3 トランクス

悟天とオレは、工場跡の屋根の上にいた。
あの勇者のお兄ちゃんの気を追いかけてきたら、ここに来たんだ。
オレんちからそんなに離れてない、もう結構前から、ずうっと廃墟みたいなとこさ。
「建設途中で開発中止になったって聞いたわよ」って、ママが言ってたっけ。
どういうわけであのお兄ちゃんがここに、なんて全然考えなかった。
とにかく、いろんな話が聞きたかったんだ。なんてったって、千年前の伝説の勇者なんだからさ。
いつの間にかすっかり夕暮れで、辺りはオレンジ色に染まってたっけ。

「トランクスくん、やめた方がいいよ」

そういう悟天の横顔もオレンジ色だった。
でも、ここまで来ておいて引き返すなんて出来っこないじゃないか。
オレは「何言ってんだよ」って言いながら、天窓みたいな鉄板をひっくり返した。

「でも、近付くなって……」
「だけどよー」

言いながら、外した窓の中を覗き込んで、ぎょっとする。
遠目に見えたのは、確かにあのお兄ちゃんだった。
でも、頭を抱えて苦しむみたいにしていたかと思うと、オレの気に気付いたのかこちらを見たんだ。
こう言うのもなんだけどさ、……その、正直、怖い顔しててさ。
思わず驚いて尻餅ついたオレを見て、悟天がきょとんとしてたっけ。どうしたのって。

「ハ、ハハ……さっすが勇者、すげえ迫力…………」

引き攣り笑いになってるのは、自分でもよく分かってた。
とにかく、そんなふうだったから、このままじゃきっと何にも話してもらえない。
そう思って、一旦オレ達は戻ることにした。
でも、もちろん諦めたわけじゃなかったんだ。



夜になると、ママが皆に夕食を振る舞ってくれた。
その日はバーベキューで、いつもどおりならオレも皆に混じってお腹いっぱい食べるとこだけど、この日はちょっとワケアリでさ。
今だから言うけど、一人分のお肉をこっそりもらって、悟天と一緒に届けに行ったんだ。あのお兄ちゃんのところに。
だって、あれからずっと何も食べてないだろうし、お腹空いてるだろうなあと思って。

それでも、ダメだったんだ。

オレ達を一瞬敵か何かだと思ったらしいお兄ちゃんは、剣を抜きかけた姿勢のまま厳しい目つきで、こちらを窺ってた。
それに吃驚した悟天は、オレの後ろにぴったりくっついてくる。服の裾をぎゅっと握ってくるのがわかったっけ。

「あ……あの、お兄ちゃん、お肉ここに置いとくから」
「…………」

オレ達が子どもだって分かって、お兄ちゃんは剣を収めたけど、何も言おうとはしないんだ。こっちをもう見ようともしない。
近くのコンクリートの上に座り直したお兄ちゃんは、相変わらず怖い表情で。
オレは取り繕う感じで、ただ、何か言わなくちゃ、って思って口を動かしたんだ。

「あ、あはは、は、あの……、ママの味つけ、結構いけるんだ!」
「…………」
「……、じゃあ、もう帰るよ」
「…………」
「明日、また来るからね……」

返事は、当たり前みたいに無かったよ。
でも、これで諦めるオレじゃない。
後でまた来てみようって心に決めて、すぐに家に戻ったんだ。
元々、夕ご飯の時間だったもんね。長い時間姿が見えないのは皆に怪しまれる、って思って。
オレと悟天は何もなかったみたいに、ママ達の集まりの輪の中に戻ったのさ。
でも、座ってジュースを飲んでたおねえちゃんの傍に行くと、おねえちゃんに
「おかえり」って言われてドキッとした。
「な、何のこと?」って返しても、おねえちゃんは黙って微笑んでたっけ。まったく、敵わないなあ、おねえちゃんには。
そんな何とも言えない感じにほんのちょっぴり、むず痒さを覚えていたんだけど、それも少しの間だけだった。

「そういえばさん、最近舞空術ができるようになったんですって?」

悟飯くんから聞きました、って続けるのはビーデルさんだ。
全く違う話題を振ってくれたことに、正直ちょっとホッとしたのは否定しないよ。

「うん、そうなんだ。でもまだ、ちょっと浮くくらい」
「そこまでいったら、後はあっという間ですよ! 私もそうだったし」
「ビーデルさんは割とすぐ習得してたよね。でも、わたしはまだ時間が掛かりそうだなあ……」
「もう、さんってば。私の方が年下なんですから、呼び捨てでいいって言ってるのに」

