1 トランクス
その日も、いつも通りの朝だった。
時々寝坊するオレを、おねえちゃんが起こしに来てくれるのが段々ふつうになっていた。
今日も、きっとそうだろうな。
そんなふうに思いながらベッドの中で丸くなってると、ノックの音が聞こえてくる。
いつもみたいにオレを呼ぶ声がしても、ワザと寝てるフリをするんだ。
今日こそ、オレの方が勝ってみせるんだ! って思いながらさ。
「トランクスくん、おはよう」
「…………」
おねえちゃんが部屋に入ってきても、毛布の中でジッとしてるんだ。
動いたら、起きてるってのがバレちゃうもんね。
「トランクスくーん」
「…………」
毛布越しに揺すられても、絶対に反応しないんだ。
ここ最近の、オレとおねえちゃんとの攻防はずっと続いてて、オレは連敗続きだった。
だから、今日こそは負けないんだ!
そう思ってると、揺すってくれてた手がふっと止まって、脇腹をくすぐってくる。
息を止めて耐えるんだけど、今日こそはって思うんだけど、なのに、しばらくするとどうしても堪えきれなくなって、オレは止めてた息をいっぺんに吐き出した。
「ぷはっ! あはは、もう! おねえちゃん止めてよっ、あはははっ」
「はい、トランクスくんおはよう!」
おねえちゃんは何でもないことみたいににこにこしてる。
あーあ、って思う。
「今日もオレの負けかあ、絶対今日は笑わないって決めてたのになー」
「そもそもこれ、勝ち負けじゃないよ?」
「そうなんだけどさっ」
むくれてみせると、膨らんだほっぺたを指先でつつかれる。
「それより朝食、ホットケーキだったよ。早く行こう?」
そういっておねえちゃんは部屋の外に出て、着替えをするオレのことを待っててくれる。
……本当にオレにお姉さんがいたら、こんな感じなのかな。
ちょっと考えるけど、考えるだけだった。オレには、今目の前にいるおねえちゃんがいればいいんだ。
もうすぐドラゴンボールが集まったら、自分の世界に帰っちゃうけど……それはまだ先の話だもんね。
でも、……って思う。
正直なところオレは、おねえちゃんが、ちゃんと空を飛べるようになるのがまだずっと先であってほしいって、心の何処かで思ってる。
おねえちゃん、舞空術を完璧にマスターするまではここにいたいって言ってるの、聞いたからさ。だから……。
あ! カンチガイしないでくれよ、オレとおねえちゃんはあくまで、その、男女の友情ってやつなんだからな!! それ以外の何でもないんだからな!
……まあ、それはそれで、さ。
もし本当にお姉さんがいたら、ってのは直ぐに考えるのを止めた。おねえちゃんがいるからね。
それに、もし本当にお願いできるなら、オレはお兄ちゃんが欲しいんだ。
ほんと言うと、悟天がちょっと羨ましかったんだ。悟飯さんと一緒に遊んだり、稽古つけてもらったりしてるの見ててさ。
だから、ママにも言ったことがある。神様にだって直接お願いしたことあるけど、どっちからも困った顔されたっけ。
そんなことをちょっぴり思い出してるうちに、オレは着替えを終えて部屋を出た。
「お待たせ、おねえちゃん」
「うん、じゃあ、行こうか」
そう言って一緒に歩くおねえちゃんに、今朝みたばかりの夢の話を披露する。
おねえちゃんは、どんなにとりとめのない夢の話でもいつも笑ってきいてくれるんだ。
……やっぱり、本当にもうすぐ帰っちゃうなら、寂しいな。
ちょっとだけ、そんなふうに思った。
いつも通りだったのは、その日の昼ごろまでだった。
学校のある日のはずなのに、悟飯さんとビーデルさんが、悟天や悟空さんまで伴って明るいうちにやって来たんだ。
何でも「見てほしいものがあるんだ」って言ってたっけ。ママなら、それを鳴らすことができるんじゃないかって。
「オルゴール?」
「そうじゃ、どうにかしてコイツを鳴らしてほしいんじゃ!」
渡された小さな箱をひねくり回すママに向かって、ぜいぜい肩で息をしながら喚くみたいに言うのはその箱の持ち主のおじいさん。
何でも、悟飯さん達が連れてきたらしいけど、詳しいところは知らない。ただ、
「オルゴールを鳴らすことさえできれば、勇者タピオンが復活するんじゃ!!」
「勇者あ!?」
俺はその人の言う言葉に反応した。
……あれ、そういえば、つい最近もそんな言葉を聞いたような気がする。
そう思っていると、傍にいたおねえちゃんがママに言ったんだ。
「……ブルマさん。この間のテレビに出てたのって、もしかして」
「ああ、あの時のニュースに乱入してきたじいさんね!」
何かを思い出したみたいに、ママはピンと来た顔をしてた。
何でも、どうしてもこのおじいさんは、オルゴールに封印された勇者を復活させたいって言うんだ。
それも、千年も前に封印された、別の星の勇者だっていうんだから、聞いてるだけでワクワクしてきた。
「何だか面白くなってきたな、悟天!」
「うん!」
見れば、悟天も目をキラキラさせてオルゴールを見やってる。
勇者だなんて、きっとすごく強くてかっこいいに決まってる!
