4 トランクス・
あれ、次もオレが話す番?
……えっ、今回の話って、オレとお兄ちゃんがほとんど主役?
それホント? ねえ、おねえちゃん!?
……へへっ、そっか。それじゃあ仕方ないよな〜。じゃあ、またオレの番!
次の日の朝は、早起きしたんだ。
ママにバレないように、お兄ちゃんに朝ごはんを届けなきゃいけないって思ってさ。
いつもは寝坊気味のオレも、この時ばかりはパッと起きられたんだ。おねえちゃんに褒められたっけ、「今日は早起きだね」って。
「まあね」って返しながら、ひっそり、家を出る準備をしたんだ。
ご飯は、おねえちゃんがもう用意してくれてた。
それでも、外に出るともうすっかり明るくなっててさ。
あれから確かに一晩が経ったんだってわかって、ちょっとだけ、心配になった。
あのお兄ちゃんがまだ、あの工場にいるのかどうか、不安だったんだ。もしかしたら、何処かに行ってしまったりしてないかって。
「ねえ、おねえちゃん。……あのお兄ちゃん、まだあそこにいるかなあ」
「……ストーリーをはっきり覚えてたら、 『 大丈夫 』 って言えるんだけど、ごめんね」
「ううん。じゃあ、早く行ってみようよ!」
オレ達は連れ立って、すぐに、あの工場跡へ向かったよ。
だけど入り口が見えてきた時、オレはすごくビックリしたんだ。
工場の……、建物の横側に、昨日まではなかった大きな穴がぽっかりと開いてたんだもん、そりゃあ驚くよな。
砕けたコンクリートの残骸、散らばるガラスの欠片、それに剥き出しになった鉄筋。
どう見ても、何かあったのは一目瞭然だったんだ。
おねえちゃんも「ええー……」って、オレほどじゃないけど吃驚してた。
「何がどうしたの、これ」
「何があったんだ……!?」
二人で顔を見合わせて、すぐ意を決して、中へ入ってみた。
何せ工場の跡だもん、何かの加減でバクハツしたとか、そんなのだって無いとは言い切れない。
お兄ちゃんは大丈夫かなって、ドキドキしたっけ。
それでも、お兄ちゃんは普通にそこに居たんだ。
何事もなかったみたいに、ただ、地面の一点を見つめて静かにしてた。それに、オレは心から安堵したんだ。
「良かった、無事だったんだね!」
「…………」
此方に向けられた目は厳しくて、また来たのか、と言わんばかりの怖い顔だった。
でも、昨日の今日だもんね。オレはそんなに気にしなかった。
きっとまだ、警戒が解けていないだけなんだって思えば、それもそのはずだって気がしてきたんだ。
何があったのかなんて、まだ話してはもらえないだろうけど。お兄ちゃんが無事ならそれでいいや、って思えたっけ。
オレは朝ごはんを置くと、すぐに手を振ったんだ。
「じゃあ、また持ってくるね!」って言って。返事がなくても、それで良かった。
そうやって、オレとおねえちゃんとで帰ってきたんだ。
この日は確か、土曜日だったっけ。
悟天達やクリリンさん、それに亀仙人のおじいちゃんは帰っちゃったけど、ビーデルさんは学校がお休みなのもあって、うちに泊まって遊んでくれることになったんだよね。
(そういえば、あのオルゴールのおじいさんも姿が見えないけど、帰っちゃったのかな?)
