かたんかたん。
かたんかたん。
規則正しい車輪の音。


ふと目を開けると、自分が列車の中にいると分かりました。
座席に座っていて、向かい合わせの形になった席には誰もいなくて。窓を見ます。真っ暗。夜なのか、それともトンネルの中を通っているのか、まだ分かりません。
そうっと腰を持ち上げて辺りを見ると、わたし以外は誰もいませんでした。
頭上の灯りはふつうに点灯していて、ガラ空きの車内にただ一人、という感じです。

奇妙な感じでした。
一人には違いないんですけど、荷物はあちこちに残されていました。それも、あっちこっちに。
ついさっきまで、それなりの人数が乗っていて、でも荷物だけ残して誰もいなくなってしまった……そんなふうに見えます。

そろそろと座り直します。
列車の中は、わたしの世界の列車とは少し違ってて。
きっと、こちらの世界の列車なんだろうな、と思います。

(夢をみてるんだな)

ふと、そう分かりました。
わたし、明晰夢をよくみますから。
ああ、これ、夢ですね。はいはい。……そんな感じでした。

暗い車窓は、ほとんど何も映しません。
けれど見ていると、時々灯りらしいものが通り過ぎていきました。夜という設定なのかもしれません。
夢の中でわたしは唐突に、列車の二人掛け用の座席にぽつんと座っていたわけです。


バン、と乱暴な音がしました。
そのまま座っていたら、急に車両の扉が開いて、男の人が二人現れたんです。
わたしは比較的前の方の席にいましたから、彼らがこちらを捉えたのはすぐです。
驚いたみたいに一人が足を止めて、もう一人も同じ動きをしました。

「なあ……さっき乗客、全員最後の車両に移動させたはずだよな?」
「ああ」
「……」
「……」
「一体、何処から湧いて出たんだ?」
「知らん」

片方が言って、もう片方が短く受け応えます。
わたしのことを言ってるんでしょうけど、わたしは(夢だしなあ)と思って、一度チラッと彼らを見て、そのまま座ったままで知らないフリをしていました。
何故って、面倒くさかったんです。
パッと見、いわゆる「いい人」に分類されるような人達ではなさそうでしたから。
関わらない方がいいかなあって思ったんです。夢ですけど。

ですが、そうもいきませんでした。
眼帯をした方の人が、「なあ、おねーさんよ」と言いながら訊ねてくるんです。
「一体いつの間に入ってきたんだ?」って。
「さっきの間に」と適当に答えれば、
「何処から」と続けられます。

「えっと。気がついたらここに居たので、何処と言われると困るんですけど……」
「ふーん……なあ相棒、どうするよ」、
ポリポリと頭を掻きながら眼帯が『相棒』を見ないまま言います。
「もう誰もいないと思って顔も隠してねえし。どうするよ、このおねーさん」
「あ、どうぞお構いなく」

わたしは片手で眼帯を制しました。

「そう長居するつもりもないですから」
「……なー。俺、強盗相手に『お構いなく』っていうおねーさん、初めて見たわ」
「俺もだ」

呆れているのか、……たぶん呆れてたんでしょうね。
二人とも何とも言えない感じでそうやり取りしてましたけど。
それより眼帯の人が言った「強盗」というワードの方が気になりました。
聞き間違え? でも他に、それっぽい言葉もない気がします。
それに状況からすれば、この二人はつまり、そういうことなのかもしれません。念のために訊いてみました。

「お兄さん達、強盗なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた! 俺たちはな、泣く子も黙る『世紀の列車強盗団――』」
「名乗ってる場合か」

相棒の方が仏頂面のまま、眼帯の頭をベシッと叩きます。
オーバーリアクションで痛がる眼帯が、
「せっかく俺の考えた最高のコンビ名が日の目を見るところだったのに!」と子供みたいに口を尖らせて言うのを、相棒がすげなく一蹴しました。

「それよりこの女をどうするかだろ。時間がないんだ」
「そりゃーそーだけどよー……」

グズグズとまだ渋ってる眼帯は、その場面だけ見れば憎めないような印象でした。
もう片方は……、不思議ですね。
聞いたことのある声に思えました。
でも、すぐに思い出せない。……夢って、そういうことありますよね。
目が覚めれば、(何で夢の中なのに上手くいかないんだろう)って、そういうことばかりで。

