エドガーの誕生日から数日後。
こんな頻度で訪れるのは暇だからと思われてやしないかと一抹の不安を覚えながら、エドガーの執務室に向かう。
城の人間は以前よりずいぶんと減ってしまったが、その分かなり面倒なことが減った。
あたりはすっかり暗くなっているが、アポなしで彼の部屋に行けるのがいい。

「よう、相変わらず忙しくしているのか?」
手土産の酒を掲げながら部屋に入ると、俺が女なら参っちまうような笑みが返ってきた。おそらくこの王はこの笑みで何人もの女を落としてきたに違いない。
とは間違っても言ってやらないが。
「セッツァー、よく来たな。毎度手土産持参とはなかなかにマメなことだ」
俺の手にある酒瓶を見て、にっこり顔。

「何を言う。人を訪ねるときは土産を持っていくなんて、常識だろう?」
「そんな常識を持ち合わせていたとはな。意外なことだ」
「んなこと言うならやらんぞ」
「いや、悪かった」

冗談の応酬。
元気にしているようで安心する。手土産はサイドテーブルに置くことにする。

「この間は贈り物をありがとう」
例の香水瓶のことだろう。
「気に入ったか?」
「もちろんだ」
「それはよかった」

たしかに贈った香水の香りが彼からする。
このぶんなら、期待した結果を得られそうだ。
「すぐに終わらせるから、飲もう」
「気長に待つさ」

いつものことながら、仕事の速さに感心する。
まあ、もしかしたら、人手がないせいで時間のかからない仕事までが彼に回っているのかも知れないが。
いつものようにあの部屋に向かう。

「ああ、来ていたのか」
扉の向こうには、あの彼がいた。
ワンサイズ大きい黒いシャツ、フィットしたパンツ。袖は折ってある。
いつ見ても目を引くプラチナブロンド。
バーカウンターの中で、好みの酒を作っているようだ。

「よう、元気にしているか?」
俺が声をかけるとわずかに目を細めて、笑いながら頷いた。相変わらず、唇の端だけで笑う。
「俺とセッツァーにもくれないか」
エドガーがいい終わらないうちにグラスが2つ出てくる。さすがだ。
以前と同じように彼は酒瓶を手に取り、《ごゆっくり》とでもいうように手を振って椅子を指し、部屋を出て行った。
すれ違いざまのかすかな芳香。
隣のエドガーの後ろを通ったから、彼の香水が香ったのだろう。
一緒にいればいいのにとも思ったが、口の利けない彼のことだから、しなくてもいい遠慮をしたのだと思う。

話すのはどうでもいい話ばかりだが、いつも楽しく時間が過ぎていく。
持ち込んだ酒のほかに何本か空けて、いい具合に酔いが回ってきた。

「そろそろ帰るとするかな」
「泊まっていけばいい」
「そうしたいのはやまやまだが、明日も結構飛ばなきゃならないんでな。艇に戻るさ」
「そうか。今日は楽しかった。またいつでも来い」
「手土産持参で来るよ」
「おまえ、女に対してももマメなのか?」
「馬鹿を言え。女が、マメなんだよ」
「おまえらしいな」

お得意の笑顔。
じゃあなと後ろ向きに手を振って部屋を出ようとすると、呼び止められた。

「会ったらでいいんだが、ここに来るように言ってくれないか?」
「わかった」
夜はまだ長いから、話し相手が欲しいらしい。


廊下をしばらく歩くと、見知った人影が前に見える。
「エドガーがあの部屋で待ってるぜ。俺は帰る。またな」
手を振って通り過ぎる。
ふと気づく、エドガーの香水の、かすかな芳香。
はっとして振り返ると、彼はもういなかった。
なぜ彼がこの香りをまとっているのだろう。
あれはある思惑のために俺が作らせた世界にただひとつのもの。同じものを持っているはずがない。
なら。
エドガーが使わせている?
なぜ?

