砂。
目の前を舞うのは、煌めく砂。
つい今しがたまで、それは確かに生きていた。
ケフカは、崩れゆく砂塵となり散っていった。
皆、その様を見上げていた。目を離すことが出来なかった。
呆然としていたのかもしれない。
一体、ケフカとはなんだったのか。
かつて、魔導士であった者を。
今は、宙に飛散していくだけのものを。
ただ、見ていた。答えが出るわけでもないというのに。
塔は主を失い、自身もまた、その主を追うかのように崩壊しようとしている。
すでにあちらこちらで地は陥没を始めていた。
下手をすれば、崩れるこの瓦礫に飲み込まれてしまいそうだった。
「崩れるぞ! 急げ! 走れ!!」
「ついてきて!私の最後の力で、皆を導く!!」
声は聞こえていた。
そうしないといけないのも判っている。
──なのに何故か力が入らなかった。
ぼやっとしていたのはわたしだけらしい、皆は一斉に走り始めた、わたしだけが出遅れた。
「わっ」
グイッと強い力に引っ張られる。
吃驚して、そしてその引っ張られた方向によろけかかった。
誰かがわたしを受け止めて支えてくれた。
「ぼんやりするな! 行くぞ!」
いつもは冷静な声が、その時ばかりはいささか熱を帯びていて。
わたしは声の主を見て、ちょっと、目を大きくした。
それから、そうしている場合でないのに、つい微笑んでしまっていた。
「シャドウさん──変わりましたね」
ようやく走り始めながら、そう、口の中で呟いた。
初めて会ったのは、もう一年前になりますか。わたしが林の中を彷徨っていたときですね。
……ええ、あの時は、ひどく困ってたところだったんですよ。
なにしろ、自分が何処にいるんだかサッパリでしたから。
その上、どうして自分が此処にいるのかっていうのも、これまたサッパリでしたから。
気がついたら、そこを歩いていたんです。荷物も何も持たずに。
自分の名前や住所だとか、基本的なことはちゃんと覚えていました。
なのに何故か、どうして自分がこの林の中にいるのかっていう部分の記憶が、そこだけがスッポリ頭から抜け落ちていました。
早速、困りました。
どうしていいのか、判りませんでした。
周りは人の気配もないし、どっちに行けばいいのかなんて見当もつかないし。
ただ、歩ける道を前進していたに過ぎませんでした。
フラフラ歩き始めて、どのくらい経った頃でしたか。
ガサッと、茂みが揺れたんです。
とても不安になっていた時でしたから、跳び上がりかかりました。読んで字の如く。
そうしてそこに現れたのは、一匹の黒い犬でした。
背中がザワザワザワッとしたのは、わたしがよく犬に吠えられるからです。
何もしてなくても吠えられる事、割とあるんですよね。そういう人って結構いるじゃないですか。
あまり好かれていないんですかね。わたし。犬には(まあそれも、どちらかと言えば、っていうくらいのものですけど)。
とにかくそんななので、吠えられると思いましたし、下手すりゃ跳びかかられて噛まれると思いました。
凍りつきました。そりゃもう、内心かなりビビりました。
見た目獰猛そうな犬でしたから。素手丸腰の自分に向かってこられるのは大変遠慮したいところでしたから。
なのに、どういうわけか、その犬はきょとんとしたように見えたんですよね。
そうしてしばらく、わたしを見ていたかと思ったら、とたたた、とこちらに歩いてきました。
見た感じのちょっと怖そうなそれとは逆に、仕草はなんだか可愛らしかったので、急速に凍りつきは解けました。
もしかして意外と人懐こいのかな、と思いました。
犬は、わたしの足元までやってきて座り込みます。
わたしをジッと見上げているんです。
身体と同じ漆黒の目に、敵対を表すものは見当たりませんでした。
少しの間立ったままでそれを見ていましたが、そろそろと、わたしは腰を落としました。
しゃがんでみると、高さが近くなったせいか、互いに対等になったような気さえしました。
おそるおそる手を上げてみましたが、やはり噛まれはしませんでした。
そっと頭を撫でてみましたらば、犬は気持ちよさそうに目を閉じましたので、なんとなくわたしもそのまま撫で続けていたんです。
「インターセプター?」
ハッと顔を上げた其処に、貴方が立ってましたね。シャドウさん。
その時のわたしには勿論、名前なんて判りはしませんでしたけど。
そしてその黒ずくめの格好を見たときは、流石にギョッとしましたけど。
わたしは再フリーズしかけましたが、その犬が貴方の方を向いて、元気よく一吠えしましたんで、そのおかげでまた解凍されました。
「インターセプター? ……かっこいい名前だね」
わたしは犬にそう言ってから、立ち上がってシャドウさんに向き直りました。
正直、口を利くのを躊躇ったのは否めません。
それでも声を掛けることを決心できたのは、さっきの、インターセプターと呼んだときの声の調子が、決して悪い感じでなかったからです。
けれどわたしが言う前に、シャドウさんの方が先に口を開きました。
まあ、覆面のせいで実際開いたかどうかは確認出来ませんでしたが。
「……他人に懐く犬ではないのだがな」
「……わたしは、犬に懐かれない方なんですけれどね」
そういえば、初めて交わした言葉はそれだった訳です。
……しかし今思うと、かなり微妙な出だし会話でしたよね。
もっといい感じのファーストコンタクトだったら良かったのになんて思わないでもないですが。まあ、ともかく。
貴方の方に戻っていったインターセプターを、シャドウさんは屈んで撫でました。
それを見ながらわたしは、そのまま尋ねることにしました。
「あのう。……二つ三つ、伺ってもいいでしょうか? 道に迷ってしまいまして」
「…………」
「ここ、何処なんでしょう」
「……ベクタの南の、名もない地だ。更に南に行けば街に出られる」
「べくた? ……どんな字を書きますか?」
訊くと、淡々と答えてくれましたが、耳にした限りそれはアルファベットにしか思えませんでした。
「……此処は日本ですよね?」
言ったら、それまでインターセプターを見ていた目がこちらに向きました。
シャドウさんの目はまるで刃物を連想させるような鋭さで、射すくめられそうに思ったのを今でもハッキリ覚えています。
それでも表面的には平静を保つのになんとか成功しましたが、その目の色から、わたしはなんとなくとてもイヤーな予感がしたんです。
それでも確かめなくてはいけないので、辛抱強く繰り返しました。
「にほん、にっぽん、ジャパン。……ですよね? 此処は。この国は」
「違うな」
即答でした。
「ここはガストラの統治する国。……不用意にそのようなことは口にしないことだ。聞くものが聞けば、ただでは済まん」
……この人は果たして正常だろうか。わたしはそう考えました。
気を悪くされないで下さいね、でも、シャドウさんだってたぶん、わたしの事をそう思われたんじゃないですか?