折角だからって、いつもはオレとおねえちゃんだけ、マンツーマンでやってる舞空術の練習も、この日はビーデルさんも一緒に混ざってもらったんだ。
おねえちゃんは、五〜六メートルくらいまでは浮けるようになってたから、あとは本当にコツさえ掴んじゃえば自由に飛べるようになるはずだった。
「悟飯くんの舞空術講座を聞く分には、そう難しくなさそうだったんだけどなあ」
実践は、やっぱり簡単にはいかないよね。
練習休憩中にそうぽつりと言ったおねえちゃんに、ビーデルさんが目を瞬いた。
「悟飯くんのって……」
「悟飯くんがビーデルさんに、舞空術教える回があったでしょ? あの場面のこと」
「え……っ、あ、あの時の事も描かれてるんですかっ」
「原作でもアニメでもね。丁寧に描かれてたよ」
「や、やだっ」
急に赤くなって慌て始めるビーデルさんが何だか不思議で、オレは首を傾げたんだ。
「どうしてそんなに恥ずかしがるの?」
「だ、だって誰も見てないと思ってたのに……!」
「実際そうなんじゃ……」
「さんの世界の人には見られてるってことじゃない!! さん、 『 ドラゴンボール 』 って確かすごい人気だって、言ってましたよねっ」
「……国民的マンガだから、ドラゴンボール知らないっていう人探す方が難しいくらいには」
それを聞いてますます赤くなるビーデルさんは、両手で顔を覆ってたっけ。
(こう言っちゃなんだけど、案外恥ずかしがり屋なんだなーって思ったの、覚えてるよ)
それはさておき、オレは、前にもその話、おねえちゃんから聞いてたんだ。
子どもの時のおねえちゃんは、ずっと舞空術を使えるようになるのが夢で、こっそりその場面をお手本に練習したことがあるんだって、教えてくれたっけ。
……でも、おねえちゃんの世界では、誰も舞空術を使えなくて。
子どもの時のおねえちゃんは、いつしか、その夢を諦めちゃったんだって。
そんな言葉を思い出しながらオレは、休憩を終えて、また宙に浮く練習を始めたおねえちゃんを見上げたんだ。
目を閉じたまま真剣に気を集中させるおねえちゃんは、真面目なのに、どこか嬉しそうで。
よかったね、って思ったんだ。夢が叶ってよかったって。
オレは、あんまり教えるの上手じゃなかったかもしれないけど。
それでも、おねえちゃんの夢の手助けが出来てたら、嬉しいなって思うんだ。
……は、ははっ、面と向かって言うと何か照れるな。
えっと……、オレ、その、トイレ行ってくるから、話の続きはおねえちゃんにバトンタッチするよ! いいよね、おねえちゃん。
あ、でも、あんまりオレがいない間に進め過ぎないでほしいな、オレだって聞きたいところあるんだから。
じゃ、おねえちゃん、パス! 行ってくるね!
じゃあ、続きはわたしが引き受けますね。
トランクスくんが戻るまで、少しだけ話を進めておきましょうか。なんていったって、彼は今回の主人公の一人ですもんね!
……今度の件が、勇者さんとトランクスくんを主軸にしたお話だっていうのは、今の皆さんなら納得されると思います。
ええ、わたしは、大筋のストーリーこそ忘れてしまっていましたけれど。
それでも勇者さんが、決して当初の振る舞い通りの人物ではないって。それだけは、知っていました。
だから、食事を届けるトランクスくんを、そっと見守ることにしたんです。
――ブルマさんは、最初から気付いていたんですよね。
トランクスくんが勇者さんに、ご飯を運んであげてること(トランクスくんは、今も気付かれてなかったって思ってるはずですけど)。
敢えて何も言わないにしろ、そして充分強いトランクスくんですけど、やっぱり独りでっていうのは、どことなく心配なものですよね。
だからわたしは、ブルマさんの代わりに、トランクスくんのすることを傍で見守っていました。
実際は、ただ付き添っていただけに過ぎませんけれどね。
その日は朝食を届け、昼間はわたしの舞空術の練習に付き合ってもらって……、そうして夜、再び工場跡に向かいました。
ここからが、トランクスくんの話の続きですね。
歩いていて、最初に気付いたのが笛の音でした。
聞き覚えのある音色が、遠くから流れてくるんです。……きれいで、寂しげな旋律でした。
そして遠目にも、ぼんやりと火の灯りが見えたんです。その時になってはたと、
(何か明かりになるものを用意してくればよかった!)
