……飛空艇から投げ出された後。
わたしの傍にはリルムがいました。それから、インターセプターも。
他の皆は見当たらず、正直、途方に暮れました。
ただ、とにかく誰かを探そう。
そうするしか術はなくて、けれど流石に、一年もの時間が掛かるだなんて思ってもみませんでしたけど。
でも、集まってみても、わたしの探す人は見当たりません。
嫌な想像はしたくなくて、考えないようにしていました。
そんな時、ようやく再開できた仲間の一人はロックでした。あの、溶岩が沸きあちこちに罠が張り巡らされた、難解な洞窟の奥で。
……フェニックスは、コーリンゲンで眠っていたレイチェルさんに時間をくれたそうですね。
わたしは、その場にはいませんでしたけど。話には聞いていました。
魂を甦らせる力を持った幻獣。
わたしはその日の夜、ロックに話し掛けたんです。
「魔石を貸してほしい」って、ただそれだけを。
わたしは何故だか、触れただけで魔石に宿る魔法を習得することができていました。
だから、それ自体は何の不思議でもない言動です。
魔石を手に入れた時は、一番にわたしがそれらの魔法を得ていましたから。
けれど。
その日のわたしはこうお願いしました。
「一晩、その魔石を貸してほしい」って。
ロックにとっては、とても大切なものです。
いつもなら、わたしは触れた魔石をすぐに返していましたから、きっと訝しく思ったでしょうね。
でも、結局は了承してくれました。
……お願いした時のわたしは、どんな顔をしていたんでしょうね。
深い夜がやってきました。
飛空艇で、割り振られた部屋のベッドの上で。
灯りを落とすと、月明かりだけが窓から差し込んでいましたっけ。
その中で、手のひらの中に沈む魔石は何処かあたたかく、鈍い緋色が灯っています。
もしも、思い描いていることが現実となってしまったら、どうしよう。
わたしは思い悩みました。ただただ、手の中の重みを見つめます。
でもきっと、機会は、今この時しかない。
……どうか、現れないでほしい。
そう望みながら、信じながら、魔石の中のフェニックスに願います。
もし魂に呼び掛けられるのなら、あの人をここに呼んでほしい。
祈るように目を瞑っていると、ふわりと光が赤く輝きます。
ハッとして目を開ければ、フェニックスを象った紅の光が立ち上っていました。
その中に浮かぶのは、黒衣の人です。
光の粒を纏いながら現れたその人は、細めた目をこちらに向けながらそっとその場に降り立ちます。
赤と黒が混じり合い、それは夜の闇の中でより一層鮮やかにわたしの目に焼きつきました。
けれど――。
わたしは「はあー」、と深い溜息をついてしまいました。
……今思えば、自分で呼んでおいてひどい対応ですよね。
流石にあちらもそう思ったようで、
「呼ばれて来て、まさか溜息をつかれるとはな」
なんて開口一番、言われましたけど。
「出て来てくれない方が、よかったですよ……」
そう応酬するくらいには、わたしはがっかりしていました。
ええ、がっかりですとも。
わたしは改めて彼を振り仰いで、言ってやりました。
「何死んでるんですか、シャドウさん……」
今ここに現れてくれなかったなら、何処かで生きているのだと希望を持つことができたのに。
そうその時は、言ってしまいました。
……でも、シャドウさんはシャドウさんなりに考えて、来てくれたんでしょうね。
あの人はきっと、幻の希望に縋ることをわたしにしてほしくなかったんでしょう。
「このまま、生き返れたりしないんですか?」
「無理を言うな。身体がない」
「何処にあるんですか。迎えに行きますから」
「」
まるで駄々をこねる子供に言うように。
けれど、その声は確かにわたしを呼んでくれたんです。
黙って見返すと、彼はわたしの頭に手を置くような仕草をしました。
その手は、まるで感触もなく擦り抜けてしまいそうでしたけど。
でもシャドウさんは、ただそのまま何も言わずにこちらを見るばかりです。
急に何となく気恥ずかしくなって、わたしはそっぽを向きました。
ベッドの上で方向を示し、取り繕うように言います。
「向こうの部屋にいるのがリルムで、一緒にインターセプターもいますよ。……寝顔くらい、見ていかれたらどうですか」
「…………」
返事はなく、ゆるやかな静寂が下りました。
フェニックスの形をした赤いやわらかな光が、ゆったりと翼を伸ばし辺りを旋回しています。
たぶん、そうそう時間はないのだろうと思いました。
「……いつ死んでも構わないと思いながら、あの頃は生きていたが」
ぽつりと、シャドウさんがそんなことを言い出します。
わたしは逸らしていた目を向き直しました。
そこにあった彼の目は、優しくもありながら悲しみにも似た色が浮かんでいるのです。
「今は……少し後悔している」
「……」
「おまえに、こうして触れることもできない」
