帝国からの依頼。
それは、大三角島に向かったと思われる幻獣たちを見つけてほしいというものだった。
目的は、幻獣との和解を求めるためだという。
その話に、何を感じる訳でもない。俺は仕事の対価として、報酬さえ受け取れればそれでいい。
依頼を持ちかけてきた男――レオ将軍にそのままを伝えれば、そうか、と向こうは静かに笑った。
船を下りたのは、ごくわずかな人数だった。
行動を共にする者達も、全く顔を知らない訳でもない。
それでも、単独行動が許可されるならその方が良かった。俺は、俺なりのやり方で仕事を片付けたい。
実際のところ、そうできたならどんなにか良かったか。
この島の地理を、ある程度は知っている。歩き回るには、自分だけの方が都合がいいのだが。
「シャドウさん」
呼び掛けられて視線を落とせば、黒髪の娘がこちらを見上げている。
両手を持ち上げていて、その手のひらの中には幾つかの石が並んでいた。
一目で、ただの石ではないと分かる。不思議な輝きが、そのひとつひとつに宿っているように見えた。
「どれがいいですか?」
「…………」
「あ、えーとですね。魔石……っていうんですけど、まだ持ったこと、ありませんか?」
「…………」
黙っていると、ああ、と独りで納得したように娘は肯く。
「幻獣の力を借りられるもので、魔法が使えるようになるんです。攻撃魔法とか、いろいろ」
「……いらん」
「えっ」
拒絶されると思っていなかったらしく、は瞬いている。
だが、俺には不要なものだと率直に思ってのことだった。
顔全体に「どうして?」とでも書いていそうな娘に続けて言う。
「俺には俺の戦い方がある。魔法など使う必要がないんでな」
「…………はあ。そうですか」、
ようやく合点がいったかのように向こうは応じたが、微かな間を置いては言った。
「シャドウさん、魔力高めなのにもったいない……けど、まあ、しょうがないですね」
「……魔力?」
娘の言葉に、引っ掛かりを覚える。
魔力が高い?
何を以て、そんな言葉が出てくるのだ。そもそも自分が、そのように言われる覚えはない。
黙殺してもいいような違和感だったが、は俺の繰り返した言葉に顔を上げていた。
言った。
「何故そう思う」
「え? あ、魔力高めってところですか? 何故? 何故って、えーーーと」
一瞬考え込む素振りを見せるが、すぐには仲間を振り返る。
同行しているのは幻獣と人の子だというティナ、そしてトレジャーハンターを豪語する青年ロックだ。
辺りを見渡しながら出発の準備をしていた二人も、すぐ傍にいたのだから話は聞いていただろう。
が彼らを見やれば、ティナが先に口を開いた。
「……の言いたいこと、分かる気がするわ」
「あ、やっぱり? 良かったー、わたしだけじゃなかった!」
「んー、俺はよく分からないなあ」
言いながらロックは首を捻っている。
「ティナやは、魔力の強い弱いってのが分かるのか?」
「なんとなく」
「ふわっとだけど」
「まあ、ティナは元々魔法も使えるしな。だって不思議と魔石の魔法はすぐ覚えちまうし……でも俺には、そういうふうに魔力を感じ取るってのは難しいみたいだ」
「うーん、その辺も人によるのかなあ。魔力そのものも単純に個人差だろうけど……」
娘はぽつりとそう言う。
が魔石のことを持ちかけてきたところを見ると、ここに居る三人は既に魔法を得ているのだろう。
なるほど、それでは、魔力を感じ取れるようになったということか。
だがロックの様子を見る限り、やはり個々の違いはあるようだ。
「あ」、と今思いついたようには声に出して呟いた。
「わたしも、魔法は全く使えなかったんですけど、魔石のおかげで使えるようになりましたし、なんとなく魔力も感じられる程度にはなったんです。だから」
「…………?」
「シャドウさんも魔法が使えるようになれば、魔力とか感じ取れるようになるかもしれませんよ。……それって、幻獣を探すのにお役に立てるんじゃないでしょうか?」
もちろん、ロックみたいなパターンもあるかもですけど。
はそう言ってこちらを見上げてくる。
そうか、と自分の中でひとつ肯く。それは確かに、理に適っている。
実際のところ、戦いの上では今までの自分のやり方を貫きたい。だが、今回の仕事に限ってはそういった事情も考慮するべきだろう。
「…………わかった。一つ借りる」
「あっ、良かった! で、どの魔石がいいですか?」
「おまえに任せる」
「え、えー!? 一番困るパターンのやつ……」
「…………」
「じゃあ、えーと。これにしましょう!」
は一瞬迷いながらも、すぐに一つを選び出す。
そうする中で、
「……シャドウって、意外とふつうに会話できるんだな」
「……?」
ぼそりと呟く青年の言葉に、ティナが不思議そうに首を傾げているのには気付かない振りをすることにした。
小さな集落があるのが、遠目にも分かる。
情報収集のためにそこを目指そうというロックの言葉に、異を唱えるわけでもない。
幻獣を探し出すための、何かしらの手がかり。それを得るためだと割り切ることにして、それ以上を考えることはしなかった。
