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「さあて、と……」

クリリンさんが大きく図面を広げます。
プリントアウトしてもらった、ドラゴンボールの在りかの地図です。
皆でいっぺんに探そうってことになって、ブルマさんにドラゴンレーダーでの情報を元に、印をつけてもらったんですよね。
それで、やって来たのがこの場所です。
……一応平日とはいえ金曜日、そこそこに混んでいるものですね。
今いるこの遊園地はそれなりに賑わっていて、「土日でなくてまだ良かった」と思いました。
土日だったらもっと混雑してるでしょうし、幾分ボールが探しにくくなりそうですもんね。

「ブルマさんの地図だと、ここが中心かあ……。こっから半径三十メートル以内ってとこかな?」
「そうですね」
「……ちゃん、何処にドラゴンボールがあるかなんて、覚えてたりしない?」
「うっ……、ご、ごめんなさいっ」
「そっか。まっ、そう苦労しないで見つけられるとは思うけどさ!」

ニカッと笑いながら、ぐるりとクリリンさんが辺りを眺めまわします。
幾つかのアトラクション、売店、ベンチ……。
ある程度の範囲は絞られているものの、密集して色んなものがあるので、パッと見では分かりません。
そもそも、目につくところにあるなら、誰かに見つけられていそうなものですよね。
二手に分かれてザッと見て歩きましたけれど、やっぱりすぐには見つかりません。
無いなあ、なんて思いながらキョロキョロしてると、聞き覚えのある絶叫がすぐ近くの建物から響き渡ってきました。



「……お化け屋敷の中にもありませんでしたか」
「ああ、オレ、入り損の怖がり損しちゃったよ」

やれやれと言わんばかりの苦笑いで、クリリンさんがベンチに腰を下ろします。
ほら、と渡してくれた売店の飲み物を受け取り、クリリンさんもコーヒーを啜りました。

「レーダーを直接借りてこられたら、すぐ見つけられるんだけどなあ」
「でも、この地図だって充分、位置は絞られてますよね!」
わたしは改めて広げた図を覗き込みながら、「流石はブルマさん」、と感嘆せざるを得ませんでした。

「でも、ここが動物園じゃなくて良かったですよね」
「んん? なんで?」
「ほら、ドラゴンボールって、生命体に囲まれるとその電波をキャッチできないじゃないですか。動物に呑みこまれちゃうとか……」

そういう心配がなくて良かったなーって思って。
言うと、ああ、そういえば、というふうにクリリンさんは肯きました。

「そういや昔、ブルマさんそんなこと言ってたっけ……。はは、ちゃんはホントよく知ってるなあ」
「……今回の件は、ちょっとよく覚えてなくて、すみません」
「いや、それくらいの方が、探しがいがあるってもんさ」

笑って、そしてクリリンさんは続けます。

「それにしたって、オレが忘れかけてるようなことまで覚えてるんだもんなあ。……ちゃん、他にも何か、 『 そんなことまで知ってんの!? 』 っていうの、あったりする?」
「えっ、じゃあ……。今、他に誰もいないから言いますけど」

わたしは念のため、他に誰も聞いていないことを確かめるために周囲を見回します。
クリリンさんはのんびりとわたしを待ちながら、コーヒーを傾けましたけれど。

「……クリリンさん、昔、娘さんに似たお名前の彼女さんがいませんで」

「でしたっけ」、と続くはずだったのが、途切れました。盛大にクリリンさんがコーヒーを噴き出したので。
近くを歩いていた男女がゲッと言いたげな顔をしつつ遠ざかるのをよそに、わたしはひとまずハンカチを渡してあげました。

「……もしかしなくても、禁句でした?」
「ゲホッゲホッ……、ちゃん、そ、そんなことまで知って……、あ! い、今の、18号には」
「言いませんよー」、
わたしはパタパタと手を振りました。
「言う必要なんてこれっぽっちもないじゃないですか」
「そ、そうだよな! はは、あははは」

