この世界にテレビやラジオの類はまだ存在しないらしく、情報の収集には文字が必要となる。
チョコボに乗った行商人には、毎回、新聞をお願いするようにしていた。
遠くから来てくれているので、内容は数日どころか数週間遅れのものになる。けれどそれは重要な情報源だった。
新聞はあるんだ、この世界。
そう思わず呟くと、近くに居たカタリーナがこんなふうに言う。

「この村にも、以前から届けてもらっていました。どうしても外界との接触が少ないもので、遠くで何が起こっているのか知る機会が限られていましたから」

相槌を打ちながら、何処で発行されたものなのかを訊ねる。
世界崩壊後もなお続けて出されているのは、サウスフィガロとジドールの二紙のみだという。
ティナやディーン達に読んでもらうと、内容は大きく異なっていた。
ジドール紙は政治やその他煌びやかな内容が比較的多く、対してサウスフィガロ紙は、世界の今の状況をありありと伝えるものが多い印象がある。
ただ、どちらにも共通している点が一点あった。
世界崩壊時に行方不明となった人達の消息を求める声、身元がわかった逝去者についてを知らせる内容、捜索願いといった特設の頁が設けられていることだ。

世界のある程度のことは、こうして知り得てはいた。けれど、実際にはしばらく、モブリズを離れていない。
もしかしたら、この世界は更にひどい状況に追い込まれているのではないか。そう思い始めていた頃に現れたのがセリス達だ。
それは、確かに希望だった。セリスとマッシュさんが生きている。
わたしとティナだけではない、ならばきっと、他の皆も生きているだろうと思う事が出来た。
けれど、そう思えたのは最初だけだった。
皆が皆、ブラックジャックから放り出されて、果たして無事でいられるものだろうか?
自分に出来たことを他の皆が出来ない筈はないけれども、それでも。
だからわたしは、前々からそうしていたように、あまりその事を考えないようにする。
そうしていても、新聞を読み上げてもらう時、亡くなった人の名や特徴を聞くのが怖かった。それを表に出すような事を、わたしはしなかったけれど。


モブリズの子供たちは、外で遊ぶことが出来ない。
わたしとティナとディーンとカタリーナ、四人でいろいろな事を提案し合った。
地下の壁に模造紙を貼って、お絵かきが出来るようにした。
ディーンとカタリーナで文字の読み書きを教えながら、アルファベットのパズルを作った。
ティナがまだ本当に小さい子の面倒を看ている間、わたしが折り紙を教えたり、自分の知る映画なんかのストーリーを昔話みたいに話して聞かせた。
いつもと変わりなく過ごしていると、一月程はあっという間に過ぎていく。

ディーンの様子がおかしいと思ったのは、その日の朝会った時からだ。
村の外のモンスターを狩りに出ようとしても、カタリーナが見送りに来ない。
いつも欠かさず手を振ってくれる彼女が、今日に限って。
それをディーンに言ってみても、固い表情で首を振るだけで、その時はただ喧嘩したのかな、くらいの気持ちだった。
けれど、モンスターと対峙してもなお、ディーンの様子はやっぱりおかしいままだった。
最近では独りでも充分この辺りの敵は倒せるようになってきた筈なのに、背後から襲いかかってきた獣に気付くのがあまりに遅い。
わたしが炎を投げ付けて難を逃れた直後のことだった。

さん、俺、どうしたらいいんでしょう……」

今にもその場にへたり込んでしまいそうな様子で、彼はそう口火を切った。
カタリーナと喧嘩したのなら、余程それが堪えているんだろうな、とは思っていた。
それはあながち間違いでもなかったけれど、次にディーンから出てきた内容は、予想の斜め上を行っていた。
カタリーナのお腹に、彼の子供がいるという。
それを聞いて動揺したらしく、ディーンは彼女に冷たい態度を取ってしまったと正直に話してくる。
一瞬ぽかんとしたけれど、そうなんだと次の瞬間には納得し、直ぐに、あの環境でお産というものは大丈夫なんだろうか、というのを考える。今のモブリズには医師という存在がいないので、万が一の時を考えると不安がある。
どうなんだろう、カタリーナはどうしたいのだろう。

