隣の相棒が吹き飛んだとき、ようやくわかった気がした。
生きている限り、俺たちは死神に追われているんだと。
戦場の敵地のど真ん中で観測手を失ったことより、相棒を弔えないことのほうがつらい。
ガキの頃から一緒の、家族みたいなものだった。
着弾地点がほんの少しずれていたら、また違った結果があったんだろう。
でも、そうはならなかった。
味方の救援は望み薄で、一人では彼を連れて帰れない。
そこに二度目の砲撃。
どうやら気を失っていたらしい。
敵がこちらを殲滅させたと思って去ったころ救援が来たようだった。
着弾の衝撃で覆いかぶさった相棒が俺を守ってくれていて、そこから力強い腕で助け起こしてくれたのは、初めて見る顔だった。
俺は相棒から認識票だけを外して、死神の鎌の間合いから逃れた。
友軍基地にたどり着いた時には、生き残っていた傭兵仲間が喜んでくれた。
付き合いの長い奴や顔見知りもいて、みんな、相棒の死を悼んでくれた。
そして、知った顔が減っているのに気づいて、あっちもそれなりに賑やかそうだと思った。
なぜ傭兵をしているかに、明確な理由はない。
親も金も学もない小汚いガキが、その日一日を生き延び続けたら、こうなっていた。
物を壊したり、人を殺したり、たまに守ったり。
内容は様々であまり褒められたことじゃないものが多いけれど、やりたくないことは断れたし、どうしてもやりたいことがあれば、報酬二の次で引き受けた。
結局のところ、性に合っていたんだろう。
ギブ&テイク、そしてイーブンというシンプルな構図が。
それなりのたくわえがある。
相棒はもういない。
だから、次の仕事を最後にしよう。
そう思いながら相棒の遺品整理をしていた。
写真、絵葉書、サングラス、封切られたばかりのたばこと愛用のライター。そして、俺宛の遺書。
遺書があるのも俺宛なのも、遺品が段ボール箱一つに収まってしまうのも別段かわったことじゃない。
こういう仕事だから当然の備えだ。
ナイフを抜きながら、彼宛にしていた俺の遺書は書き直さないとなとぼんやり思い封を切る。
【 クライドへ
先に行く。
残ったものは適当に処分してくれ。
おれの稼ぎは、おれが好きにする。
銀行に連絡してくれれば、詳細がわかるようにしてある。
この紙の裏だ。
なあ、楽しかったよな。
おれは、楽しかったよ。
おまえはきっと長生きするよ。
死神の鎌は、おれが折っておく。
じゃあな、相棒。
ビリー 】
銀行書類の裏に書かれた遺書というのが、ビリーらしさを感じさせた。
面倒くさがりで無頓着。
そのくせ、遺書はきっちり用意してあるのがなんだか無性におかしかった。
これでもし俺が先に死んでいたら、彼はこの遺書を書き直すはめになっていたわけだ。
親切な誰かへ
遺品は適当に処分してくれ。
同封書類の銀行に連絡してくれると助かる。
銀行書類裏の俺へのメッセージは二重線かなんかで雑に消して、別の適当な紙に遺言をしたため、封をする。
きっとそうしたんだろう。
今の俺のように、あふれ出る涙をぬぐいもせず。
じゃあな、相棒。
死神のことは、無理するな。
どうせいつか、お前の所に行く。
「社長室」
確かにそう書いてあるが、想像する社長室とはだいぶ違う作りのドアの前に立つ。
ぱっと見はただのスチールのドア。
地上7階、地下2階の雑居ビル。というのは表向き。
よく見れば材質やら壁の厚さやらが物語る、立地まで含めた完璧な要塞。
ここは民間軍事会社の本社ビルだった。
ビリーが稼いだ金の半分は世界的な慈善事業団体に寄付されていて、残りの半分のうち半分はビリーの個人的財産としてとある企業に出資されていた。
残った分は「ビリーの死後連絡してきた者に謝礼として」という遺言で俺名義になった。
1/4とはいえ相当な金額で放棄してもよかったが、ビリーが「好きにした」と言ったのだからそのまま受け取っておく。
そのうちいい使い道もあるだろう。
そして俺は戦場を去り、再就職先を探した。
再就職先が出資先でもあるこの民間軍事会社だったわけだが、ビリーの死後は出資者名義を変える必要があるといわれ、俺の名義になっている。
民間軍事会社とはいうものの、最近の主な仕事は要人警護だという。
たまには、いわゆるウェットワークスも請け負うこともあるらしいが。
「失礼します」