ちょっと引き攣り笑いしながら、こぼしたコーヒーをふき取りつつも彼は小声で言います。

「ち、ちくしょう、そんなことまで漫画で描かれてるなんて……」
「あ、そのエピソードはアニメオリジナルです……。原作にはなかったですよ」
「そ、そっか。……ちくしょう、アニメスタッフを恨むぜ……」
「あはは」

わたしは思わず笑ってしまいます。
子どもの時の記憶が、こんな形で笑い話になるなんて思いもしませんでした。
……こんなふうに、わたしは、この世界にやって来てから今日までを過ごしていましたから。
物語の終盤、もう、大変な事態に遭遇することもないだろうと思っていましたから。
だから、この時くらいまでは、わたしも大分お気楽なものでした。
「大変な事態」が訪れると知るのは、まだ、もう少し先のことですけど。

「それにしても……」
ようやく人心地ついたクリリンさんが呟きます。

「やっぱりこんなに人が多い場所でドラゴンボールがあれば、もうとっくに見つかってるよなあ。警備員とか、清掃員だっているんだし」
「……ふつうの人には見つけられないような場所にある、ってことかもしれないですね」
「例えば?」
「うーん……、地面の中とか、高いところ、とか?」
「!」

何かピンときた顔をしたクリリンさんが、誰もこちらを見ていないのを確認して空中に飛び出しました。
少しの間、高いところでジッと辺りを見下ろして、すぐに、その顔がパッと明るくなります。
ひとつのアトラクションのてっぺん、そこに下り立った彼がこちらを見下ろし手にしたものを掲げてみせます。
鈍く陽の光を跳ね返すそれは、まさしくドラゴンボールでした。




カプセルコーポレーションに戻ったわたし達は、皆と合流しました。
悟飯くんとビーデルさん、トランクスくんに悟天くんは、もう既に戻ってきていました。
わたし達は、三番目にゴールした、ってことになりますね。

「トランクスくん達、早かったんだね。何もなかった? 大丈夫?」
「へへっ、ボール探しくらい、オレ達だけでも充分さ! なあ悟天」
「うん! あっという間に見つけちゃったんだもんね!」

そう言ってあどけなく笑い合う二人を見て一安心します。
わたしとクリリンさんで見つけてきたボールを取り出し、皆がそうしていたのに倣ってテーブルの上に置きます。

「あとは悟空だけか」
「お父さんなら、きっともうすぐ……」

そう言う矢先にフッと空気が動いて、皆の目の前に現れたのは孫悟空さんその人です。
同行していたあのオルゴールのおじいさんが、何が起こったのかわからないみたいに(実際そうなんでしょうが)目を白黒させていました。

「オッス、待たせたな!」
「悟空!」
「もう、孫くん! 急に来るのは吃驚するからって、いつも言ってるでしょう!?」
「わりぃわりぃ! いや〜、皆の気が集まってるの分かってよ、急いだ方がいいかなと思って瞬間移動で……」

そう言いながら、悟空さんは懐からボールを取り出します。
これで、晴れて七つが集まり、わたし達はいよいよということで庭に場所を移しました。
トランクスくんなんて、廊下を一番に駆けていきます。本当に楽しみでしょうがない、といった感じで。

「ほら、おねえちゃん! 早く早く!!」
「トランクス、走らないの!」
「うんうん、勇者は逃げないよー?」
「そうなんだけどさっ」

目をキラキラさせて、やっぱり真っ先に駆けていきます。
あのおじいさんの話を聞いてからというもの、トランクスくんは随分と「勇者」に興味津々みたいでした。
男の子だなあ、と思っているうちにわたし達は庭に辿り着き、ボールが並べられます。
悟空さんの合図をきっかけに、まだ陽の高かった空が暗く染まり、わたしは初めて神龍を目にしました。
漫画の中で、そしてアニメの中で何度も目にしているものの、本物を間近に見るとその迫力は比べようもありませんね。
……そんなに驚嘆してるようには見えなかった?
そんなこと、ありませんよ! 今だって、思い出すとドキドキします。
だって、子どもの頃からずっと憧れていた神龍ですから。自分だったらどんなお願いをしようかって、昔はよく考えてましたっけ。
そうした時間も、あっという間のものでしたけど。