おそらくこの勘は当たっている。
彼がエドガーの想い人。

確かめるか?
いや、今はだめだ。お互い酔いが回っている。
正気は保っているが、冷静さに欠けるのは否めない。
本当は今すぐにでも問いただしたい。
《おまえの恋人はあいつなのか?》
でも今は、邪魔をしないでおく。
俺はそんなに野暮じゃない。



彼らが恋人同士でも構わない。
男同士で何を、とは思わない。
エドガーには王という立場がある。

本来ならどこかの姫君を迎えて、更なる自国の繁栄に努めねばならないのだろう。
だが今は、彼が王になった頃とは状況が違うのではないかと思う。
世界は平和を取り戻しつつある。
マッシュも、エドガーのそばにいる。
いざとなったら、地位など捨ててしまえばいい。

非生産的だろうが自然の摂理に逆らおうが、好きなものを好きだと、愛するものを愛しているというのは正しいことだ。
どんなにそばにいても、いつかは失ってしまうかも知れない。
せっかくあの辛い戦いを生き延びたのだ。だからよけいに。

大事なものなら、なにをしてでもつなぎとめなければならない。その命ある限り。
でなければ、後悔しか残らない。
………そう思うのは、根なし草の勝手な言い分だろうか。



数日後。



「よう、また来たぜ。入っていいか?」
重厚な執務室の扉を開けようと声をかける。
どうやら先客がいるらしい。なにやら話し声がする。
「………入れ、セッツァー」
いつもとは違う声。………誰だ?
執務室にいたのは、エドガーと彼だった。ではさっきの声は彼のものだったのか。
………ちょっと待て、口が利けないんじゃなかったのか?
そう思った瞬間、この声に聞き覚えがあることに気づいた。幾分かすれた低い声。
そんな。
まさか。

俺の知る 『 奴 』 は、黒髪に黒い両目、ぴったりとした黒装束。
でも。
そう思えば、 『 彼 』 の纏うあのどこか人を寄せ付けない雰囲気は、たしかに 『 奴 』 のものだ。
しかし奴はあの戦いで死んだはず。いや、「行方不明」なんだ。
………なら。
たっぷり10秒は目が合っていただろう。

「………………シャドウ………………?」

それしか口から出なかったが、それで十分だった。
「………やっぱりばれたか」
エドガーが肩をすくめる。
「騙すつもりはなかった。ただ………」
「わかってる。知られないほうが何かと都合がいいもんな………」
エドガーの弁解を聞く必要はない。
『 彼 』 が 『 シャドウ 』 であることがわかっただけで、総てが理解できた。
「なんて冗談だ………」

エドガーの相手が男だってだけでも驚きなのに、そいつがシャドウだなんて。
うまく言葉が出ない。
「香水なんか贈るんじゃなかったぜ………」
確かに最初は、エドガーの想い人が城内にいればわかるだろうと思って企んだことだった。
世界にひとつしかないもの。その移り香で。
それがまさかこんな当たりを引くなんて。
いくら俺がギャンブラーだからといって、これではツキを使い果たしちまう。

「他には誰が知ってるんだ?」
あまりのことにうなだれて、問いかける。
「おまえだけだ」
エドガーに聞いたつもりだったが、シャドウが答える。
「何故?」
「勘のいいおまえなら、遅かれ早かれ気づいたはずだからな。香水も俺の相手を探すためだろうと思ったし」
これにはエドガーが答えた。
「まったく、なんて冗談だ………。いや、冗談なんかじゃねえな」

頭を振って思い直す。
エドガーの恋人が男であっても構わない。
それは本気でそう思う。
エドガーの恋人がシャドウで、良かった。
あのときの仲間が、生きている。

なくしたと思ったものが、まだ、手の中にある。
もう取り戻せないと思った人が、そばにいてくれる。
もうそれだけでいい。

「あんたが生きてて、良かったよ。シャドウ」
多分俺は心から笑ってやれたと思う。
「………ありがとう………」
あのかすれた低い落ち着いた声で、シャドウが言う。



これは誰にも内緒の話だ。
何に対してかはわからないが、最高の切り札になるはずだ。
迂闊には切れない、最高のカード。
おそらく、これでツキを使い果たすことはない。
なんたって、大逆転があったのだから。
これまでの埋め合わせには十分すぎるくらいだ。



月のきれいな夜。
初めて3人で酒を酌み交わした。






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