そして実際、どうしても思い出すことができないでいました。
射抜くような目も、よく知っている誰かのものに似ていると分かってるのに。
なのに、ふわふわとした夢は明瞭な思考を何処か阻んでくるんです。

ともあれ、わたしはそんな場面に飛び込んだ形でした。
つまり、強盗のお仕事の最中に出くわしてしまったようでした。
こっちとしては、別に邪魔をするつもりも何もありません。夢ですし。

「たぶんもうすぐ覚めると思うんで、わたしのことは放っておいてもらっていいですよ」
「そうもいかない」
「ハッキリ顔も見られちまったしなあ」
「わたし、人の名前と顔を覚えるのすごく苦手なんで。その辺は大丈夫だと思いますけど……」

こちらとしては、普通に受け応えているつもりでした。
なのに、向こう二人は何だか変な顔をするんです。
そしてそれこそ、
「変な女だ」と独り言みたいに相棒の方が言いました。

「怯えてもいないし、妙に落ち着いている」
「……何か怯える必要、あります?」
「そこはさあ。列車強盗団としての面目というか。きゃー、イヤー助けてー怖ーい! とかそういう感じに普通ならない?」
「普通、そうなりかけたところで『騒ぐな』って流れになりません?」
「まあ……正にさっき、そうなったんだけど」
「じゃあ最初からわたし、騒いでないんだからいいじゃないですか」

何か文句、あります?
そこまで言いたくもなりましたけど、このよく分からない夢がまだ覚める様子もありません。
ただただ事態を傍観するようなものでしたが、眼帯の方が腕を組んで「うーん」、と唸っています。

「でもなあ。やっぱりこのままってワケにもいかないよなあ」
「悪く思うな」

短く言って、眼帯がこちらへ一歩踏み込もうとした時。
ほとんど無意識に、指先が動いていました。
ガチン、とまるで音がするかのようでした。

眼帯の男の人は固まって、瞬きひとつしません。
間近でよくよく見れば、何処となく人懐っこい顔立ちのお兄さんです。
自分の夢に登場する割には、全く見覚えのない人でした。
夢って、自分の記憶を整理する間にみるものって、聞いたことありますけど。
本当にそうなんでしょうか。……まあ、人の顔を覚えるのが不得手なのは本当ですから、何処かで会ってるのかもしれないですけどね。


それよりも。
動きが止まった眼帯さんの様子に、相棒の顔もまた強張ります。
おい、と眼帯の肩を揺すっても反応ひとつなく、すぐにわたしの方を見ました。
目には怒気を孕んだものがありましたが、やっぱり何故か、知っている人の目に似ている気がして、怖いよりも(誰だっけ)と思う気持ちの方が上でした。
向こうは、そんなことお構いなしでしたけど。

「何をした」
「時間を止めただけです。しばらくすれば元に戻りますから」
「まさか……魔法か?」
「夢の中でも、ちゃんと発動するんですね」
「元に戻せ!」
「えっ、だってどう考えても殺しにかかってくるムーブだったじゃないですかー……」

夢でも黙って殺されるのとか嫌なんですけど。
言うと、無駄に傷付けるような真似はしない、とその人は言います。

「脅すだけのつもりだった、殺しはしない!」
「はあ。まあ、そういうことでしたら」

そう一応納得してエスナを施します。
時間の凝固が一気にほどけて、眼帯がバランスを崩して尻餅をついたまま目をパチクリさせていました。
それを見届けた辺りで、視界が揺らいだんです。
夢が、覚める。

ハッと相棒の方がこちらを振り向き、次いで眼帯もこちらを見ます。
何だかよく分からない夢だったなあ。
そう思う間にも、相棒が言います。

「……消えるのか」
「そうみたいです、夢が終わるみたいで。……お仕事の邪魔してすみませんでした」

言い終わるか、そうでないか。
その頃には、意識が途切れていて。
気付けば、飛空艇の自室のベッドの上でした。




「シャドウさん、おはようございます」
「……ああ」

目覚めてから思い出したのは、夢の中の『相棒』の方が、どこかシャドウさんに似ていたなあってことです。
声とか、目とか。夢の中では、思い出せなかったんですけど。
ただ、……いつもならいろいろとシャドウさんにお話するわたしも、この夢のことはまだお話する機会がなかったんです。
たまたま、ゆっくりお話するタイミングが合わなくて。

そうするうちに、わたしはまた夢をみました。
物語が続く夢。
列車強盗団の夢を、再びみることになるなんて思ってもいませんでした。






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