最初はちょっと胡散臭そうにしながらも、悟飯さんでも取っ手を回せられないというオルゴールに興味が出てきたのか、ママはひとまず解析をし始める。
唐突に、オレはふっと気が付いた。
おねえちゃんなら、このオルゴールがどういうものなのか、知ってるんじゃないかって。
この世界で起こるほとんどのことを知っているおねえちゃんなら、これから何が起こるのかもきっと知ってるはずだって。
そう思って見上げると、妙に黙りこくっているおねえちゃんがそこにいた。
変にマジメに、ジッと解析に掛けられるオルゴールを見てるんだ。
オレはその手を揺すって、問いかけてみた。
「ねえ、おねえちゃんなら、これから何が起きるのか知ってるんでしょ?」
言うと、皆がこちらを見たんだ。
「面白そうだから」って悟空さんが連れてきていたクリリンさんや亀仙人のおじいちゃんも。
でも、うーん、って難しい顔しながら、おねえちゃんは静かに言ったんだ。
「……原作にはないエピソードだから、劇場版かアニオリのどっちかだったと思うんだけど……」
「アニオリ?」
「アニメオリジナルのストーリーのことです」
「よくわかんねえぞ、オラ……」
「えーと。そうですね、例えば……」
頭にハテナマークを浮かべる悟空さんに向かって、おねえちゃんは少し考えて言った。
「……人造人間云々の頃に、悟空さんとピッコロさん、お二人で運転免許をとるために教習所に通ったこと、ありませんか?」
「あ〜、そういやそんなこと、あったなあ! すげえな、そんなことまで知ってんのか!」
「あはは」
おねえちゃんは笑って、
「あのお話は面白くって、何度も観ましたから今でも覚えてるんです」、なんて言ってる。
……あのピッコロさんが、悟空さんと免許を?
すごく想像しにくい場面だったけど、とりあえずオレは、その想像は放っておくことにする。
「とりあえず、そのお話は原作にはないアニオリの方なんですけど……。えっと、そんなふうに、原作の大筋に関わらない部分が描かれることが多いですね」
そこまで言って、少し口ごもると、何か考えをまとめるみたいにしながら続ける。
「……わたし、原作の方はバッチリなんですけど、アニメや劇場版は子どもの時に観てしばらく経つので、覚えていないところもあるんです。それで……」
「今回のことも、はっきり思い出せないのね?」
「はい。ただ、原作で扱っていない部分ですから、皆さんの生死に関わるようなことはないはずです」
「何でもいいから、どうにか封印を解くことはできんかの!」
話に割り込むみたいにして、おじいさんがキンキン声を上げてくる。
「早くせんと、地球が滅びてしまうかもしれんのじゃぞ!!」
「ちょっと、そう急かさないでよ。……うーん、駄目だわ。内部を照射できない……何か特殊な物質でできてるみたい」
ママがギブアップして、解析用カプセルがオープンになる。
中に納まっていたオルゴールを、悟空さんが拾い上げて取っ手に力を込める。もしかして、悟空さんなら!
そう思って、皆でその様子を見守ったんだ。
「……おお痛え! 駄目だこりゃ」
「悟空の手に負えないとなると、まんざら嘘でもなさそうだな!」
半信半疑だったクリリンさんもそう言って、いよいよ本当に、話が現実味を帯びてきた感じがする。
悟空さんが置いたオルゴールを、オレも手に取ってみた。
古びた小箱だったけど、でも、本当に本当なら、この中に勇者が封印されているんだ!
