果たして、シャドウさんはこれを見てなんと思うだろうか。
改めてテーブルの上、その一品をわたしは見下ろした。
…………味自体は、悪くないはずだ。
わたしはとりあえずそう思った。いやそれどころか、かなりいい感じだと自分では思っている。
結構なかなか良く出来た、わたしとしてはここ最近一番のヒット作である。
料理は特別得意というわけでもなかったけれど、しかしこれは自信を持って出してもいいんじゃないかな、というものが出来て。
さて、トレイに載せて運ぼうかと思った矢先の事だった。ある大問題が発生しているのを発見したのは。

──完璧にして、最悪だ。
わたしはそう口の中で呟いた。
料理としては完璧なのに、最後の最後で、とんでもない事になってしまった。
ああ。困った。これまでの苦労が水の泡だ。……いやまぁ、そりゃあ言うほど骨折って作ったわけじゃ、ないんだけど。
でもこの一品は、他のものとは気合の入れようが全く違った。
なんたって、シャドウさんに食べてもらおうと思って作ったんだから。なのに……。
わたしはその出来上がってしまったものから目を背けた。
駄目だ。とてもわたしには正視出来ない。とってもじゃないけれど、見ていられない。
しかし──

実にその時、わたしは大変に困ってしまっていた。
食事の時間はとうにやってきている。いつも個室で食べるシャドウさんの元へ食事を運ぶのはわたしの役だ。もう作り直す時間も、材料もない。事態は、コレを出すより他に道はないという差し迫った状況。
……こんな時って、一体どうしたものだろう?
わたしはそのとある料理と共に、途方に暮れた。





cadenza (終止前に挿入される無伴奏の楽句)






ほんの一時間前は、そんな事になるとは夢にも思っていなかった。
滞りなく夕食の準備は進み、サラダにスープも仕上がった。
十人以上のこの大パーティー、それも大食漢が約数名とくれば作る量もかなりのものだけど、セリスとティナが手伝ってくれたから思ったほどの時間は掛からなかった。
一人で全部作ってたら、夕食の時間に間に合っていたかどうか判らない。
手伝い、ありがとう。二人にそう告げると、どちらも笑って手を振った。

「こっちこそ、ありがとう。のおかげでいつも美味しい食事が食べられるもの、感謝してる」
「うん、まあ、もっと感謝してくれてもいいと思うんだけど?」

おどけると、セリスはわたしを小突く真似をした。ティナはそれを見てクスクスと笑いを漏らす。
このパーティーに加えてもらった頃から家事手伝いみたいなことはよくしていたし、食事作りなんかも出来るだけしていた。
それは、これまでも今も、そしてこれから少し先もきっと変わらない日常。穏やかな時間だった。

「さてと。もうほとんど出来たよね」
「そうね。じゃあ、私はテーブルに食器を並べるわ」

言ってティナは、卓上を整え始めた。
わたしはメインの仕上げをして、一つずつ出来上がったそれをセリスがテーブルに運ぶ。
今日のメニューは、オムライスである。
夕食時間が近付いて、一人二人、ぽつぽつとダイニングに集まり始める。その中に、リルムがいた。

「ごめーん! 今まで絵を描いてたの。お手伝いするの、すっかり忘れちゃってた……」

両手を合わせながら見上げてくるリルムに、いいよ、と笑って返した。
時間が経つのも忘れて熱中できる何かがあるのはいい事だと思う。

「じゃあ、明日は何か手伝ってね、リルム」
「うん……あっ、今日はオムライス?」

テーブルを見やって彼女は嬉しそうにした。そういえば、リルムの好きな献立の一つだったような気がしないでもない。
とりあえず手を洗った方がいい。そう言うと、傍の流しでざっと洗い始める。
タオルで手を拭きながら彼女は、あ、と呟いた。

「ねえねえ、今からリルム、お手伝いしていい?」
「え、今から? 何を?」
「ほら、オムライス、たまごの上にまだ何もないでしょ? リルム、ケチャップで皆のにいろいろ描いてあげる。絵とか、文字とか」

なるほど。わたしは思った。それなら手伝ってもらってもいいかもしれない。
オムライスのたまごの上に自分の名前だの何だのを書くのは、わたしも子供の頃よくやった。 いや、今も結構やったりする。
ただ今は皆が食べるものだからと思って、敢えてシンプルにそのままにしていたのだけど。

「じゃあ、お願いします」
「わぁい」

楽しそうに笑うと、リルムはすぐ近くにあったワゴンの上、そこに置いてあったケチャップを取った。テーブルの上に並び始めた主食のそれに、何やら描き始める。
その様子を見ていたティナが、わぁ、と声を上げた。