そこまで思い描きながら、ふと目の前のディーンに目をやった。
これからへの不安が、彼を急に脅かしているみたいだった。
……それはそうだろうなと思う。こんなふうに、大人のいない村で。わたしやティナを除けば、自分がこれから先頭を切って生きていかなければいけない、この状況の中で。
自分に果たしてそれが出来るのかと不安で堪らないというのが、わたしにはなんとなく、解るような気がする。
――自分を見ているみたいなのに、わたしは彼にどうしてやればいいのかがわからない。
わからないまま、わたしはディーンの肩をぽんぽんした。顔を上げてこちらを見る彼に、一言、言ってやった。

「おめでとう」
さん……」
「でも、それなら今日はもう帰ろうよ。カタリーナ、待ってるよ、きっと」

そこまで言った途端、遠くで甲高い笛の音が響いた。村の方からだ。
ハッとディーンがその方向を仰ぐ。見張りの子に持たせておいた笛の音だ。
モンスター狩りに出ている時でも直ぐに戻ってこれるように、何かあれば吹くようにと言ってある。
さん、村に……っ」、
戻りましょうと続くんだったろう言葉が、後方から現れたモンスターに阻まれた。
最初の一撃はかわしたものの、見れば比較的体躯の大きな怪物だ。今は相手をしている場合ではない。
わたしはポケットの中から取り出したものを握り締めた。使い方は、あの人に教わって知っていた。
間髪なく煙玉を地面に叩き付けると、一瞬で視界が白く膨れ上がった。
「ディーン、行くよ!」、わたしは返事がある事を確認して、その場を駆けた。



見覚えのある後姿に、わたしは挨拶代りのファイラを投げ撃ってみる。
幅広の背は当たり判定が大きくて助かる。
狙いが逸れることなく命中するも、フンババは直ぐに此方を捉えて雷の魔法を詠唱し出した。
わたしはちらとその向こうを見た。ディーンが此方を見て肯くのを確認して、わたしは怪物と向き直る。
サンダラをそのまま反射魔法で弾き返して、その間に距離を取る。
ディーンは、いつものように皆を地下で守ってくれるだろう。
わたしは改めて真正面から怪物を見た。
なんとなく、戦いの癖というのか、攻撃のパターンは分かってきている。今日こそ倒すしかない。
大丈夫。負けない。

真っ直ぐ此方に向かってくるのを堂々と避ける事にして、レビテトの応用で中空に跳ぶ。
刺々しく生えた背の角みたいなものを避け、何とかその頭部にひょいと乗っかる事が出来たのは、僅かながら怪物の時間を止める事が出来たからだ。ただ闇雲に攻めるだけでは駄目なのだと、いつかシャドウさんが言っていた。
「流れを自分のものにしろ」 と。
目の前の物事だけではなく、その場の全体の流れを見るのだと。
ただ攻撃魔法ばかりを放てばいいと思っていたわたしには最初、それが今一つ呑み込めなかったものの、今ならば少しはわかる。
わたしは目の前の敵を見下ろした。
もうじき時間の凍結は解けるだろう。
攻めの頃合いが整ったと判断して、敵の掴めそうな身体の一部(正直あんまり触りたくないのだけれど)を引っ掴んだ。
目蓋みたいだったけれど、それならそれで、まあいいかと思う。
構わずそのまま、その真下に魔法を纏った手刀を振った。

っ!!」

怪物が絶叫するのと、名を呼ばれたのが被っていたけれど、わたしは暴れ出すフンババから一足先に離れた。
チラッと見ると向こう側にセリスがいて、他にも何人かの姿が見えた。
マッシュさんと、あれは、エドガーさんだろうか。
一瞬で判別出来ない、他にも誰かいるかもしれない、わからない。
わたしはそれでも一瞬、心の中で片腕を高々と振り上げざるを得なかった。
なんてなんてなんて間のいい人達だろう、この、正に戦いの瞬間に訪ねてきてくれるなんて!!
思ったのは本当に一瞬だった。それどころではなかった。
何とか地面に着地して振り仰ぐと、魔法が解け片目を失ったフンババが激高した様子で雄叫びを上げていた。
態勢を立て直そうと一旦距離を取る間、皆が後方から援護をしてくれた。
突き刺さるボウガンの矢を、片目を押さえたままフンババが振り払うけれど、その腕をセリスが魔法で封じてくれる。
次の魔法をと利き手に魔力を集め出したその時、わたしはひどく鮮明な幻を見た。


