6 タピオン

……俺が話す番か。
そうだな……、どこから話せばいいんだろうな。
コナッツ星での始まりの時からか、或いは、俺たち兄弟が幻魔人を封じた時か……。
いや……そうだな。
この地球で復活してからのこと、そこから順を追った方が、分かりやすいかもしれない。

……オルゴールの中にいた時のことというのは、正直言って、あまり記憶にないんだ。
あれは、俺たちの永遠の眠りを妨げないための入れものだ。
だから、あの中にいる間は、眠っているのとそう変わらない感覚なんだ。
……だからこそ、封印を解かれた時は、長い眠りから目覚めただけに過ぎなかった。
それでも、眠りにつく前までの記憶ははっきりとあった。
そして目を開ければ、何人かの人の中に見覚えのある姿の魔導師・ホイがいた。
間違いない、封印を解いたのはこいつだ。そう悟ったんだ。
……殺しはしなかった。
奴の目的は、俺の中の幻魔人だ。
しかし、俺を再びオルゴールの中へ封印することはもう叶わず、何の情報もない。
無為に倒してしまうには早計だったし、何より、できることなら殺さずに済ませたかった。
……今思えば、甘かったのかもしれないな。
最初のこの時にどうにかしていれば、後々の被害をもっと小さくすることもできたかもしれない……。

ああ……、復活した直後のことだったな。
ひとまず俺は、人気のない場所を探した。
もし俺の中の封印が解け、ヒルデガーンが現れれば、大変なことになる。
思いの外近くに廃屋のような場所を見つけ、仮の宿とすることに決めたんだ。

……そうだな。
そもそもここが何という星なのか、どんな時代かもわからなかったからな。
地理も把握できなかったから、迂闊に動くこともできなかった。
オルゴールの封印が解かれることは、もう永遠にないだろうと思っていた。
そうであるべきだと願っていたんだ。だから、この先どうすればいいのか、俺は思い悩んだ。
そんな時にやってきたのが、トランクスだったんだ。

「あ……あの、お兄ちゃん、お肉ここに置いとくから」
「お、お兄ちゃん、良かったらこれ使ってよ」
「はは、わかってるよ! 朝ご飯、ここに置いてくね!」
「その笛、いい音だね。もっと吹いてよ!」

……俺の事情に、この子を巻き込むわけにはいかない。
わざと強い言い方で追い払ったつもりだったが、それでも何度も訪ねてきたな。
なら、もう、相手にしないことにしようと。……そう思ったんだ。
……トランクスがさっき、話してくれたな。
朝、工場跡に行ってみたら、大きな穴がぽっかりと開いていたって。
一度、ヒルデガーンの上半身が、俺の中から目覚めてしまったことがあった。あれは、その時に破壊されてできた跡だったんだ。
何とか再び身体の中に封じることはできたが、いつまでこうしていられるかわからない。

八方塞がりだった。
再び夜がやってきた。……トランクスと、それから。君たちがやってきた。
俺はだけに、もう来ないでほしいと伝えたんだ。
……はは。も半分、諦めていたな。トランクスは、食事を持ってくるのを止めたりしないだろうって。

そうして、二人が帰ろうとした矢先に現れたのがあのホイだ。
奴のその時の狙いは、俺が持つオカリナ……幻魔人を抑える力を持つ笛を奪うこと。
そしてそのまま、俺の中のヒルデガーンを引き摺り出すつもりだったんだろう。
いち早く笛を拾い上げたトランクスが、俺とホイのどちらにそれを渡すのか。それが、一つの命運の分かれ目だった。
今まで人を遠ざけようと振舞っていた俺を、けれど、トランクスは信じてくれた。

……ホイが姿を消した後。
俺は、これからどうするべきかを考えた。
目の前には、未だにこちらを気遣うトランクスがいた。
……向こうが信じてくれたように、俺も、信じてみてもいいのかもしれない。
そう、思ったんだ。
はは……、それに、あれだけ来るなと言っても何度も訪ねてきたトランクスだったからな。
それまでの態度が通じなかったことを改めて思い返したら、急に肩の力が抜けたんだ。


トランクスに、それに皆が歓迎してくれたな。
食事から何から世話になって、トランクスの部屋に案内されて……。
……ようやくトランクスがベッドに入ったのは、もう大分遅い時間だった気がする。
に、「話の続きは明日聞こうね」と促されてようやくのことだった。
眠る時間だからと、照明を落とした直後に何気なくトランクスが訊いてきたな。兄弟はいるのかと。
ぎくりとしたのを、覚えている。
……そのことを深く考えるのを、頭のどこかで避けていたんだ。
けれど、トランクスは深くは追究せず、俺のいた星のことを話してくれとせがんできた。
だから俺は、昔話をしてやった。この時代からは遥か遠い、昔の話……。
そう多くを話したわけではなかったが、気付けばトランクスは寝息を立てていて。
……俺は。
俺は、トランクスの寝顔を見ながら、それまで考えないようにしていたことを考えた。同じくらいの年頃の、弟のことを。

あのホイが俺を復活させたこと。
街に現れた、下半身だけの怪物の存在。
それだけの事実で、十分に分かり得ることだった。
――ミノシア。おまえは、殺されてしまったんだな……!!

