ある日のことだった。
外飼いにしている犬達のけたたましい吠え声に、皆が一斉に顔を上げた。
たまたまこの日は、わたしも外出せずに皆と一緒に居た。だから、
「ディーンとティナは皆と居て。ちょっと見てくるね」 と残して階段を駆け上がった。
玄関の傍では、見張り当番の子が緊張した面持ちで外を見やっている。
「どう?」
「男の人と、女の人だよ。一人ずつ。男の方はすごく大きいよ。……、大丈夫?」
「わたしに任せて駄目だった時って、今まであったかな」
極めていつも通りに言うと、黙ってその子は小さく肩を竦めてみせた。
わたしやティナがこの村を訪れたように、世界が崩壊してからは、見知らぬ誰かがやって来るというのは珍しくない。
(ディーンとカタリーナから聞く限りでは、以前までは地形の関係もあって、村人以外の出入りは少なかったと聞いている)
けれど、今この地にやって来るのはいい人達ばかりではないようだった。
それというのは、世界が荒廃した結果なのらしい。
一見廃村に見えるこの村から、仮に残っているならば金品を奪取しようという事らしかった。
これまでの経験上、吃驚する事に訪問者の半分以上がそういった人達で、わたしは正直げんなりしていた。
中には大分乱暴だったり粗野な人もいて、こうして此処から見ているだけでも眉を顰めたくなる事をする者もいた。
それを、子供たちはひどく嫌がった。
故に、番犬達が吠えるのを聞いたら、する事は決まっている。
悪そうな人達であれば、ご退場頂くのだ。魔法があれば、決して難しいことではない。
わたしはそっと外の様子を窺って――、すぐに見張りの子に言った。
「ね、お願いなんだけど、ティナを呼んできてくれる? ……出来れば急いで、ね」
その子はちょっと吃驚したように此方を見てきた。
けれど、わたしの表情を見て大事ではないと判断したらしい、ただ一つ肯いて階段の方へ駆けて行った。
その間、わたしは来客のお出迎えをする事にする。
……こういう時、映画だったらちょっとした、ドラマチックな演出があったりする。
しかし自分の場合はといえば。
堂々と玄関を開け放つと、途端に番犬たちがわたしに向かって一際大きな吠え声を上げた。
一年近く此処にいるというのに、まるで顔を覚えられていないのか、何なのか。
「こら、こういう時くらい静かにして! めっ」
「……!?」
わたしは二人に向けるより先に、犬達を叱る声の方を上げる羽目になってしまった。
予想はしていたけれど。毎日吠えられているし。わたしは苦笑いを浮かべてみせた。言った。
「こんな出迎えでごめんね、セリス。マッシュさんも」
久しぶりに顔を合わせた仲間は、確かに其処に存在していた。夢のように掻き消える事もなく。
地下に二人を迎え入れると、カタリーナがお茶を淹れてくれる。
セリスもマッシュさんも、驚いたようにこの地下の空間を眺めている。
「こんなに広い地下室があったのか、この村……」
そうマッシュさんが呟いていて、ティナとわたしは顔を見合わせて少し笑った。
わたし達も、最初の頃に此処へ通された時は同じ反応をしたのを思い出す。
「元々孤立した集落でしたから、食糧の備蓄が出来るようにって事だったみたいですね。私は子供の頃、かくれんぼに使ったりしてましたけど」
そう言ってお茶を置くカタリーナは微笑んだ。
実際、此処を訪れた時には非常食や飲料水が多く残されていた。今はそれも、大分目減りしてしまったけれど。
「食べ物は足りているの?」
「定期的に、チョコボに乗った商人さんが必要なものを届けてくれるの。今のところは何とかやっているわ」
セリスの言葉にティナが受け応える。
長い時間が経っているにも関わらず、そんなふうには感じられなかった。
ついこの間まで一緒にいた友人同士で過ごす時間が、一時に戻って来る。
お互いに話をして、色々な事を聞いた。
