あいつが俺の前から姿を消して、どれほどの月日が流れただろう。
あの丘からの夕日がいつになく綺麗に見えた日には、決まってあの日を思い出す。



彼女の話をしよう。
こんな真夜中で、酒の残りは少ないけれど。
彼女の話をしよう。
めったに話し相手になってはくれない友人が、隣に居てくれるから。
・・・・・・明日は砂漠には珍しい雨になるかもな。



ああ、ここに、あんたがいたらいいのに。



あいつは 「いい女」 、だった。

あんまり手入れが行き届いていない金の長い髪。
獅子の鬣、なんていったら多分怒るだろうが、いつだったか酒場で酔っ払いに絡まれたときには逆立って見えたものだ。何せ胸を掴まれてたからな。
当然相手はひどい目にあっていたが。

澄んだ空色の瞳。
あいつが何よりも愛した空の色だ。日が沈む直前の、一番星を映した深く、あおい、瞳。
女にしては高い背に、幾分かすれた低い声。
酒も腕っ節も強かったし、まあ、なんだ。月並みなこというようだが、別嬪だった。
女にももててたくらいだ。ティナあたりは素直に 「綺麗な人だ」 って言ったろうな。


言い寄ってくる男はそれなりにいたが、 「私より速く飛べたらね」 なんて言ってかわしてた。
じゃあ誰とも付き合わなかったかっていうとそうでもない。
気に入った相手とはそれなりのことをしてたし、惚れっぽくもあったな。
刹那的、というのとは違うが、なんていうか、悔いを残したくない感じだった。
ああしておけばよかった、こうするべきだった、後でそう思うくらいなら今思いつく限りの最善を尽くすような。
寝たいと思った相手とは寝るし、欲しいものは手に入れる。



俺か?俺はあいつとは寝てない。



女だからって守られるのはあんまり好きじゃなかったみたいだけど、いい女だったのは間違いない。
あいつはあのテスト飛行がいつも以上に危険なのをわかってた。
だからもしもの時にはファルコンを頼む、って。
ファルコンをいただくのはスピードで勝ってから、そう言ってやったけど、あの時、嘘でも 「わかった」 って言ってやればよかったのかなって、今でも思うんだ。
だったらどうなるって話でもないんだけどよ。



相変わらず前に出られない俺に向かってあいつは言ったよ。
「悔しかったらわたしの前に出てみな。それともわたしのおしりがそんなに魅力的なのかしら?」
追いつくのが精一杯で、追い抜く隙なんてなかった。悔しかったな。
いやべつに、魅力がないなんていってないぞ。
「雲を抜け、世界で一番近く星空を見る女になる」
なんて言って、そのまま帰ってこなかった。
夕暮れの丘であいつの帰りを待って、夜明けまで、ずっと空を見てた・・・・・・。



壊れたファルコンを見つけたのは1年もたったあとだった。
あいつはいなかったよ。
どこか別の場所に落ちたのか、動物に食われたのか、誰かに助けられたのか。
しばらく探したけど、飛空艇が落ちたことはともかく、操縦者の女なんて知らないって話ばかりだったな。
・・・・・・はやいのは、飛ぶことだけにしておいてほしかったって思った。



あいつが俺の女だったみたいに思うかもしれないが、それはない。
恋人だとか彼女だとか、そんなんじゃなかった。さっきも言ったが、寝てないしな。
愛していると思ったことはなかったし、欲しいと思ったこともなかった。
いってみれば 「相棒」 ってのが一番近い気もするが、あいつの相棒はファルコンで、俺の相棒はブラックジャックだった。
そのことをお互い、よくわかってたと思う。

たぶん、仲間、なんだろうな。
あんたとか、そこで酔いつぶれてる王様とかよ。
同じ感じがするよ。



本当は、まだあきらめきれていないんだ。
いつか帰ってくるんじゃないかって。そんなことはないって、わかってるはずなのに。
この世界でまだ飛んでいる、世界最速の飛空艇とギャンブラーの噂を聞きつけて、艇を返せっていいにこないかと、心のどこかで待ってる。

・・・・・・こういうのはやっぱり 「愛してる」 っていうのかな。・・・・・・そうか。

一人で飛ぶのは、もう厭きた。そう思ってたよ。
それでもまだ飛ぶのをやめられないのは、この空にあいつが居るからなんだろうな。

ファルコンは、見つけたときは確かにぼろぼろだったが今でも飛んでる。
あいつがいかにファルコンを愛していたかわかる。
ファルコンには、あいつの魂がある。

「飛空艇で死んで彼女は幸せだった」 なんていうやつもいたけど、あいつはまだ、消えちゃいない。



だから、俺はまだ空を飛んでいられる。そう思うんだ。



もう一度あいつに会えたら、俺の話をして、あの戦いの話をして、そして、あんたの話をしようと思う。







いつかまた、彼女の話をしよう。
酒は飲み干してしまったし、話し相手の恋人は眠ってしまった。
いつかまた、彼女の話をしよう。


ああ、あんたがここにいたらよかったのに。






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