たぶん、お互いがお互いを訝しく思ってたと思うんですよね。きっと。
そんな感じだったもんで、つい、口を一文字にしてしまいました。
何を言っていいのか判らない状態でした。
それでも、此処から移動しなくてはと思いました。
人がたくさんいる場に身を移せば、いろいろなんとかなる可能性はありましたから。
とにかく、場所を移らなくては。
「……南、でしたか。街があるっていうのは」
「そうだ」
「そうですか。で、あの。南って、どっちでしょうか」
「…………」
シャドウさん。この時、絶対、かなりの確率ですごく呆れてたと思うんですがどうですか。
……しょうがないじゃないですか。だって、太陽は木々に遮られてイマイチ位置が把握できませんでしたし、そうなるともう、わたしには方角を知る手立てがなかったんですから。
しばし、沈黙が流れました。
その後、シャドウさんは無言で踵を返したので、置いていかれるのかと一瞬焦りました。
けれど、インターセプターはその傍に従って、でもわたしを振り返って、一回吠えました。
わたしには、ついてこいというように聞こえましたので、ちょっとだけ距離を置いて、ついていくことにしました。
結構な間、互いに無言で歩きました。
多少の気まずさと長い沈黙に幾分いたたまれなくなりながらも、ただひたすら付いていきます。
そうしてしばらく進んで、不意に茂みの切れ目が見えました。
そしてその向こうに建物の姿が続けてありましたから、それがシャドウさんの言ってた街なんだなと思ったんです。
安堵して、少し気が緩みました。
途端、何かがわたしの左上から降ってきました。
もっとも、わたしはその事にすらちゃんと気付いていなかったんですが。
ただ、知らないうちに事は済んでいたようでした。
いつの間にやら目の前には、身体を横たわらせた獣が一体。
その腹には一筋、赤い線が引かれてありました。
「わっ」
わたしは慌てて一歩、それから退きました。
「……おい」
「……はい?」
「あまり離れすぎるな。死んでも文句は言えんぞ」
苦無をしまいながらシャドウさんが言いました。
それで初めて、この獣がわたしに襲い掛かってきたのだと知りました。
わたしはただ、少し前を歩いていたシャドウさんが信じられないようなスピードで動くところ、その手元の銀に光るものが一線したのしか見ていませんでした。
だから、何がなんだか判らなかったんです。
シャドウさんはそれだけ口にすると、ふい、と顔を逸らしてスタスタ何事もなかったかのように歩き始めましたので、わたしも慌てて後を追いました。
さっきも言ったように、わたしはすぐに状況の把握が出来ませんでした。
だから、自分が命の危険に晒されたのだという事も、いまいちピンと来なかったんです。
ただそれは、ふと後ろを振り返ると目に入る獣の死体だけが示していました。
それを改めて見たときに、やっと本当に少しだけ、背中が冷たくなったんです。
わたしは前を向いて、シャドウさんとの距離を詰めました。
あまりに突然のことばかりで、半ば呆然としたり、ビックリしたり、胸中はいろんな事でいっぱいいっぱいでした。
けれども、歩いている間は、いろいろ考える時間がありました。
ほんとの本当にちょっとずつ、物事を頭の中で整理していったんです。
しばらくして、目の前を行く黒の背中を見ながら、思いました。
助けてくれた、んですよね。……ですよね?
何度もそうであることを確かめるように、考え直してみました。
だって、今だってこうしてちゃんと、たぶん一応、道を案内してくれているワケですし、もしそんな気がなければ、放って置かれても当たり前なのではないでしょうか。
その時点で充分、いい人なのだと言えるのではないでしょうか。
──そりゃあ、見た目格好は激しく怪しいし。
言葉はぶっきらぼうだし。
態度は無愛想だし。
空気だって近寄りがたい感は強烈なようでしたけど。
そして直ぐに人を信用しすぎてはいけないってのも、判っていましたけれど。
見かけによらず、実は結構、なかなかどうして 『 いい人 』 、なのかもしれない。
わたしはその時、そんなふうに思いました。
「あ、あの」
ふと、シャドウさんが建物の並ぶ方とは違う方向へ進んでいるのに今になって気がついて、わたしは恐る恐る言いました。
「……街は、あっちじゃないんですか?」
「……あれは帝国首都、近寄らない方が身のためだ。南にアルブルグという別の街がある」
こちらを見ず、シャドウさんは低い声で、それだけ言いました。
その後、街までの行程まではまた、無言の旅となりましたけど。
シャドウさんの後ろでわたしは
「この人はどういう人なんだろうか」と、少しばかり考え込んでしまっていました。
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