セリスはつい最近になるまでずっと眠っていたという事、マッシュさんは今までずっと世界を回っていたという事。
二人がやっとの事で行き会ったのがほんの一週間ほど前のことだという事、それから世界の現状の事……。
「ツェンの町も裁きの光で攻撃を受けていたなんて……」
「でも幸いなことに、犠牲者は出なかったわ。間一髪だったけれど」
「だな。あの時セリスが来てくれていなかったらと思うと、今でもヒヤッとするぜ」
わたしは皆の言葉に耳を傾けながら、あれこれと思考する。
ティナが戦えない事を告げると、二人ともやはり少なからず驚いていた。
これまでの戦いでは、彼女はその鍵となる位置にいたのだから、致し方ないのかもしれない。
こうしてわたし達はセリスとマッシュさんに再会する事が出来たけれども、そして彼女らは最初「一緒に行こう」と言ってくれたのだけれど、わたしはまだ、その誘いに肯く事が出来ないでいる。それというのは――
バタバタと慌ただしく駆ける物音と共に、閉じられていたドアが開かれた。
見張りの子が真っ直ぐにわたしを捉えて叫んだ。
「! フンババが!! またフンババが来たよ!!」
「フンババ……?」
「モンスターです。今までに二回襲撃を受けてて。いつもあと少しで倒せそう、ってところで逃げられちゃうんですよ」
わたしは言いながら上着を羽織った。
見張りの子から場所を聞き、それからセリスとマッシュさんに向き直る。何も言わずとも、二人とも肯いてくれる。
……三人ならば、今日こそ倒せるかもしれない。
わたしはティナを振り返った。この面子でありながら、それでも何処かしら心配げな表情をしている。
わたしはいつも通りに「行ってきます」と手を一振りして部屋を出た。
地下で一番広い空間を横断する間には、子供たちの声が掛かる。
その多くは応援だけれど、中には怖くて泣きそうになるのを堪えている子もいる。
「もう来ないって思ってたのに!」
「フンババが前に来たの、ずいぶん前だよね。今まで来ないでいたのに、なんで……」
「はいはい、騒がなーい」
わたしが軽い口振りで言うと、何人かは静かになる。
「今からおねーさんがどうにかしてくるから、騒がなーい」
「……ほんとに? 大丈夫?」
「大丈夫、だってほら、今日は仲間もいるし。ね?」
両手を広げてセリスとマッシュさんを示す。
「だから皆、いい子で待ってるようにね。わかったー?」
「……うん」
「早く、帰ってきてね」
「はいはい、任せといてー」
言って、わたし達は部屋を出る。
……早く、帰ってこなければ。
そう思い真顔に戻ると、わたしは外への通路を急いだ。
地面には所々にひび割れが残り、砂と土が入り混じった風が通り過ぎていく。
……また、逃げられてしまった。
図体は丸々としていてあまりそう見えないのだが、俊敏の部類に入るのだろう。逃げ足も大分早い。
それにしても、これで三度目だ。
前回までだってそれなり魔法で追い詰めていたというのに、性懲りもなくやって来るのは何なのだろう。
「毎回こうなんです。……何がしたいんでしょう、意味がわからなくって」
そんな事を口にすると、マッシュさんが何か考え込むような素振りを見せた。
どうしたんですかと訊ねると、
「いや、ばあやに子供の頃、昔話を聞かせてもらったことがあるんだ」、と切り出す。
「フンババって怪物は、人間の子供を食らうんだとさ。遠い昔に封印されたっていう話だけど、今の奴がもしかしたら……」
「……そういう事ですか」
わたしは少し納得する。
同時に「マッシュさん」、とわたしは口のところに人差し指を立てて、続けた。
「今の話、皆には内緒にしてくださいね。怖がりますから」
「そうね。それが賢明だわ」
そうセリスも肯く。
地下を出てくる時だって、敢えて軽口を叩いて出てきた。でなければ子供たち皆が怖がって、どうにもならなくなってしまう。
とにかくそういう事であれば、やはり、きちんとあれを葬り去らなければならない。
