「ここに、誰か居るんだろう?」
情事の後にもかかわらずずいぶんと冷たい手のひらが、左胸にそっと触れる。
お前だけだと言ってほしいか? と、質問に質問で返すのは良くないことだとわかっていたのに、答えてしまった。
そう言うと思っていた、と半ば諦めた声に、失敗したと思った。

「責めている訳じゃないんだ。ただ」
「ただ?」
「いつか、聞きたいと思っていた」

普段の彼の手のひらは、いつだって暖かくて、繋ぎ合わせたところから互いの境目がなくなりそうなほどなのに。
今はただ緊張ばかりが伝わる。
「いまここに居るお前がどんなふうにお前になったのか」
少しだけ早くなった鼓動が彼には分かっただろう。
「全部じゃなくていいんだ。言いたくないこともあるだろうとは思う。でももし話すことで俺の気持ちが変わるかもなんて思っているのなら、そんな心配はしなくていい」
図星、だったのだと思う。咄嗟に否定できなかった。
「それだって、お前の一部なんだ。俺が、愛している、お前の」
照れているのか視線をはずすエドガーの頬を撫で、もう一度見てくれるように促した。

思えば、彼とこうなるまで、いや、こうなってからも、彼に限らず誰にもまったくと言っていいほど何も話してこなかった。
言いたくなかったから話さなかったこと、聞かれなかったから話さなかったこと。
そのどれかひとつでも、いま彼に話してしまったら。
たぶんすべてを話さずにはいられない。
他の誰かなら、適当にはぐらかしても良いのだ。
でも。
いまはぐらかしてしまったら、『 彼 』 を本当に失ってしまう気がして。



相棒のオレを……よくも……殺したな。
お前も……俺のところに来いよ。なあ、クライド……。

暗闇の中に現れ、焦点の合わない瞳で見つめられる。
彼は別の暗闇に囚われているのかもしれない。こちらが何をしてもわかっていないようだった。
触れるでもなく、叫ぶでもなく、ただ現れてそれだけ言って消える。
そして、目が覚める。
彼を殺したのは、俺、クライドだ。



生まれてきたからには親兄弟が居たのだろうが、気がついたときには一人。
いつのまにか同じような境遇の子どもたちで身を寄せ合い、盗むことで生き延びていた。
何日も食べ物を得られないこともあったし、捕まって痛い目を見たのも一度や二度じゃない。
ほんの少しの失敗であっさり命が失われていく。
捕まって殴られて打ち所が悪かったとか、屋根のある場所から追い出されて風邪をこじらせたとか、自分たちの力だけではどうしようもないことで。
金さえあればどうにでもなったような、つまらない理由で。
だから俺たちは、金が欲しかった。

ビリーも、その中のひとりだった。

列車強盗が一番多かった。
主にスリや置き引きで集めた金品を指定の場所に車窓から放り投げると、潜ませた仲間が回収する。
たまには車両ごと切り離したり、貨物列車なら運転手を眠らせたりもしたけれど。
今思えば、単純に運が良かっただけだ。
金を盗まれても犯人を殺そうなどと考えないような人間ばかり、命があるだけ幸いだと思ってくれる人間ばかりを狙っていたのは、単純にその方が安全だからだ。あくまでも生きること、そのために金が欲しかったのだから。
命を狙われるのは、避けたかった。

そのうち体もでかくなり、知恵もそこそこついてきた頃。
盗みの仲間たちは、少しずつ離れていった。
分配していた稼ぎを元手にまともな仕事に就いたり、どこか他に居場所を見つけられたのはまだ良い方で、売られたやつや死んでしまったやつもいる。
いつのまにか稼ぎ頭になっていた俺たちのほかに誰もいなくなったとき、俺たちは 『 世紀の列車強盗団 シャドウ 』 になった。
あれだけ欲しかった金も100万ギルはある。
強盗人生も楽しいと、あの頃は本気で思っていた。
ただのバカな若造だった。

だから俺たちは失敗した。
あれだけ、本当につまらないことで人は死ぬとわかっていたのに。
せめて楽しいと思えたときに、強盗人生に見切りをつけておくべきだったのだ。



「しっかり目を開けろ!」
目は、開いている。ただ、ひどく暗いのだ。森の中だからか日が沈んだからか。よく見えない。
「俺はどうなってる? これ、俺の血か?」
温かいもので手が濡れる。ひどく疲れてしゃべるのが億劫で寒い。
負傷しているのは自分だけではない。ここまで肩を貸てくれた相棒も、ひどい怪我をしているに違いない。
「油断したよ……すまねえ……」
思うように体が動かずもう、歩けそうにない。大きな木の下にへたりこんだ。

「しゃべるな! 町に着くまで」
「俺にはわかってるよ。俺の血だろ……これ? もうダメだよ。さあ行け! 足手まといの俺に構うな」
「しかし!」
「捕まっても良いのか!」