「火遁!!」


轟音と共に目の前に広がる、鮮烈な紅の炎。
瞬間的に膨張した熱い空気が一時に吹きつけてくる。それでいてなお、その炎から目を逸らせない。
わたしは、この炎を知っている。
それは、なんて、きれいな――。
戦闘中という緊迫した瞬間にも拘わらず、わたしの意識は完全に幻に持っていかれてしまっていた。
気付いた時には、炎の中から現れた怪物が目の前にいた。
その事実よりも、皮膚が焼け爛れて焦げる独特のきつい臭気にこそ思い切り顔を顰める。
咄嗟に、ほとんど平手打ちの形でその横面をはたいていた。
蝿や蚊を薙ぎ払うみたいなつもりだったのに、魔法を放とうとありったけの魔力が手に籠っていたので、わたしの方こそが驚くぐらいの勢いでその巨体が吹き飛んだ。
傍から見ればほとんど殴り飛ばしたみたいに見えるかもしれない。

激痛。

不意に、お腹の辺りに感じた事のないくらいのものを感じた。
見れば、今日はこんな色の服だったっけ、というくらいの赤黒い色。
三秒くらいしてからフンババの爪跡に気付いて、たった今攻撃を受けていたのだという事にやっと思い至る。
直ぐに癒しの魔法で傷を塞ぐけれど、急にがくんと力が抜けた。
魔法の力が少なくなってきている、此処で魔力をカラにするわけにはいかないのに。
立っていた筈なのに、気付けば地面の上に膝をついている。

急に、喉の奥から何かがせり上がってくる感じがした。
ものを吐く時に似た感覚に思わず口を開けると、歯と歯の間からドッと何かが溢れてきてわたしはびっくりした。
見れば結構な量の血で、吐血したらしいとわかる。
傷は塞がっているし痛みももうない。けれど、身体の内側には出血が残っていたかもしれない。
……大丈夫。見た目ほど大したことはない。
それよりも魔力が尽きかけている事にわたしは戦慄した。まだ、敵を倒していないのに。
思いながら、それでも、わたしはほんの一瞬だけ意識を失う。
倒れかけ際に振り仰いだ空、そこに一閃する淡い光を見た気がする。
それは、幻獣化したティナの姿によく似ていた。


直ぐに、無理矢理目をこじ開ける。
――起き上がらなくては! 寝ている場合じゃない、あの怪物を倒さなくては――!!
しかし、それを、誰かに遮られた。

「動くな、ジッとしていろ」

その声はすぐ真上から降ってきていて、はたとよくよく見れば、視界は黒く塗りつぶされている。
この声を、この温度を、この口調を、わたしは知っている。
シャドウさんはわたしを覗き込むと、そっと手を頬に宛がった。
手袋を外しているらしく、ひやりとした温度の彼の指がそのまま当たる感覚。
息を漏らそうとして、口から出る音がひゅうひゅう言っている事に気が付く。
口に貼り付いた血が既に固まり掛けて、息の出入り口が狭まっているせいらしい。
ああ、やだなあ、と思う。シャドウさんの前で、何だかとんでもなく重傷の人みたいだしひどい格好だし、ああもう、嫌だなぁ。
わたしはものを喋ろうと、口をそっと開けた。
唇にくっついていた血を引き剥がしていく感覚が、正直堪らなく嫌だった。

「喋らなくていい」
「……大袈裟ですよ、怪我ならもう魔法で治ってますし。それに」、
わたしは息を吐くと、そのまま続けて言った。
「また、いつもの夢なんでしょう? ……そうですよね、シャドウさん」

間近にある両の目を見ると、向こうも見返してくれる。
わたしの言葉の意味を探ろうとしているのか、そうでないのかは判然としない。どちらでも良かった。

「わたしが目を覚ましたら、シャドウさんは傍にいないんですよね。いつもは、夢だって見破れないですけど……」

でも今日は、やっと見破る事が出来たんですよ。
最後まで聞かずに、シャドウさんはわたしを抱えたまま立ち上がった。
そんな事したら、わたしの血糊が彼の黒衣に付いてしまうのにと思う。夢だけど、そうだとしても。