伸ばされた手のひらが、わたしの頬っぺたを擦り抜けます。
わたしが同じように手を伸ばしても、もう重なり合うことはありませんでした。
「シャドウさん。……もう、お会いすることはできないんでしょうか」
「…………」
返事は、ありませんでした。
ただ、そっとその顔が近付きます。
わたしも目を閉じます。魂だけでもその人を感じたい、そう思ったのです。
ずっと手の中で包み込んでいた魔石がするりと滑り、わたしの腿の上に落ちた瞬間あっと思って目を開ければ、そこに彼はもういませんでした。
フェニックスも消えていました。魔石だけがやっぱり赤く鈍く、ほのかにあたたかい光を湛えているだけ。
いつもみたいな夜が、そこに横たわっているだけでした。
「……エドガーさんが、この集まりの時にシャドウさんへ向けて呼び掛けてくれているのは知ってました」
今日まで、言い出せなくて申し訳なかったです。
話し終えてほんの少しの間を空け、はそう続けた。
「いつかは言わないといけないと思っていました。でも……皆の中でだけでも、きっと生きてるって思っていてほしかったんです」
「…………」
「リルムも、ちょっとしか会ったことはありませんでしたけど。……ほら、インターセプターの飼い主でしょう? ずっと気にしていたんです。だから」
「…………」
いつもなら女性への口上は得手だというのに、言葉が出てこない。
は、十年前から彼の死を知っていたのだ。
なのにそれを誰に伝えることもできないまま、今日まで生きてきたのか。
彼女の心の中を思うと、胸が痛んだ。
「……」
「はい」
「今になってそれを話してくれたのは……君がサマサを出るという話と何か関係するものなのかい?」
「……んー。まあ、そうですねえ」
少し考えるように、どう言ったものか、というように彼女は黙り込む。
どのくらいか、ほんの数秒、十数秒ほどだったかもしれない。
は微かに笑んで、こう言った。
「もう、いいかなって。……そう思って」
「…………」
「……エドガーさん。ちょっと話は変わるんですけど」
「何だい」
「ケフカを倒した時、どう思いました?」
「どう、とは?」
本当に話の方向性が変わり、その意味を図りかねながらも訊ねる。
「そのままです。達成感とか、何かそういうの、ありませんでしたか?」
「……そうだね。そういう類の感情は、確かにあったな」
「そうですか……そうですよね」
コップの中をまた一口含み、飲み下す。
多少薄めてはいるようだが、決して酔うでもなく彼女は素面のように見えた。
「わたしは、何も感じなかったんです」
だって、そうでしょう?
そんなふうに彼女は続ける。
「ケフカを倒しても、わたしには何の変化もありませんでした。自分の世界に戻れるわけでもないし、こちらの世界で出会った大切な人にはもう会えないんですから」
「…………」
「だから、何も感じませんでした。世界はずっと、灰色のまま」
「私たちでは……君の力にはなれないかい?」
思わず、遮るかのようにそう言葉に出していた。
彼女がどれだけの悲痛を胸に抱えていたのか、ようやく今になって思い知る。
誰もが前を向いて生きていこうとしていると、そう思っていた。
しかし彼女は、揺れ動いている。引き留めたい。……向くべき方向を、向いて欲しい。
だから、でき得る限りの助力をしよう。そう思ったのだ。
けれどは、すぐさまいつもの口調でこう言った。
「いえ。……今日まで生きてこれたのは皆さんのおかげです。感謝してます、本当に」
「…………」
「……それに、今はこう思うようにしてるんですよ。『死ぬことって、決して悲しいことじゃない』って」
「…………」
「だってそうでしょう? 誰だっていつかは死んじゃうんですもの。ちょっとお先に、ぐらいのもんですよ。それをそんなに悲しまなくたって……いいんじゃないかって思うんです」
軽い、いつも通りの彼女の声色で言われると、本当にそう思おうとしているのだというのが分かる。
そうすることで、は自分をどうにか保ってきたのだろう。
「だから」、と彼女は付け足した。
「わたしのことは心配しないでくださいね、エドガーさん」
「ああ。……分かったよ」
「……わたし、リルムが大きくなるまではサマサにいようって決めてたんです」
でも、もうあの子も一人前になったことですし。
そう言うに、そうか、と納得する。
サマサを出るというのは、つまりリルムが大人になるまで、と元々自分なりの期限を設けていたからなのだろう。
もう、見守る必要のないほどまでに成長したリルムに、きっとは安心したのだ。
「だから、今度は……サマサから出て、別の世界を見ようかと思って」
「そうなんだね」
「……エドガーさん」
「うん?」
「リルムのことなんですけど」
「うん」
「目元の辺りとか、シャドウさんに似てると思いません?」
唐突にそう言われ、若干面食らう。
果たして、そうだろうか?