「ゆ、勇者タピオンの封印を解いてほしいんじゃ……!」

オルゴールを掲げるおじいさんの声に神龍が応じ、光が迸ります。
願いを叶えたと告げる神龍は黄金色に輝き、それがドラゴンボールに再び形を変え、本当に一瞬の間に散り散りになるのを見届けます。
空は晴れ、ほんの数分前までと何も変わらないみたいなこの世界の中で、神龍の光を受け止めたそのオルゴールはただそこに佇んでいます。
金具の部分が、再び差し始めた太陽の光を受けて、まるで虹のような不思議な輝きを宿していました。

「何も変わってないじゃない!」
「あ……!」

ブルマさんが思わずそう言うのを、何かに気付いたビーデルさんが留めます。
何か、軋むような鈍い音。
その一拍の間の後に、音色は響き出しました。
物静かな旋律でした。やさしい旋律でもありました。皆さんそれを感じ取ったようで、

「きれいなメロディーね」
「でも、どこか物悲しい……」

ブルマさんが、ビーデルさんが続けます。
けれどトランクスくん達はそれどころではありません。オルゴールの蓋がゆっくりと開き、風が巻き起こった途端に、
「出た!!」と声を揃えて大騒ぎです。
実際、噴き出す風と白いもや、そしてその中心に浮かび上がる人影に、皆が目を奪われていました。
ブルマさん達が近くへ駆け寄り、固唾を呑んで見守る中、あのオルゴールのおじいさんだけがジリジリと後ずさっています。
……わたしは、比較的後方にいましたから。
うっかりすれば、そのおじいさんがあと数歩下がれば、わたしにぶつかってしまうような場所にいたんです。
きっと、おじいさんは、わたしのことになど気付いていなかったんでしょう。
わたしは、ぶつからないように退こうとして、ふと、奇異を感じます。
何か……何とも形容しずらいんですけれど。

厭な感じが、したんです。

それは、おじいさんから発せられているような気がしてなりません。
聞き取れないような音とでも言うのか、或いは、目に見えない……それこそ、いやな「気」とでも言うのか。
とにかく、そんなのが何か出ていて、辺りを覆ってしまおうとしているかのように感じられたんです。上手く言えませんけど。
……それに抗するように向こうから響くのは、笛の音でしょうか。

「チッ」

わたしは、おじいさんが舌打ちするのを、そのすぐ真後ろで聞いていたんです。
そしてあの何とも言えない厭な感じも、まるで彼自身の中に引っ込めるかのように、あっという間に消え失せていたんです。
わたしは彼を、その小柄な背を見下ろしていました。
――このおじいさん、悪いキャラだったっけ。
この時になって、わたしは急にそんなことが気になり出しました。
……だいたい今思えば、勇者を復活させてほしいというその理由もただただ、漠然としたものです。
「早く勇者を復活させないと、地球が滅びる」?
本編でブウ編後のこの世界、一回地球は、木端微塵になってますけどね。
そんなことをチラッと思いながら、おじいさんを改めて背後から見つめます。
白いもやの中から光と共に現れた勇者と思しき人物にも視線を投げ――、わたしは交互に、おじいさんと勇者とを見ました。
何かおじいさんに不審な動きがあれば、誰かに告げなければと思ったんです。
そんな心配は、この時は結局、不要のものとなりましたけど。

「じっちゃんが言ってたのは、ホントだったんだ……」

思わず言うのは悟空さんで、きっとそれは、そこに居た皆さん全員が同じ気持ちだったと思います。
皆が、その場に現れた勇者を見ていました。
朱に染まった逆立つ髪、異星の人であることを示すように伸びた長い耳。旅装束に背負った剣。
手には、今しがたまで奏でていた笛を携えた出で立ちです。静かに開かれた目は、力強さに満ちています。
なるほど立派に、勇者と呼べる空気を纏った青年なのです。思わずブルマさんが、
「いい男じゃない!」
なんて言ってしまうくらいには。
皆の注目が集まる中、わたしはあのおじいさんが徐にその勇者に近付いていくのを内心ハラハラとしながら見ていました。
さっきの舌打ちの意味を考える間もなく、思わず事態を凝視します。勇者の剣が抜かれ、それはおじいさんに突き付けられたのです。