「そいつは強えぇのか?」
「勿論! 勇者じゃからな」
悟空さん達の話を聞いていると、いよいよはやる気持ちを抑えられない。
だけど、悟飯さんが言いにくそうに言ったんだ。
「……実は、ブルマさんの力でオルゴールを鳴らせなかったら、神龍に封印を解いてもらいたいと考えているんです」
「えっ、でも……」
皆が、思わずおねえちゃんを見る。
だって、おねえちゃんは自分の世界に帰るために、少しずつドラゴンボールを集めている最中だったから。
それを皆にも話してあったから、皆も「えっ」てなったんだよね。
おねえちゃんは、それでもケロッとしてたっけ。
初めてこの世界に来て、ママの力じゃ帰れないってなった時と同じみたいに。
「……今って確か」、
少し考えるようにしながら、おねえちゃんは続ける。
「地球のドラゴンボールで叶えられる願いは、ひとつじゃないですよね?」
「あ、そうか! じゃあ、一つ目でそのオルゴールを鳴らすのをお願いして、二つ目でちゃんを元の世界に……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
オレは焦って、早口に捲し立てた。
「おねえちゃんは今空を飛ぶのを練習してて、マスターするまでは帰らないんだって言ってて……、だからそのっ、今すぐ帰るなんてそんなのっ」
「待って待って、トランクスくん」
しゃがみ込んだおねえちゃんが、オレと目を合わせてくる。
そこにあるのはいつも見ているようなのんびりした微笑みで、オレは口の中の言葉を呑み込むしかなかったんだ。
思わず黙ってしまった自分と、それから皆を見回して、おねえちゃんはこう言った。
「複数の願いごとが叶えられる時に、ひとつだけを叶えて残りをキャンセルすれば、その後は確か、一年じゃなくて数ヶ月程度待てばドラゴンボールは復活しますよね?」
だから、今回わたしの願いごとは見送ります。
おねえちゃんはそんなふうに言ったんだ。
もしかしたら、その勇者さんを見れば何か思い出せるかもしれないし、そうすれば、オレ達にとって有利な情報も思い出せるかもしれないって。
それで、オレはちょっとホッとしたけど、何とも言えない気持ちでもあったんだ。
……これまでに集めた三つのドラゴンボールは、オレとおねえちゃんが二人で集めたものもあった。
悟飯さんや悟空さんが手伝ってくれて、みつけたものもあった。
おねえちゃんのために集めたボールだったから、急に違うことのお願いに使うことになって、それで、何だかおねえちゃんに申し訳ないような気持ちになったんだ。
でも、オレが黙り込んでいると、
「トランクスくん」、っておねえちゃんが呼ぶんだ。
見れば、向こうは両手を合わせて拝むみたいにしながらオレに言う。
「ドラゴンボールが次に使えるようになったら、また、探すお手伝いをお願いしてもいいかな……?」
「……! うん!!」
「よーし、じゃあ、残りのドラゴンボール探すか!」
悟空さんが「よしきた」とばかりに皆に向かって言った。
そうしてオレ達は、分かれてボールを探すことになったんだ。
残りのドラゴンボールは四つ。
皆で手分けして、バラバラに別れて探したんだ。
オレは、悟天と一緒に。
悟飯さんは、ビーデルさんと。
悟空さんは、オルゴールの持ち主のおじいさんと。
おねえちゃんは、クリリンさんと一緒になって探しに行った(本当は、俺たちと一緒に来てほしかったな)。
その日のうちにボールは見つかったさ。オレ達みんなが本当に本気を出せば、そんなに難しいことじゃない。
だから、次の時にはおねえちゃんに苦労はさせない、って決めてあるんだ。
そう思いながら、集まったボールをオレんちの庭に並べて置く。
「出でよ神龍!」
悟空さんの声に応じて光が走って、暗くなった空にそれが立ち昇っていく。
現れた神龍を前に、初めて目にするというオルゴールのおじいさんは仰天してたっけ。
同じく初めて見るはずのおねえちゃんの方をチラッと見ると、こっちは案外、オレ達と変わらないような反応。
(そっか、神龍のことも、おねえちゃんは元々知ってるもんね)
と改めて納得してるうちに、願いごとが告げられたんだ。
「ゆ、勇者タピオンの封印を解いてほしいんじゃ……!」
そう言ってオルゴールを差し出すおじいさんの元に、神龍から放たれた光の線みたいなものが走ったのを見た。
慌てておじいさんが手を離すけど、すぐには何も起こらない。
神龍は「願いは叶えた」って言ってたけどね。
二つ目の願いは今回はナシ、ってことで、神龍は消えてドラゴンボールも散っていった。
みんなで、オルゴールを見つめてたっけ。
しばらく待って、でも何も起きないその様子に、ママが痺れを切らして
「何も変わってないじゃない!」なんて言い掛けた時、何か軋むような音がしたんだ。
ゆっくりと鳴り始めたオルゴールは、封印が解けた証拠なのに違いなかった。
オレは悟天と一緒に息を呑んだんだ。
そうして、その蓋が開いた時、けむりみたいなものがすごい勢いで噴き出し始めた。
「「出た!」」
悟天との声がハモった直後、すごい気をビリビリ感じたんだ。
風が吹き荒れ、けむりの中に浮かび上がる誰かの輪郭は見て取れるけど、はっきりとはわからない。
オルゴールの音楽に重なるみたいに、笛のような音色が響き始めた時、何かに耐え切れなくなったかのようにオルゴールが壊れて弾けるのを、オレは見た。
そうしてやがて風もけむりも収まった頃、そこには剣を背負った、一人の男の人が立っていたんだ。
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