なんて思いましたっけ。
暗いのは、やっぱり心細いものですもんね。まあ、実際には、灯りは自分で調達したようでしたけど。
いよいよ近付いてみると、笛の持ち主は、工場の外壁を背に音色を奏でていましたっけ。
珍しいな、って思いました。
……そう思う程に、何度も足を運んでいるわけじゃないんですけど。でも、そう感じました。
今まで身を潜めるようにしていた印象でしたから。こうして外にいるのは、何だか意外だなって。
その当の本人は、わたし達の気配を充分感じ取っていただろうと思います。
それでも、まるで気にするふうでもなく、目蓋を下ろしたまま旋律に身を任せている――、そんな感じでした。
トランクスくんがその脇を駆けていって、食事を置こうとしても身じろぎひとつしないんです。
もう、きっと、何も反応しないことにしたんだろうなと思いました。
わたしがこの場所に来たのは三度目でしたが、それまでの二度は拒絶しかありませんでした。
懲りずにやって来るわたし達を、もう、相手にしないことに決めたんだろうと考えていると、
「あーっ、ダメダメ!!」
トランクスくんの大きな声がして、何事かと思わずそちらに目をやります。
勇者さんも音色を奏でる手を止めるのが分かりましたが、
「それお兄ちゃんのだぞ、食べちゃダメ!!」
……何処からか入り込んだ野良猫が、朝置いていったサンドイッチをペロリと平らげてしまっていたんです。
思わず大慌てのトランクスくんに、正直、ちょっと和んでしまいました。
猫はそのまま逃げていっちゃいましたけど、心の底からガックリと溜め息をつくその様子が、あんまりにも可愛くて。
つい微笑みそうになったその時、
「……もう、来ないでくれないか」
小さな、でもはっきりとした声色が、そんな言葉を告げたんです。
わたしは思わず真顔に戻って、まじまじと、その人を見てしまいました。
トランクスくん以外にこの場にいるのは、わたしとその勇者さんだけでしたから。
だから、そう言ったのは勇者さん本人でしかないのです。
……あはは。今思えば、あんまりですよね。初めて掛けられた台詞がコレですから。
でも、その時はそんなこと考えるわけでもなくて、ただその人を見返していました。
向けられた視線ははっきりとこちらを捉えていて、間違いなく、言葉はわたしに発せられたものでした。
トランクスくんは、きっと、この小さな言葉には気付かなかったでしょう。
思いがけず、一対一でわたし達は相対しました。
勇者、タピオン。
ほんの数瞬、その名を頼りにもっと何か思い出せないかと記憶を手繰ります。
でも、ダメでした。
覚えているのはこの映画……劇場版の、最後の場面だけなんです。
そして同時に、彼によく似た小さな男の子のことが、どうしてもわたしの中でひどく引っ掛かるのです。
そうしたことは、表には出しませんでしたが。
「わたしが止めたとしても……」
ちらと、視線を向こう側に投げます。
夜の分の膳を、ちょうどトランクスくんが置いたところでした。
「トランクスくんは、ご飯を持ってくるの、止めないでしょうね」
「…………」
勇者さんの表情が強張ります。
そうしたところで、わたしは怖くありませんでした。だって、本当は怖い人じゃないって、知っていたんですから。
動じるふうでもないわたしから、勇者さんはふいっと顔を逸らします。
トランクスくんの屈託ない声がそこへ掛けられました。
「その笛、いい音だね。もっと吹いてよ!」
「…………」
「あ、あはは……やっぱりいいや……」
無言の刺さるような視線に、流石のトランクスくんも退けざるを得ないようで。今日はここまでにした方がいいと思ったんです。
「トランクスくん、今日はもう帰ろう?」
「……うん」
言うと、彼は素直に応じてくれました。
勇者さんが笛を下ろして工場奥へとゆっくり戻るのと、トランクスくんがこちらへやってくるのとを目の当たりにしていた、その時でした。
「あっ!!」
トランクスくんの見開かれた目、振り向いた勇者さんの視線の先。それはわたしの背後にありました。
誰かの気配、通り抜ける風は一瞬です。
気付けば、その誰かは勇者さんの笛を弾き落としていたんです。
笛は転がり、近くにいたトランクスくんがそれを拾い上げます。
襲撃者は、「笛をよこせ」と叫びながら奪い取ろうとしますが、そこは流石に、トランクスくんですよね。
その誰かが飛びかかってくるのを軽々と躱します。
そうするうちに灯りが落ちて、入っていた油と共に炎が辺りに広がりました。
「!」
わたしは内心で、(やっぱりな)と思いました。