そんなふうに言うビーデルさんは、すっかりおねえちゃんとも打ち解けてる。
最初の頃は、別の世界の人だなんて全っ然信じてなかったのにね。
それというのも、

「だって原作でもアニメでも、悟飯くんが『 ビーデルさん、ビーデルさん 』 って何回も呼ぶから、それでインプットされちゃって」
「え……、あっ、そ、そうなんですねっ」

何でかちょっと赤くなるビーデルさんも、おねえちゃんの知識に事実を認めざるを得なくなった一人だもんね。
今はもう、ふつうに仲良しになって、会えば女の人同士のお話をしてたりするっけ。
(オレから見れば、よく悟飯さんのことを訊ねている気がする。ビーデルさんが、おねえちゃんに)
そんなふうに思ってた矢先、そのビーデルさんの腕時計から何か電子音が響いたんだ。

「はい、こちらグレートサイヤマン二号」

……応答の時のその言葉は、ちょっと聞かなかったことにした。
それは、ともかく。
厳しい顔つきになったビーデルさんが言うには、街で事件か何かが起きたらしく、今のは警察からの応援要請だって話。……だったよね。
そんなことがあったから、ビーデルさんは悟飯さんと一緒にすぐさま街の方へ飛んでいって。
もうほとんど皆食べ終わってたし、何となくそのまま、集まりはお開きになったんだ。





夜は、いつもならあっという間に深くなっていく。
でもその日のオレは、ジリジリしながら時間が過ぎるのを待っていた。
皆が、寝る準備をする頃になったら。
その時をオレは待ってたんだ。
もう少し。もう少ししたらもう一度、あのお兄ちゃんのところへ行こう。
そう思って、持っていく物を準備してたんだ。
きっと食べ物だけじゃ不便をしているだろう、今度は飲み物と、それからタオル。あとは……。

「トランクスくん」

おねえちゃんからの呼びかけにビクッとなったのは、この時が最初で最後かな。
振り返ると、もう部屋に戻ったとばかり思ってたおねえちゃんが立ってたんだ。
「ど、どうしたの」って、やり過ごそうとしたけど。あっさり言ったよね、おねえちゃん。
「わたしもついて行こうと思って」って。

「……おねえちゃん、やっぱり、これからオレが何をするのか知ってるの?」
「ううん。今回のことは、細かいところは全然思い出せないよ」

そう言いながらしゃがんで、オレを見る。
いつもと同じ具合で、にこにこしてて、それでいて何でも知ってるみたいな(実際ある程度そうなんだけど)不思議な感じのおねえちゃんがそこにいた。

「でもなんとなく、わかっちゃった」
「……参ったなあ、もう」
「それより、夜の一人歩きは危ないんだよ? おねえちゃんと一緒に行こう」
「女の人が夜出歩くのは危ないんだよ、おねえちゃん」
「そうだね。……じゃあ、すぐ行って、すぐ帰ってこよう。内緒なんでしょ? ブルマさんには」

そう言って立ち上がり、片手を差し出してくれる。
……やっぱり、おねえちゃんにはもっと、この世界にいてほしい。
手を繋ぎながら、頭の何処かで小さくそんなことを思うんだ。でも、口に出しては言わないよ。おねえちゃんを困らせたくないもん。
とにかく、そんなふうにしてオレ達は、あの勇者のお兄ちゃんの元へ向かったんだ。



……それでも、お兄ちゃんは頑なだったよね。
工場跡の入り口で、オレがうっかり手を滑らせて飲み物の缶を落とした時。
その時もこっちを一瞥しただけだった。それだけだったんだ。

「あ、あはは……」
「…………」

相も変わらず、何にも言ってくれないんだ。
どうしてそんなに、人を遠ざけようとするのかなんて知らない。
でも取り敢えず、オレはおねえちゃんと持ってきたものを近くに置こうとしたんだ。
「良かったらこれ使ってよ」って言いながらさ。


「俺に近付くな!!」


お兄ちゃんの怒気を孕んだ声が、オレ達を打った。
おねえちゃんが足を止めるのがわかったけど、オレはそうしなかった。
「怒らないでよ、すぐ帰るから」、飲み物やタオルを置こうとして、夕方持ってきてたお肉には全然手をつけた様子がないのに気付いたんだ。