彼が案じてくれているのは痛いほどにわかる。でももう時間がないのだ。
ほとんど見えない目で彼を見上げ、力一杯彼を押しやったつもりだった。いつもなら、尻餅くらいつかせられたはずなのに。
彼も、わかってくれたのだろう。もはや気配しかわからないが、ここから去る気になってくれたらしい。

「行く前に……そのナイフで俺を刺してくれ」
「そんなこと……」
「捕まったらどんな仕打ちを受けるか知っているだろう? 俺はそんな目にあいたくねえ。腕を触ってみろ。震えているだろ? 生まれて初めてさ……。ガキみたいにガタガタ震えるのは」

きっと彼は死にゆく俺を憐れんで腕に触れてくれたのだろうが、もうその感覚もない。
ガタガタ震えているのも本当は恐怖なんかじゃなく、失血のショックだろう。
その時が近づいている。

「だから小便ちびって恥ずかしい思いをする前に、お前のその手で……」
「無理だ!」

そうして彼は駆け出す。
その背中に向かって彼の名を叫ぶが、声にならない。
「すまない」
一瞥もくれずそれだけ言って走り去る彼の姿は、もう見えない。



あの夢は、真実ではない。
実際死にかけていたのは、俺の方だ。
相棒ビリーは俺を捨てて逃げたんじゃない。
俺を助けたせいで、死んだのだ。

調子づいていた俺たちは、へまをした。
金は盗めず反対にひどい傷を負わされ、このまま二人でいたらどちらも逃げ切れないとお互いわかっていた。
だから俺は、まだ動けるビリーに逃げて欲しかった。
だから、置いていけと言ったのに。
敵の手にかかるくらいならお前の手でと願ったのに。

彼の名を叫べるほどの力は残っていなかったように思う。
刺せと言った後の事が事実なのか、夢が見せる幻なのか、今となってはすでに記憶があやふやで。……そのくらい弱っていたし、何より夢を見すぎた。

ビリーは俺にできる限りの手当てをして、隠してくれたのだろう。自分には、薬草ひとつ残さず。
そうでなければ俺が生きているはずがなかった。

運よく一命をとりとめた俺は、自分が隠されていたところからそう遠くない場所で彼を見つけた。
ひどい有り様だったが、足跡や周囲の様子を見るに、彼はそこで力尽きたあと敵に見つかったようだった。
ビリーがここで死んでいるなら、彼よりひどい負傷をしていた俺の方はすでにどこかで死んだと思ってくれたらしい。
探されなかったのがその証拠だ。

ろくな道具がなくて、穴を掘るのにずいぶん時間がかかった。
なんとか埋めてやっても、墓標もないし花も供えてやれない。ここにもう一度来られるかもわからない。
すまない、ビリー。すまない。

ビリーにその手で殺してくれと願われる夢を見て飛び起きては、そうじゃなかったと過去を反芻する。
なぜ殺してくれなかったのかとビリーを責めれば、次の夢では彼の姿と声に、よくも殺したな、と言われる。
自分のせいでビリーが死んだという思いに囚われればまた、彼が死を願う夢を見る。
この繰り返しだ。

たったふたりの列車強盗団だったのに、ひとりになったらもう、できない。
復讐するべきか?
もとはといえば俺たちが強盗なんてしたからこんな目に遭った。最初は生きるためでも、盗みが目的になったのなら自業自得だろう。
復讐の相手がいるとしたら、自分自身。
なら、ここで死ぬか?
ビリーが望んだから生きているのに、最後の望みさえ叶えてやらないのか?

ビリーが生きていてくれるなら、死んでもよかった。
そう、仮に夢の通りに瀕死の重傷を負ったのがビリーで俺に逃げろと言ったなら、俺だって彼を殺せなかった。
生きていて欲しかった!

でも、そうはならなかった。
ならなかったんだ。




「……お前の言う通り、ここにみんな居る」
緊張が伝わる手のひらに、自分の手を重ねて体温を分けていく。

「……お前とマッシュは双子だけど、違う船に乗ってる」
たまには同乗するが、別れてそれぞれの川を進む。行き着く先は違うけれど、いつでも同じところに帰れる。
「俺たちは、一本の丸太に掴まった者同士だったんだ」
何処に着くかもわからない川で、逆らえないまま流されて、運良く川岸に着いて助かるやつや、波を被って流れに落ちて戻れないやつもいる。そいつらから生きろと言われ続けた。
最後の一人は、このままだと二人とも沈んでしまうから、俺のために自ら手を離して。
たった一人で、託されたものの大きさに狼狽えた。
捨てるに捨てられず、自分ひとりでは抱えきれない。
終わりにしてくれるなにか、あるいは誰かを望んで、彷徨い歩いて。

ようやくお前に辿り着いた。

いままで何度だって、ここで終わるだろうと思った事はある。
その度にビリーが夢に出てきて、あのときのことを思い出して、まだこんなところでは終われないと思った。

『 その時 』 が来たらきっと、コンビの名前を考えたと言いながら、ビリーが迎えに来るに違いないのだ。
だから俺は生きる。
愛する者の隣で。


「聞いてくれないか?」






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