攻めかわしの間に今まで目深に被っていた襲撃者のフードが露わになり、オレンジがかった炎の前にその顔が照らし出されたんです。
あの、オルゴールの話を持ち掛けてきたおじいさんです。
駆けてきた勇者さんが、叫んでいました。
「トランクス、笛だ!!」
「あ、は、はいっ」
「待て小僧!」
大きく跳躍したトランクスくんが勇者さんに笛を投げようとした時、おじいさんはそれを大きな声で留めたんです。
間髪を入れず、言葉は続いていました。
「タピオンは勇者などではない! 奴こそ街で大暴れしたモンスターじゃ!!」
「……えっ……」
一瞬困惑して、トランクスくんが勇者さんを見ます。
それはきっと、前の晩に悟飯くんとビーデルさんが応援要請された、街での事件のことでしょう。
(テレビでも、謎のモンスターが街を襲ったと報じていましたから)
視線を向けられた勇者さんは、襲撃者から目を逸らさないままに言います。「騙されるな」と。
しかしおじいさんは畳み掛けるのです。次から次へと、言葉は流れ出ました。
「奴に笛を渡したらこの地球はもちろん、宇宙は全て破壊し尽されるぞ! ……さ、ワシに寄越すんだ」
そう言って、その両手を伸ばすのです。
正直、うわあ、と思いました。
だって、オルゴールを開けるまでと、言っていたことがまるで噛み合ってないんですから。
冷静に考えれば、トランクスくんもそのことにすぐ気付いていたと思います。
……けれど、ほんの僅かな時間にいっぺんに事態が急転して、混乱してしまうのも無理のないことです。
そしてきっと、彼を躊躇させたのは、「今まであのおじいさんが言っていた事は確かに真実だった」という点です。
実際に、オルゴールの中には本当に勇者が封印されていたんですから。
ジリジリと、時間が流れました。
皆が、トランクスくんの次の行動を待っている、といった形です。
どうして勇者さんの持つ笛が狙われているのか、それはひとまず後にするにしても、何か重要な意味があるのでしょう。
勇者さんに返すか、おじいさんに渡すのか。
トランクスくんは笛を、勇者さんを、おじいさんを、そして最後にわたしを見ました。
わたしは、答えを覚えていません。
でも、トランクスくんの選ぶ答えなら。
わたしは黙って小さく肯いてみせました。
肯き返すトランクスくんは、その笛を掲げ、投げます。
「お兄ちゃん!!」
勇者さんは見事にキャッチし、襲撃者の舌打ちが響きます。
これでもう大丈夫かと思った矢先、おじいさんの三白眼がギロリとこちらを向きました。
もはや物語序盤(敢えてこう言いますね)の、人の良さそうだった面影はなく、すっかり目つきも人相も変わってしまっていました。
……え、わたし?
一瞬ひえっとなったのは事実です。……だって、戦闘力的な意味ではわたし、一桁台でしょうしね。
変に人質にでも取られたらどうしよう迷惑掛けるなあ、あともし何かあったらそして気が向いたらドラゴンボールで生き返らせてほしいなあ、くらいのところまで一気に考えたような気がします。
それも、杞憂に終わりました。
勇者さんが一歩動いて、おじいさんからの視線を遮断してくれたんです。
今度こそ手詰まりとなったらしく、向こうは跳躍し、パイプや配管を蹴って暗がりの潜む天井の方へと消えていきました。
しばらく様子を見ていましたが、寂として気配はないように思えます。広がった炎の弾ける音だけが辺りにありました。
「お兄ちゃん」
トランクスくんが駆け寄ってきます。
見上げた勇者さんの顔、わたしの位置からはその表情はわかりません。
すぐにしょぼん、とした感じで顔を落とすトランクスくんの様子からして、今までと同じ拒絶のそれだったのかもしれません。
「わかったよ、帰るよ……おねえちゃん、行こう」
そう言ってわたしの手を取った時、
「腹がへったな」、と声がしたんです。
わたしもトランクスくんも、繋いだ手をそのままに思わず瞬きしちゃいましたっけ。
今までとはまるで違う声色に振り向くと、その人は微かに笑っていました。
空気が緩むのを感じます。
それはきっと、勇者さんなりの仲直りの言葉なのだと思いました。
「一緒に……食べるか?」
「! ……うん!!」
パッとトランクスくんの顔が明るくなり、それからは――ブルマさんもご存知の通りです。
わたし達は勇者さんを伴って、一緒にカプセルコーポレーションに帰ってきたんです。
……だって、一人分の夕食を半分こならぬ「さんぶんこ」(三人ですもんね)して、とてもじゃないですけど、勇者さんのお腹を満たすには足りなかったんですから。
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