「寄るな!!」

険しい顔で拒絶を示す勇者に、トランクスくんは「かっこいい!」とはしゃいでいますがそれどころではありません。

「おまえが復活させたのか!」
「千年もの間、あんな狭いところでご苦労だったな」

切先を目の前にしながら、それでもおじいさんはにこやかです。ますますわたしは内心、眉根を寄せました。
……やっぱりあのおじいさん、悪いキャラだったかも。
思いますが、ほとんど記憶は薄れています。確証が得られないまま、事態を見守るしかありません。

「余計なことを……! 元に戻せ!!」
「もう無理じゃ。オルゴールも壊れてしまったからなあ」

ふふふっと小さくおじいさんは嗤います。
見れば確かにオルゴールは箱が弾け飛んでいて、一目で駄目になってしまっているのがわかります。
歯噛みする様子の勇者に近付いていったのは、我らが悟空さんです。

「まーまーまー、せっかく出られたんだからよー。もっと仲良く……」

のほほんと言う悟空さんの言葉を遮断するかのように、その人は背を向けます。
「近付かないでください」、と告げる口調には怒りが感じられます。
それを裏付けるように、続けて勇者は言ったのです。
「貴方たちは、大変なことをしてしまったんですよ……!」
と。
何が何だかわからない皆さんを背に、その人はその場を後にしました。
行くあてもないはずなのに、静かに去るその後ろ姿にとても惹きつけられたらしいのは、やっぱりというべきか、トランクスくんでした。
ブルマさんが止めるのも聞かず追いかけていって、それに悟天くんも続きます。
わたしのすぐ傍で、悟飯くんがビーデルさんに問いかけていました。

「……感想は?」
「危険な香りがぷんぷんね」

今のやりとりを見れば、至極、当然な意見だったと思います。
それに続くように、ブルマさんが呟きます。

「今の、本当に勇者サマなの? ……まあ、確かにいい男だったし、立派そうな感じはしたけど」
「あの人は」

わたしは言ってしまってから、それが確かであるのを自分の中で確かめるために一度、目を閉じました。
開くと、間近でブルマさんがきょとんとしたようにこちらを見ています。
わたしはもう一度、口を開きました。

「……あの人は、正真正銘、勇者さんですよ」
「! ちゃん、何か思い出したの?」
「少しだけですけど……」

わたしは肯いてみせました。
本当に、少しだけでした。それでも、思い出したんです。
わたし、あの人のこと、知ってるって。
そして自分の記憶から、あの勇者さんがトランクスくんに大きく関わってくるだろうことだけは分かったんです。
……わたしがはっきりと覚えているのは、本当に本当の、物語ラストの場面だけでした。
やさしそうに微笑む勇者さんの姿を、わたしは覚えていたんです。
だから、さっきの振る舞いは何か理由があるのだろうと思いました。それが何なのかは、忘れてしまいましたけれど。

同時に、自分の中でひとつ気になることが浮かび上がりました。
それは、あの勇者の姿を見て、同時に思い出した誰かさんのことです。
勇者さんにとてもよく似た、小さな男の子。その子がわたしの記憶の中に、不意にひょっこりと顔を出したのです。
丁度トランクスくんくらいの年頃の、まだ幼さの残る子です。
わたしの朧げな記憶の中で、その子はけれどはっきりと、勇者の特徴を受け継いでいました。
それは一体、誰なんでしょう。
あの勇者さん自身の子供の頃の姿かもしれません。或いは、近しい家族の誰かなのかもしれません。
今はまだ、物語の展開に関わるわけではないのかもしれませんが。
……あの子は一体誰?
そのひとつの疑問符が、わたしの中でひどく引っ掛かってなりませんでした。






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