなり人を寄せ付けない雰囲気があったが、今はそうでもないしな。ちょっといい酒場のバーテンなんかやらせたら、女が放っておかないんじゃないか?」
プラチナブロンドにヘテロクロミアの美貌、少ない口数、人に言えない過去。
ミステリアスな雰囲気ってものに、ひとは惹かれるようになっているのだと俺は思う。
「やっぱり、そうだよな………」
手元のグラスに半分ほど残った酒を一気にあおって、この城の主エドガーはうなだれた。
城の人間がシャドウに慣れ始めると、好意を寄せるものが増えた。
出入りの業者などがなにかの拍子にシャドウを見かけ、見入る様子もあるという。
直接シャドウに話しかけたりということはないものの、あまりいい気はしないというのがエドガーの気持ちだ。
なんと言うことはない、ガキみたいな独占欲から来る不快感。
「何か心配なのかよ。あいつはあんたのものじゃなかったのか? いや、あんたがあいつのものなのか。………そう簡単に別れるくらいなら、俺だったらわざわざ男と付き合ったりしないけどな」
「心配してるわけじゃないが………、考えたことがなかったんだ。ほかの人間がシャドウを好きになるって」
「やっと周りが見えてきたってことか」
「ああ」
エドガーのグラスに酒を注いでやる。
あらためて言ってやらないとこの王はだめなのかと、若干呆れる。
こんなのが一国の王なのかよ。
………いや、こういう弱みを見せられているっていうのは、悪くない。
「たとえ誰かがシャドウを好きになっても、その後のことはそいつとシャドウが決めることだ。ま、どうにもならないと思うがな。………見ていればわかる。言い方は悪いが、シャドウはあんたに参ってる。たぶんあんたが思っている以上に」
人を見る目はあると自負している。
この先何者かがシャドウと付き合うことはない。シャドウ自身がそれを望まないから。
「騒がしいのは今だけだと思うぜ。そのうちみんな諦める」
顔を上げ何か言いかけたエドガーを制する。
「おっと、言うなよ。お前だけは、シャドウを疑ってはならない。わかってるだろう?」
開きかけた口を一度閉じて、エドガーは肩をすくめる。
「そうだな。…………お前にそんなことを言われるとはな」
「言わせたのはあんただ」
すっかり気分は浮上したらしい。俺のグラスの中身も少なくなった。
最後の一口を飲み干して、城を出ることにする。
扉の前まで行って、ゆっくり振り返る。
「ああそうだ、黙っておこうかと思ったが、言っておく。俺はあんたのほうが好みだ」
恭しくエドガーの長い髪を持ち上げ、毛先にキスを落とす。もちろん彼の瞳をしっかり見つめて。
驚きに見開かれる双眸。
「今度はシャドウが、今日のあんたみたいになるかもな」
一瞬にして酔いを醒まし凍りついたエドガーを残して部屋を出る。
「冗談だよ、じゃあな」 の一言を残して。
他人のものばかり欲しくなるのは悪い癖だと思う。
いや、他人のものにしか興味がないのかも知れない。
やすやすと手に入るものは、手放しても惜しくはない。
それは金品に限った話。
言い方は古いが、相思相愛の二人を引き裂くマネは俺にはできない。
ましてあの二人なら。
どうあがいても、手に入らない。
負けるとわかっている賭けはしない主義だ。
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