「待ってください、まだ敵が、」
「……もう終わった」

どうでもいい事のように、その人はそう言う。
夢の中では倒し終わったのかもしれないけれど、現実世界ではそうでないかもしれない。
だからわたしは目覚めなくてはいけない、戦わなくてはいけない。
でも、……本当にそうなんだろうか。
ふと、わたしはそんな事を思う。一体何処からが夢で、何処からが本当の事なんだろう。
もしかしたら怪物の襲来自体が夢なのかもしれない。或いは、世界の崩壊も夢だったのかもしれない。
そうでなければ、わたしがこの世界に迷い込んだ事さえ、全てが、夢なのかもしれない。

――急に、泣きたいような気持ちになる。
ずっと、いつも通りの自分でいるようにしてきた。
以前に怪物が村を襲ってきた時も、決して慌てたりする事なく振る舞ってきた。
一番年上の自分が取り乱していたら、子供たちみんなだって怖がるに決まっている。
わたしは平然としていなければならなかった。強くならないといけなかった。
……居なくてもいい存在かもしれないけれど、居る以上は、そうでなければならない。
けれど、時間が経つにつれて自分が疲弊していく事にも気付いていた。
セリスはこの一年を経たわたしを「強くなった」と言ってくれたけれど、そして実際に、戦いの面においてはそうかもしれなかったけれど、中身はひどく脆かった。
夢に縋りつかなければ、自分を保っていられないくらいに。
わたしは、夢の中のシャドウさんを見上げる。その目はもう前を見ていて、何処かにわたしを運ぼうとしているのが分かる。
……あと、どのくらいの間、この人と共にいられるだろう。

「シャドウさん」
「…………」
「わたしの目が覚めるまでの間、こうしていてもいいですか」

すぐに、終わりますから。
わたしは目の前の黒装束の胸の辺りを握り締めた。消えてしまうと解っていても、それでも、この手で繋ぎとめたい。
シャドウさんは、ただ、 「ああ」 と応えてくれる。
……全部、夢だ。目覚めれば何も残らない。全ては幻――。
わたしは何も考えられなくなって、ただそっと目蓋を閉ざした。




地下には、太陽の日差しは差し込まない。
わたしは覚醒すると、なんとなく最初に腕時計を見た。
五時十二分――朝の? 夜の? 判別できないけれど、外に出ればわかるだろう。
寝かされていたのはいつものモブリズの地下空間の端っこで、周りには誰もいなかった。
次いで、自分のことを確かめた。服はさっきまでと違うものを着ている。
着替えさせてくれた――血と敵の爪跡でぼろぼろで酷かったから?
ならやっぱり、途中までは夢ではなかったのか――、お腹の辺りにそっと手をやっても、傷や血は残っていない。
けれど口の中はまだちょっと鉄っぽい味が残っている。それに、夕べはお風呂だって入っていない。
わたしはベッドから抜け出すと、階段を上って一階に出た。見張りの子が吃驚したようにこちらを見るけれど、もう大丈夫だと伝える。聞けば、今は朝だという。他の皆が起き出すまで時間はあるだろう。
わたしは地下のあるこの建物から出て、少し離れた家屋に入った。
井戸水の設備が村で唯一残った家で、入浴の時はみんな此処を順に使う。
何とか人心地つく頃には、空は大分明るくなっていた。
珍しく雲の切れ目があり、所々で空が覗ける。
風が靡き、朝露が陽の光に煌めいている。……きっと全部が、幻ではない。

!」

呼ばれて振り返れば、ドンという衝撃。誰かが抱き着いてきたのがわかる、それというのは、
「リルム……?」
初めて会った時から身に付けているお気に入りらしい帽子、そこから覗く金髪がふわふわと揺れている。
吃驚した? というような悪戯っぽい目が、此方を真っ直ぐに捉えていた。
わたしがぽかんとしていると、すぐにその表情がくるくる変わり、ほっぺたが膨らんだ。