記憶の中のシャドウを思い浮かべようとするが、どうしても記憶はぼやけている。
「そうかな? ……急にどうして、そんなことを」
「んー、これ以上は、流石に内緒のままにしておきましょうか」
ちょっと、おしゃべりし過ぎたみたいですし。
そう言っては口を閉ざした。
よくは分からなかったが、確かに、大分遅い時間になっていた。この辺りが潮時かもしれない。
「夜も更けてしまったね。部屋まで送ろう」
「いえ……先に、エドガーさんこそ休んでください。あと少しなんです。これ」
そう言ってコップの中を示す。
確かに残りわずかな量が残っている。それはきっと、少し一人になりたいという意思表示でもあるのだろうと思った。
だから私は深く追求せず、「おやすみ」とだけ言ってその場を後にしようとした。
「エドガーさん」
「うん?」
「……いえ、何でもありません。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
互いに微笑み合い、その夜は別れた。
静かな夜の、遅い時間のことだった。
早朝。
フィガロの朝は、二度トランペットが流れる。
朝を知らせるものと、起床時間を知らせるものだ。
そのどちらよりも早く、何故だか、目が覚めた。遅くに寝入ったはずだというのに。
まだ誰も起きてはいまい。
そう思いながらも広間を足を踏み入れれば、椅子に座ったままのがテーブルの上に突っ伏している。
昨夜、あのまま酔い潰れてしまったのだろうか。
彼女らしくないと思ったが、夕べ話してくれた内容を思えば無理もないと、そう思った。
――丁度、朝を知らせるトランペットの音が聞こえてくる。
ゆったりとした、やわらかな旋律が辺りに響き渡り始めていた。
「」
そっと声を掛ける。
彼女は身じろぎ一つしなかった。
深く寝入っているのだろう。起こすのは忍びなかったが、せめて今からでもベッドで休んだ方がいい。
投げ出した腕の上に、その黒髪が広がっている。
窓から差す朝の陽の光が、その髪を輝かせていて美しいと思った。
「……」
もう一度呼ぶ。
彼女は動かない。トランペットの旋律が流れ続けていた。
何とはなしにその身を預けているテーブルの上を見て、凍りつく。
錠剤が詰まっていたと思しき薬瓶が、そこにあった。
中身はほとんどなく、数粒を残す程度だった。
倒れたグラスからこぼれた液体が、卓上に小さな水溜りを作っている。
そんな馬鹿な。
アルコールと同時に薬を服用する行為がどういうことか、が知らないはずがない。
(もう、いいかなって。……そう思って)
昨夜の彼女の言葉が、頭の中で蘇る。
自分が大変な思い違いをしていたことを、今になって思い知る。それは、その意味は――
広間に、自分の大声が響く。
「!!!」
「……はい?」
やや狼狽気味に、彼女は返事をする。
シンと静まり返った飛空艇内で、は掃除用のモップを片手に固まっている。
息が止まる。
喘ぐ喉がようやく呼吸を思い出し、息を整えるまで幾らかの時間が必要だった。
周囲にいたのがモグやガウと言った面々でまだ良かった。他の誰かがいたなら、どう思われたか分からない。
「……すごい汗ですけど、嫌な夢でも見たんですか」
「…………」
すぐには、応じられない。
まじまじと、その顔を見る。夢の中の彼女とほとんど変わらない造作に、夢と現実との区別がつかない。
しばらくしてようやく、平常心を取り戻すことができた。
「ああ。……大丈夫、吃驚させてしまったね、レディ」
「いえ、あの、タオル持ってきますね。魔大陸に乗り込む前に、風邪引いちゃいますよ」
の言葉に、ぎくりとする。
魔大陸。……そうだ、そう、明日にはあの大陸に乗り込むのだ。
そして、そのメンバーには。
その手に厚手のタオルを持って戻ってきた彼女に、ともかく切り出す。
「……。明日のことなんだが」
「はい?」
「君にも来てほしい」
君の力が必要なんだ。
そう告げれば、彼女は二つ返事で肯いた。
わたしがお役に立てるのでしたら。ただ、そう言って。
切り立つ崖には、風が轟いていた。
下にはブラックジャックが見える。
飛び降りようと言ってセリスがこちらを振り返ったが、「駄目だ!」とその提案を退ける。
いつにない大声に、彼女は驚いたようだった。もちろん、も。
「シャドウは必ず戻ると言った、だから……ギリギリまで彼を待とう」
「エドガーさん……」
足元の大地が揺れる中、それでもは安堵したように少し笑んで肯いた。
目を開ける。
開けた視界は、赤茶けた土で広がっていた。
周りには誰もいない。空は暗い雲に覆われ、世界が荒廃したことが知れた。
しかし、驚くほど絶望はない。
為すべきことは、尽くした。そしてこれからどうすればいいのかも、不思議と全て頭の中に入っている。
まずは、フィガロの様子を見に行かねばならない。
夢で見たような状況にあるなら、それなりに急ぐ必要がある。
大丈夫だ。自分たちは、必ず再び結集する。今度は、誰一人欠けることなくだ。
そしてあの道化を討つ。
あの偽りの神を、その椅子から引き摺り下ろしてやろう。
さあ、最後の幕引きを始めようではないか。
そう決意し、立ち上がる。空を見上げる。
雲間から差す、陽の光。
いつもと変わらないものが、確かにそこにあった。
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