「リルム、上手ね。可愛く描けてるわ」
「へへっ、まかしといて!」

本当に楽しそうだ。
わたしはチキンライスを薄く焼いたたまごで包みながらそれを聞いていた。



もうしばらく掛かって、ほぼ全員分のオムライスが完成した。
ふとテーブルを見やれば、いつの間にか皆がやって来ていて各々の席に着こうとしている。
何人かが、メインディッシュに目に落として思わず顔を綻ばせた。

「上手く書いてくれたもんだな」

『 SETZER 』 とケチャップの文字が載ったそれを見ながら、その名の主が言う。
えっへん、と胸を張るリルムはようやく一段落着いたところのようだ。
見たところ、その席に座る人物の名前だったり、或いは太陽や星のマークだったり、文字も絵もバラエティ豊かに皆の食事を彩っている。
なかなか良い感じではないですか、リルム嬢。

「お疲れさま、リルム。食べてていいよ、後はわたしがやるから」
「うん! ……って、、それで最後でしょ? それにもリルム、書くよ」

言って指差したのは、わたしがたった今、丹精込めて仕上げたばかりの最後のオムライス。
え、ああ、と曖昧に返事しながら、少し考えた。
──どうしよう。ちょっとわたしは悩んだ。

「……うーん……」
「どうしたの、? それって誰の分?」
「……シャドウさんの」

答えると、あ、そっか。とリルムが納得する。

、いつもシャドウのおじさんのところにご飯、持ってくもんね」
「うん。……いつも一人でお食事するからね」

流石に覆面外さないと食べられないし。だからいつも、彼は独りで食事を取っている。
こうして飛空艇のダイニングで皆で団欒していても、シャドウさんは自分の部屋で、ひっそりと食を満たすのが毎回のことだった。
そして、彼の元へその日のメニューを運ぶのはわたしの役だ。
少しまた、考えた。

「シャドウさんのは……文字とか書かなくてもいいかも……」

それが無難だよね、と思った。
シンプルにオムライスの真ん中にケチャップがけするだけでいい。
そもそも彼にこの献立を受け入れてもらえるかどうかが微妙なところだけれど、まぁ、たぶん大丈夫かなとも思う。
少なくとも今まで見てきた結果では、シャドウさんはあんまり好き嫌いは激しくないみたいだった。多少子供っぽいメニューではあるが、たぶん大丈夫。
……だといいな、うん。

「ごめん、リルム。真ん中にちょっとかけるくらいでいいよ、ケチャップは」
「えー、つまんない」
「いや、つまるつまらないの問題じゃない……」

わたしはそう言ったけど、リルムは口を尖らせた。

「いいじゃない、きっと喜ぶよ、シャドウのおじさん」
「たぶん喜ばないと思う……」
「そうかなぁ」

彼女はまだ名残惜しそうにしていたが、ちょっと遠慮したいところである。
……というか、絶対喜ばないよ……寧ろそれで喜ぶシャドウさんてあり得ない……。
そんなことを思っていると、ひどく寂しそうに、リルムは突然シュンと項垂れてしまった。

「リルム、シャドウのにも書いてあげたかったな……」

……う。
わたしは内心ぐっと詰まった。そういうふうにしょげられると辛い。

「…………じゃあ、名前くらいなら、ね」

パッと彼女の顔が輝いた。

「ホント? 書いていいの!?」
「しょうがない、特別に許可してあげよう」
「やったー!」

リルムの表情が愛らしい笑顔のものになって、やれやれ、とわたしは思った。
まぁ名前入りオムライスくらいなら、出されない事もないか。そう判断してのことだった。
思い起こすと、これがそもそも間違いだったのだと思う。
わたしがシャドウさんのところへ運ぶためのトレイやスプーンなんかを用意している間。
リルムの口元に浮かぶ笑みが、いつの間にか悪戯っぽいものになっている事も、この直後に何が起こるのかも。
わたしは何も知らないまま、ただ、シャドウさんが全部残さず食べてくれるといいな、ということを考えていた。





「──書けたよっ、

何処となくリルムの声の調子が、いつもと違う感じがしたのは気のせいだろうか。
なんていうか、こう……ウキウキというか、ワクワクというか。
上手く言えないけど、なんとなく、そんなふうに感じられるのだけれど……まあ、いいか、別に。

「ありがと。今度こそ食べてていいよ、リルム」
「あっ、私、絵の続き描きたいから、自分の部屋に持ってって食べるよ」
「そう? ……後でちゃんと、皿とか下げに来るようにね。その辺に置いとくだけでいいから」
「うん。……
「ん?」
「ちゃんと、シャドウのおじさんのとこに持っていってあげてね!」
「うん? ……うん」