だが、手がかりを得られなかったとすれば。
その方向も考えておくべきことだった。もしそうなら、情報はほぼ皆無になる。
が言うように、魔力そのものを感じ取ることが可能になれば、また話は違ってくるかもしれない。
ただ、自分がすぐにそう感知できるようになるかは未知数だ。
前方を行く黒い髪が、視界で揺れていた。
……この娘と再び会うことになるとは、思っていなかった。
俺は少し、のことを考える。これから行き着く場所のことから、意識を逸らす意味合いもあった。
あの日、突然現れた黒髪の娘。
モンスターが出没する森の中を、武器どころか荷物一つ持たずに彷徨っていた。
かと思えば、自分がどこに居るのかもまるで分かっていないという有様だった。
受け答えさえもどこかちぐはぐで、正直なところどうするか迷いもした。
結果、森を出て街に辿り着くまでを共にしたのは本当に気まぐれだ。どのみち、俺自身アルブルグに向かう道中でもあった。
それからは、のことを思い出すこともなかった。
街に着きさえすれば、少なくともモンスターに遭遇することもないだろう。そう思っていた。
リターナーの連中の元に身を寄せているとは思いもよらなかったが……。
だが、ただ、それだけだ。
遠い世界から来たことも、「帰る道筋が見当たらない」と話していた昨夜のことも、魔石を選別して俺に持たせたことも、全て自分を通り過ぎていくだけだ。
何も、俺の中に残ることはない。何も。
ふと、皆の足が止まった。
重い足音が近付いてくる。現れたのは、鋭い爪を持つ巨大なモンスターだった。
突進してくる姿に、各々が戦闘の体制に入ろうとした、その時だった。
が両手を突き出したかと思うと、ガン、と鈍い音が響いていた。
魔法の障壁らしいものが、モンスターの前に広がっている。あの突進の勢いで壁にぶつかれば、相当のダメージだったに違いない。
一瞬、誰もが何が起きたのか理解できずにいた。
モンスター自身もそうだったのだろう、ふらつく身体を何度か震わせたかと思うと、すぐさま身を翻し逃げていった。
しばしの後、
「ああ、吃驚したあ!!」
は胸を撫で下ろしながら息をつく。
ポカンとしていたロックが、我に返ったかのように声を上げていた。
「すげえ! なあ、今のどうやったんだ!?」
「え? 魔法で」
「、すごいわ」
「??? えっと……」
当の本人は気抜けした様で言葉を濁している。
のろのろと続きを口にした。
「二人ともできるよね?」
「いや、あんな魔法あったか? 俺はできない」
「私も……魔法をはね返すことはできても、今みたいに攻撃そのものをはね返すのは……」
「そうかなあ。やってみれば二人だってできそう……っ」
不意に、ががくんと膝をついた。
見れば、顔色こそいつも通りだが、深く呼吸を繰り返している。
「どうしたの!?」と慌てるティナを、彼女本人が片手で制した。
「平気……咄嗟に今の魔法に全力振って、ちょっと力が出ないだけ……」
「大丈夫か、立てるか?」
「うん。……ロック」
「どうした?」
「ちょっと貰うね」
「え」
立ち上がるのを助けようと差し出していたロックの手を取ると、娘は力なく笑った。
疑問符を浮かべる青年の顔が、急に引き攣ったかと思うと声は悲鳴に変わった。
「ぎああああ! おい、ストップストップ!!」
言い終わるのと同時に、娘の手がロックのものから離れた。
すっくと立ち上がると、先程までと変わらない様子にまで回復しているのが見てとれる。
魔法力をロックから吸収して自分のものにしてしまった、というところか。
「よし!」
「よし! じゃない!!」
「、もう平気……?」
「うん。ごめんね、驚かせて」
元の調子に戻ったハナを見て、ティナは安堵の表情を浮かべている。
微かにふらついているロックはひとまず放っておくことにした。
「」
「はい?」
「魔法を使えるようになって、まだ間もないのだったな」
「そうですね……実際にこうやって戦うのも、今が初めてでした」
それを聞いて、やはりそうか、と腑に落ちる。
娘は、遥か遠い国から来たという。魔法も知らなかったというが、その分あまりに自由で、型に嵌まることなく、そしてそれを操る力量をまだ持ち合わせていない。
一言で言うなら、経験不足だ。
許される状況ならばそのままでも構わない。だが、リターナーの奴らと共にいることを選んだなら、そうも言ってはいられないだろう。
「今は、とにかく経験を積んでおけ。おまえには、魔法はこれからも必要になるだろう」
「…………はい!」
黙って聞いていたかと思うと、はすぐにパッと顔を綻ばせる。
そしてそれとは裏腹に、俺は胸が微かにざわつくのを感じていた。
娘の今の状態は、ひどく危ういものを覚える。そして同時に、こうも思う。娘がそれを使いこなせる程に成長したなら、それはどれ程のものだろうか。
一瞬の思いだった。
心の中で頭を振って、その考えを追い払わなければならなかった。
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