内心でセリス達との同行をきっぱりと諦め、それを形にしようと口を開きかけた。
その時になって、わたしは目の前の友人がジッと此方を凝視している事にようやく気付いた。
「えっと……、どうしたの、セリス」
「……、貴方、さっきの怪物と今までたった独りで戦ってきたの?」
「最初はティナと一緒だったけど……」
今の彼女を戦いの場には連れ出すわけにはいかない。
ディーンは最近になってようやく中等魔法を身に付け始めたばかりだ。
それに万が一、わたしに何かあれば、後は彼にこの村を任せるしかない。そうなるつもりは毛頭ないけれど。
言うと、まじまじとセリスはわたしを見て、ぽつりと言った。
「強くなったわね、」
「でしょう?」
わたしは当然、とばかりにおどけて乗っかってみる。
本当はそうではないのだと、口にするわけにはいかない。「だから」と、村の方へ戻りながらわたしは言葉を繋いだ。
「この次来たら、わたしがトドメ刺しておくからご心配なく」
「、じゃあ……」
「……今、このまま此処を離れるわけにもいかないもの」
わたしは軽く笑んでそう言った。
セリスもマッシュさんも、顔を見合わせたけれどそれ以上は何も言わなかった。
この村の現状を見れば、この選択を二人とも分かってくれるだろう。
気付けば既に村の門の辺りまで辿り着いていて、わたしは改めて番犬達に吠えられることになった。
「もー、静かに! めっ」
「……、いっつもこうなのか? こいつら」
「あれ、言ってませんでしたっけ? わたし、よく犬に吠えられるんです。何でかはわかりませんけど」
「いや……、ほら、シャドウのインターセプターとは仲良かったろ? だから……」
其処まで言って、マッシュさんは言葉を途切れさせた。
見れば、セリスは何事もなかったかのように素知らぬふりだが、マッシュさんは脇腹を押さえている。
どうもどつかれたのらしい、わたしは笑いも隠さずにそのまま言った。
「インターセプターには、何故か吠えられた事、ないんですけどね」
「……」
わたしは小さく笑うと、改めて二人を見た。
話を聞く限り、二人がシャドウさんに繋がる手掛かりを得た様子はない。それに、もしそうなら真っ先に教えてくれるだろう。
けれど、セリス達はきっとこれから先、仲間である皆のところへ行き着くだろう。
わたしは二人に向かって懇願する事にした。
「お願いがあります、……また此処に、わたしを迎えに来てくれませんか」
その時までには、きっとあの怪物を倒しておきますから。そうしたら……。
ポンッと頭をぐりぐりされる。マッシュさんだ。
「わかった、絶対また此処に来る。でも、無理だけはするなよ」
その言葉にわたしはひとつ、肯いた。
シャドウさんとわたしは、わたしの世界に居た。
ショッピングモールをあちこち歩く。
いつもと変わらぬ黒装束なのに、行く先々での人達はシャドウさんを気に留めるでもなく、ごく普通にしている。
それはわたし達も同じで、荷物をいくつも抱えて歩いていた。
モブリズに今必要なものをわたしは覚えている。それを順番に買い込んでいって、そうしてわたしは、ふと途中で、その人を振り返る。
どうした、というふうにシャドウさんは此方を見る。其処にあるのは確かにその人の眼差しだった。
ほんの僅かに細められたその目を、わたしは見返すことが出来る。
どうしてだろう。それだけの事の筈なのに、わたしは嬉しくて堪らない。
何でもありません、と首を振る時になって、不意に世界はやわらかく暗転した。
目を開ければ傍らにティナがいて、
「起こしてしまってごめんなさい」 と彼女は言った。
「いつもの商人さんが来てるの。も売り物、見たいんじゃないかなって……」
「でも今、シャドウさんと一緒に買ってきちゃったよ……?」、
そこまで言って、直ぐに夢だと判ってわたしは頭を振った。
「ごめん、何でもない、すぐ行くから……」