ノックと共に声をかけると、入れ、ではなく
「どうぞ」
と若い男の声で応えがあった。
「やあ、今日からよろしく」
社長には似つかわしくない事務机に、書類の山。
入室すると社長は立ち上がり、わざわざ机の前まで出てきて、人好きのする笑顔で手を差し出してきた。
長く伸ばした金色の髪と蒼い瞳が印象的な、およそこんな仕事を請け負う会社の社長には見えない優男、の仮面を被った猛禽。そんな印象だった。
鍛え上げられた肉体を、美しい髪によく似合うスーツの中に隠しているのがわかる。
「よろしくお願いします」
その握手の瞬間気づいた。
目の前の彼があのときの力強い腕の持ち主だと。
「あなたを待っていました」
「……私もです。あの時あなたが来てくださらなかったら、ここには居られなかったでしょう」
書類を送付した時点で既に社長は俺があの時の狙撃手だと気づいていた。
出資者だから採用したのではない、申し分ない能力があるから来てほしいと思ったと言ってくれた。
でも、と断って社長は言う。
「下心がないわけじゃ、ないんです」
「……相棒の遺志ですから、出資金を返せとはいいませんが」
「そういうことではなく!」
傭兵たちの間で俺たちが何と呼ばれていたか、俺たちは知らない。
そこそこ長くいろんな陣営について生き残ってきた狙撃手と観測手コンビを、ひそかに「シャドウ」と呼んでいたと、
社長は教えてくれた。
陰から守ってもらえるとか、影があるなら自分たちは光が当たっているんだとか、逆に光という意味もありますし、いろんな解釈ができますよね。
本当のところは、わからないですけど、と。
「あなたは覚えていないと思いますが、あなた方に助けられたことがあります。あのときから、あなたは私のあこがれでした」
社長がいうあのときのこととは、正直なところ武勇伝でも何でもない、子供のけんかに大人が口出ししたという程度のものだったが、彼にしてみれば忘れられなかったのだという。
「戦争屋だの人殺しだのと家業のことで私をいじめていた子どもたちに、【お前らの代わりにこいつや俺たちが戦うんだ】と言ってくれた」
そう、俺たちが死んだらお前たちの番なんだぞ、そうならないようにしてくれてるのがこいつの家の仕事なんだ。
そんな適当なことを言ってその場を治めたのはビリーだった。
「そんなこともありましたね、若かった」
「あのときあなたは、 【 お前の代わりに戦うことしか俺にはできない。でもお前は、なににでもなれる 】 そう言ってくれました。
代々傭兵だから傭兵になって死ぬしかない。そう思っていた私に、別の道を示してくれた」
結局、この仕事ですけど、と社長は笑った。
「うちの会社の出資者が 【 シャドウ 】 だと知ったときは、運命だと思いました」
「ビリーさんの代わりになんて言わないし、なれるとも思っていません。なりたいわけじゃないんです。
あなたの隣に立ちたい。ビリーさんとは、反対側に。……恋人として」
いつかは。
そう、まっすぐな瞳に貫かれた。
「……おまえは、なににでもなれる。そう言った責任をとるべきでしょうね。私は」
就職が決まってすぐ、手紙が来た。
彼方からの手紙。
これもビリーの仕掛けのひとつだった。
俺が社長の会社に就職が決まったらという条件で出されることになっていた、ビリーからの最後の手紙。
よう相棒
あれがお前の守護天使だ。
離すなよ。
まあ、奴が離しちゃくれないだろうが。
死神の鎌はおれがへし折っちまったから、まだしばらくは時間があるぜ。
じゃあな。
「恋人になりたいなら、名前くらい聞かせてくれてもいいよな?」
わざとらしく敬語をやめて、彼の両眼をのぞき込む。
公開されているのはファミリーネームのみだった。
とたん、目の前の社長が真っ赤になった。
金の髪と蒼い瞳、朱を刷いた頬が急に幼く見える。
「え、エドガー、です」
「知ってるだろうがクライドだ。よろしくな、エドガー」
そのよろしくはどういう意味なんですかと、震える唇が問いかける。
「俺の隣に立ってくれって意味だよ」
なあ相棒。
死神のことは恩に着る。
俺がそっちに行ったときは、盛大に笑ってくれ。
いつの日か。
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