言われるまでもない。何でそんなことをわざわざ言うんだろう、この子は。
もう一度温め直したスープを注いでいるうちにそんな会話を交わした。スープから目を離さないでいたので、わたしはリルムを見ないままだったのだが。
わたしが返事をしたのを聞いてから、彼女はそそくさと自分の食事を手に、ダイニングから出ていってしまった。
そうしてから、わたしはさて、と振り向いた。
シャドウさんに出すべく、彼のために作った自信作オムライスをトレイに載せるべく。そちらを振り向いた。

わたしは凍りついた。

一体コレは何だろうか。
──オムライスです、と言われればそれまでだが、そういう問題ではない。その上にある文字が問題である。
アルファベットで彼の名前が書かれているのは良い。わたしがリルムに許可したのだから、それはいい。
しかし、その次からがおかしい具合だ。


なんでシャドウさんの名前のあとに、エルとオーとブイとイーが並んでいるのだろうか。


これは、おかしい。
あまりにベタすぎて却って面白いのかもしれないが、しかしこれは、明らかにおかしい。
わたしは「名前くらいなら」と言ったのだ。こんな単語が付くのは間違っている。
しかもイーの後にどうして心臓のマークまで入っていなくてはならんのだ。これは、全体的にどうかしている。
……正視できないので微妙な表現をしたが、ぶっちゃけ心臓=ハートマークである。

(というか、よくこんな文字数を面積狭いオムライス上に書けたな……)

わたしはちょっと感心した。しかし感心している場合でもなかった。
場面は、冒頭に戻る。
──果たして、シャドウさんはこれを見てなんと思うだろうか。

「…………」

無理だ。見せられない。
シャドウさんには勿論、他の誰にも見せられない。絶対に無理だ。
そうだ、チキンライスがまだ残っている、たまごは使い果たしてしまったから包む事は出来ないけれど、この際仕方がない。
シャドウさんにはそれを出そう。
そう思って今度はフライパンを振り向くと、

「ああ、、おかわり貰ったぞ。これ、すごく美味いなー」

マッシュさんが残っていたチキンライスを自分の皿と、ガウの皿に盛り、それぞれ既に口をつけているところだった。
しかもフライパンに残った方は、雪男ウーマロが綺麗に最後の一粒まで咀嚼している。
彼の口周りと手、雪みたいな白い毛が、ケチャップのオレンジがかった赤でベットリと汚れていた。

「…………ど、どうしたんだ、? すごい顔だぞ?」

わたしの表情が余程のものだったらしく、彼はそう訊ねてきた。
わたしはそれには無言で手を振り、何でもないというふうをひとまず装ってみた。
落ち着こう。ひとまず、落ち着こう。
こういう時、焦ってもどうにもならないものなのである。わたしは流しの水をコップに汲んで、飲んだ。
一気に飲み干して、さて、どうしたらいいのか。というのを考えた。

──このケチャップを綺麗に削ぎ取るのはたぶん無理だ。
しかし、文字を誤魔化すのに全体にケチャップを掛けるのでは、量が多すぎてべちゃべちゃになってしまう。それでは駄目だ、見た目も美しくない。……ううむ。

思い立って、包んでいるたまご自体を剥がせないだろうかと端のほうをおそるおそる捲ってみた、しかしそれも駄目だと気が付いた。
ふわとろになるように、たまごの内側は半熟の状態でライスに被せていた。
とろっとした部分のたまごとライスが上手く融合していて、包んでいるたまごを剥がすと見た目がでろんでろんで、あまり宜しくないことになってしまう。
……普通に食べていたらコレ、最高だったろうに。きっと絶妙のハーモニーが口の中でとろけ……いや、今そんな事を言っても仕方がない。

多少時間がかかっても、一から作り直す?
……悪いことに、もうほとんど食材が残っていなかったりする。丁度明日は買出しに出るつもりでいたし、それに合わせて余っていた野菜や肉なんかは使い切っていた。スープもサラダも具沢山だが、しかしそれだけというワケにはいかない。やはりメインがなくては。


ここまで来て、不意に 『 他に何の手立てもない 』 という事実に気付いてしまった。
私のオムライスと交換する、という手も使えない。わたしのは既に自分の名前が入ってしまっているし、わたしのも──いや、全員ふわとろタイプに仕上げたのだ、やっぱりたまごを剥がす事も出来ない。

えーと……、じゃあ、どうしたらいいんだろう。
わたしは改めて、テーブルの上を見た。完成の一歩手前で挿入された赤が憎らしい。
まさか、これを出すしかないとでも? そんな。無理な。でも他にどうすればいいのか。わたしはこんがらがってきた。
たいそう地味な窮地に立たされる事になってしまった。
わたしはシャドウさんに食べてもらうべく誠意を尽くした一品を見下ろしながら、どうすればいいのかを一生懸命考えていた。






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