「もう! ! 久しぶりに会ったっていうのにもっと何かリアクションないの?」

このリルム様を前にしてるんだから、可愛くなったとか美人になったの一つくらい、言ってよね。
そんな事を捲し立てる彼女に、わたしは深々と頭を下げた。

「リルム、ごめんね」
「えっ? 何が?」
「ブラックジャックから放り出された時、手を繋いでたのはわたしなのに気付いた時にはリルムから離れちゃってた。ずっと心配してたんだよ」

ごめんねともう一度繰り返すと、リルムは何でもないように肩を竦めた。
あんな状況じゃ、しょうがないじゃん。それより、ちょっとこっち来てよ。
そう言って手を引くリルムが連れてきたのは、村はずれの納屋だ。
屋根が崩れかかっているけど、農具なんかはそのまま残されている。ちょっとした広さがあるその場所に皆はいた。

! 身体は大丈夫?」
「うん、昨日はちょっと魔法の力使い過ぎただけだし……」

言いながら見れば、かつての仲間のほとんどが揃っている。
顔が見えないのは数人ほどで、それでもきっと全員が集結するだろうと何故だか思うことが出来る。
輪の中にいたティナが、
「私も皆と一緒に行く」 と言い出した。
戦う力を取り戻したのだという。子供たちのこれからのために、皆と共に行くのだという。
彼女はわたしを真っ直ぐに見た。も行くでしょう? そう目が言っている。
話を聞けば、昨日あの後、確かにフンババは倒したのだという。ならば、わたしも不安はもうない。
ディーンはもう大分成長したのだから、わたし達が不在の間もこの村を守ってくれるに違いない。

そう思い巡らせていた時、わたしは凍りついた。
皆の姿の後ろに、はっきりと黒装束が見えたのだ。
仲間のうちの誰かが、「先に外に停泊している新しい飛空艇に戻っているから」と言うのを皮切りに納屋を出始める。
ティナが小さく微笑みながら、「私、カタリーナ達のところに行ってるね」と言って出て行く。
気を利かせてもらったらしく、後にはわたしとその人だけが残される。
シャドウさんは、いつもどおりのシャドウさんだった。ただ静かにその場に存在している。
……目が覚めた筈なのに、まだわたしは夢を見ている。
そう思って自分で頬を抓ってみるのに、なかなか目が覚めなかった。

「……何をしているんだ」
「わたし、夢の中で自分のほっぺた抓って起きられるんですよ。言ってませんでしたっけ」

それなのに、まだ目が覚めないみたいで。
言って、更に力を込めようするのをシャドウさんに止められる。

「よせ、赤くなるぞ」
「でも、」

また、あの虚しい思いをするのは嫌なのだ。
そう続けようとして、けれど、言葉は途切れたままだった。
シャドウさんがわたしの背中に手を回してくれたと解るまで、少しかかった。
シャドウさんの向こう側にガラスが割れたままの窓があって、静かに朝の陽の光が射しこんでいる。

「おまえが倒れたのを見た時――」、
本当にすぐ傍で紡がれる声は、ともすれば聞き逃してしまうかもしれないような、ごくごく微かな震えがあった。
「おまえを、失ったかと思った」
「ちゃんと、いますよ。此処に」
「そうだな」
「シャドウさんこそ」、今度は私の番だった。続けた。
「次にわたしの目が覚めた時、その時も近くに居てくれますか……?」

シャドウさんが此方を見た。目と目が、合っていた。

「……今まで、すまなかった」

わたしは首を振ると、シャドウさんの胸に額を押し付けた。
夢が、終わる。
背に回る腕の力強さと、全身に感じる体温があった。
わたしはもう、空虚な夢を見る事はない。
次に眠りに落ちて大切な人が其処へ現れたとしても、目覚めた時にだってその人は傍に居てくれる。
そう信じる事が、今のわたしには出来た。
遠くから、鳥の囀り。風の吹く音、子供たちの笑い声。――朝の陽光が、納屋の中を静かに満たしていく。
その中で、わたしは大切な人と再び出会う。
きっと此処が、わたしの夢が終わる場所なのだ。わたしは、そう思った。






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