「……ううん、ごめんなさい。は、まだ休んでいて。今日は私が買っておくから」
ティナはそう言って、起き上がろうとしたわたしの肩をやんわりと押し留めた。
パタンと閉じられた扉の音の後には、自分しか残されていない。もたげていた頭を元に戻す。
……今日も夢だと、見破ることが出来なかった。
そうぼんやりと思いながら天井を見つめていると、思いの外早くにティナが戻って来る。
けれどその顔はどういうわけか、今にも泣き出しそうな其れだった。
わたしがそっと、どうしたの、と訊ねれば、 「ごめんなさい」 という音が零れ落ちる。どうして、何が。
そう問うと、彼女は顔を伏せたまま続けた。
「、本当はセリス達と一緒に行きたかったんでしょう? シャドウを、探しに行きたかったんでしょう……?」
「…………えーと、あの」
「でも、此処に居る皆を案じて残ったんでしょう?」
「ティナ、あのね」
「私が戦う力を失わなければ、私も戦えたなら、この間こそ、あの怪物を倒す事だって出来たかもしれなかったのに、私、私……!」
ごめんなさい、と彼女はもう一度言った。
わたしはというと、……正直、大層申し訳ないと思う。
ティナがそんなふうに気に病んでいるというのは、つまりはわたしの振る舞いが至っていなかったという事であり、彼女への配慮が足りなかったという事だ。
わたしって、まだまだだなあ、と思う。
此処では一番の年長者なのだから、もっとしっかりしないといけない。
そうしてふと改めて、顔を伏せたままのティナを見る。
一年前の、まだ出会ったばかりのこの友人は、「人はみな力が欲しいのね」と悲しそうに言うような子だった。
自分のようになりたいのだろうかと。そんな彼女が、今は力を取り戻したいとも取れる事を口にしている。
けれどわたしは、ティナはこのままでもいいのではないかと心の何処かで思ってもいた。
まだ彼女は成人すらしていない女の子で、本当なら、戦いに身を投じるような事もなかったのだろうから。
思うけれど、どんなふうに言えば、ティナの気持ちを和らげられるだろう。
何か気の利いた言葉はないものだろうか。例えば、
「えっと、 『 空気と光と友人の愛 』 ……」
「……えっ?」
きょとんとティナは此方を見るけれど、構わず続けた。
「 『 これだけ残っていれば、気を落とさなくてもいい 』 ……、あれ、落とすことはない? だったっけ」
「…………?」
「みたいな言葉が、わたしの世界にあってですね」
「…………」
「今のわたし達にぴったりの言葉かなあ、って」
「…………」
「……えーと、つまり、ティナがそんなにへこむ必要なんて、これっぽっちもないと思うんですけど……」
思い浮かんだ言葉を言ってみるけれど、ティナはあまり反応がない。
すべったなと思い、わたしは自分自身で何も無かった事にしようとした。
にも関わらず、そのティナはといえば少しだけ黙っていたかと思うと、「空気と光と」、と呟くのでわたしはぎょっとした。
「友人の愛……」
「ちょ、止めて! リピートされるとか地味に恥ずかしいから止めてー!!」
真顔で繰り返されると、思った以上に恥ずかしい事この上ない。
此方のその喚きっぷりにこそ和んだのか、ティナは小さく、ふふっと笑った。
それどころかこの友人は、、と呼び掛けるとこんなふうに続けてくれた。
「……一緒にいてくれたのが、あなたで良かったって思うの」
「……ええっと、うん。……それは、どうも」
恥ずかしげもなく言うティナに、わたしは短く答えるだけに留めた。
けれど、心の片隅では、本当は自分は、此処に居なくたっていい存在なのだとも思ってしまう。
何故ならわたしは本来、この世界にいる筈のない人間だからだ。
その思いを表に出すような事を、わたしはしなかったけれど、それでも。
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