「あ、何だ食べなかったのか……」
「消えろっ!!!」

さっきよりも更に語気を荒げるお兄ちゃんに一喝されて、流石にオレも慌てて撤退したさ。
ダッシュで駆け戻ろうとして、おねえちゃんが足を止めたその場所から動かないでいるのに気付いて、すぐにその手を取って駆け出して。
そのまま真っ直ぐ、オレんちまで帰ってきたんだ。
おねえちゃんは、オレの部屋まで送ってくれたんだけど、ずっと何も言わなかった。
もしかしたら、「もう行かない方がいいよ」って言われたりしないかって思ってた。なのに、何も。

「じゃあトランクスくん、また明日ね」
「……おねえちゃん」
「うん?」
「……ちょっとお話しても、いい?」

そう言って、オレはこっちから持ち掛けることにして、おねえちゃんに部屋に入ってもらったんだ。
時々そうするように、オレはベッドの端に腰掛け、おねえちゃんにはクッションの上に座ってもらう。
オレから言い出したことだから、切り出すのも自分の方からだった。

「……オレ、明日の朝も、あのお兄ちゃんのところに朝ご飯届けようと思うんだ」
「うん。そっか」
「そっか、って……、止めないの?」
「どうして?」
「どうしてって……」

そう言われると、詰まってしまう。
おねえちゃんは、その、自惚れとかじゃないつもりだけど、……今までオレのことをすぐ近くで見守っててくれた人だから。
だから、何か良くないこととか、そういうのがあればちゃんとやさしく注意してくれるんだ。
今回も、おねえちゃんがもし、何か思うところがあれば、きっとアドバイスしてくれると思ったんだ。だから……。

「……トランクスくんは、どうしてそうしようと思うの?」
「えっ……、だって、食べ物も飲み物もなかったら、困るに決まってるじゃん。だから」

言うと、おねえちゃんの目が細まって、伸びてきた手がオレの頭を撫でた。

「優しいね、トランクスくん」
「べっ、別に……」
「わたしも、そうするのは良いことだと思うよ。だから、止めないね」
「…………うん」
「でもそれじゃあ、ブルマさんにバレないように作戦を立てないとね。わたしも協力するから、明日も一緒に行こう?」
「うん、わかった」

確かに、何度もご飯を届けるのをバレないようにするのって、難しそうだもんね。
おねえちゃんがそう言ってくれて、心強いなって正直思ったんだ。
そうして、そういえば、ってその時思ったことを、思い切って訊ねたんだ。

「……おねえちゃんは、あのお兄ちゃんのことはあんまり覚えてないんだよね?」
「ちょっとだけ、思い出したよ」
「ホント!?」
「うん。本当にちょっとだけだけど……全然、悪い人なんかじゃないよ。いい人だよ」
「……それじゃあ、どうして今は、ああなの?」

全く人を近付けず、食事もとろうとしない。
それがどうしてなのか、はっきり分かればなあ、って思う。
おねえちゃんが、今回のことをよく覚えていてくれたらなあって思わないでもないけど、今言ったって、しょうがないよね。
おねえちゃんは困ったみたいに笑って、「ちゃんと覚えてなくて、ごめんね」って前置きしてから言ったんだ。

「……例えば、トランクスくんだったらどうかなあ」
「……何が?」
「もしトランクスくんが封印されて、千年後に突然それが解かれたら、どう?」
「…………」

千年後だからブルマさんもベジータさんも、悟天くん達も誰もいない世界になっちゃうね。そんな世界に突然放り出されたら、どうしようか。
最初はピンと来なかったけど、おねえちゃんがそう言うのを聞いて、だんだんうすら寒い気持ちになってくる。
……そうだよね。あのお兄ちゃんは今、正にそういう状況なんだよね。

「ここが何処かもまだわからないだろうし、平和かどうかもわからないから警戒してるんじゃないかな」
「うん、そっか。……そうかもしれないね」
「だから、ご飯届けるの続けていれば、いつかわかってくれるかもしれないよ」

おねえちゃんがそう言うのを聞いて、オレは肯いた。
そうだよね。……きっと、そうだよね。
少し納得したオレは、明日の朝も一緒にご飯を届けにいく約束の指きりをした。
そうしてやっと、その日はベッドに入ったんだ。
いろんなことがあった一日だった。
頭の中でたくさんのことがグルグルしてて、眠れないかと思ったけどすぐに目蓋がくっつくのを感じたんだ。
いつか、わかってくれるかもしれないよ。

「そう、……だよね」

おねえちゃんの声に応えたのは、夢の中でか、寝言だったか自分でもわからない。
そうやってすぐに、オレは眠りについたんだ。






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