ふと気付いた時には、が静かに俺を見ていた。
何も言わなかったが、君はきっと、この時既に何かに気付いていただろう。
けれど、何も訊ねてはこなかったな。
……俺が礼を伝えて出ていこうとした時も、特別に引き留めるわけでもなかった。ただ、

「たぶん、トランクスくんはまた会いに行きますよ?」
「……そうかもしれないな」

そんなやり取りをしたのを、覚えている。
トランクスの家の廊下での、ほんの一時のことだった。
もう夜も遅く、寂として音のない時間の中、そっとがこう言った。

「一晩くらい、ゆっくりしていく訳にはいかないんですか……?」
「…………」

俺は首を振った。
もしここで、自分の中の幻魔人が目覚めるようなことがあったら。
そう思うと、やはりここにはいられないと思ったんだ。

「どうしたの?」

……ブルマさんが声を掛けてきてくれたのは、そんな時でした。
そうして、俺はとブルマさんに全てを語ることにしたんです。何でもいい、何か現状を打破する糸口が掴めれば……と。
ここから、先程ブルマさんが話してくれた部分に繋がるのですが……。
……驚きました。
この星とこの時代の技術はもちろんのこと、が……俺や弟のことまで知る存在であることにも。
(そんなことがあり得るのか、とも思いましたが、ミノシアの特徴を言い当てたのは事実なのです)
しかしとにかく、オルゴールに代わるものを作って頂くことになり、ようやく希望が見えてきたように思えました。
そう思う合間にも、ブルマさんやはこれからのことを話しています。

「ブルマさん、どのくらいの時間で完成しそうでしょうか?」
「そうね、今から取り掛かれば、明日には……」
「そんなに早く……できるものなのですか?」

俺が思わず訊ねると、小さく笑んだがこう言っていたな。

「ブルマさんは、タイムマシンだって作っちゃう天才なんです。安心して大丈夫ですよ」
「ふふっ、それじゃあご期待にそえるように、頑張っちゃおうかしら!」
「何かお手伝いできること、ありませんか?」

両手をぽんと合わせながら、が意気込んで続けていたのを覚えている。

「できることなら、何でもしますよ!」
「ありがと。でも大丈夫よ、もうある程度は頭の中でできてるし、作り上げるのもあたしに任せて。だから」

ブルマさんがこちらを見て、言いました。

「完成するまでの間、タピオンが眠ってしまわないように一緒にいてあげて、話し相手にでもなったげなさい。ちゃんなら、この世界のこととか客観的にも詳しいし、色々教えてあげられるでしょ?」
「あ、はい。分かりました」
「よーし、じゃああたしはラボに籠もるから後はよろしくね」

肯いて了承を示すと俺とを交互に見て、ブルマさんは微笑みながら部屋を出ていきました。
……いい人達だと思いました。
自分を受け入れ、これから先の道筋までも照らしてくれようとしている。
だからこそ、と思いました。
ここまでしてくれる人達に、万一のことがあれば、その時は……。

……そんなことを考え、ふと気付けば、は俯きがちに目を伏せながら、何やら難しい顔をしていたな。
トランクスと一緒にいる間、そしてブルマさんといる間にも何度か言葉を交わしただったが、俺はまだこの時、君のことをよく知らなかった。
やはり、俺がここにいるのは迷惑だろうか。
そう思い、「すまない」と口火を切れば、さっきまでのの難しい顔が引っ込んで、代わりにきょとんとしたそれになった。

「君はもう休んだ方がいい」、と言えば、今度は疑問符を浮かべた顔になる。

「俺一人でも、明日まで眠らずにいられる。……だから、君はもう休め」
「いやいや、待って待って、待ってください」

片手をブンブンと振りながら、は目を細めて俺を見た。

「わたし、ずっと起きてる気満々ですけれども?」
「しかし……」
「……ああ、もしかしてわたしがいない方がいいとか、気楽だとかそういう感じですか? もう、傷付くなあ」

冗談交じりの口調でそんなふうに言うは、本当にさっきまでの表情がなかったもののようで。
「まあでも、もしそうなら仕方ないから、離れてわたし、起きてますよ」、
なんて続けて言っていたな。

「勇者さんがもし寝落ちしそうになったら、その時だけわたし、全力で揺さぶり起こしに来ますから」

その言い草に、小さく俺は破顔した。
そして少しの間の後、訊ねたんだ。

「……君は」
「はい?」
「別の世界の人間なんだな」
「そうですね」
「弟のことも知っていた」
「……はっきりとでは、ないんですけど」
「…………。この後、どういう形で決着がつくのかも」

君は知っているのだろうか。
は、ほんの少し黙り込んでいたな。
ややあって、長い息を吐いて。見れば、あの難しい表情がまた浮かんでいるのが分かった。
「……こんなことなら」、とが呟くのが聞こえたんだ。
しみじみといった様子で、ほとんど独り言にも近かったような気がしたな。

「こんなことなら、劇場版のドラゴンボール見返しておくんだったな……」
「……ドラゴンボール?」

よく解らない単語を反芻すると、はすぐに表情を和らげて肯いたんだ。

「ゆっくり、お話しますね」




朝は、驚くほどすぐにやってきた。
……本当に、そう感じたんだ。独り廃屋に身を隠し、ただ時間が過ぎるのを見つめていただけの夜とは大違いだった。
丁度話が途切れた時に、パタパタと軽い駆け足の音が聞こえてきて。
と顔を見合わせた時、広間に入ってきたのがトランクスだった。

「あ……良かった、ちゃんと泊っていってくれたんだねお兄ちゃん!」
「おはよう、トランクス」
「トランクスくん、おはよー」
「うん、おはよう! ねえ、朝ごはん食べたら、外でみんなで遊ぼうよ!!」

笑顔で言うトランクスに、「じゃあ」、と立ち上がったは続けて言った。

「皆で歯磨きと顔洗うのと朝ご飯、行こっか」
「うん!」

そう応じて、俺との手をとって、トランクスが駆け出すんだ。
その時確かに、俺は希望を感じ得ていた。
……もしかしたら自分は、新たに生きることができるかもしれない。そう思い始めていたんだ。
朝食の後、庭(というには随分と広大だったが)に出て朝日を浴び、吹く風の匂いを静かに吸い込んでいると、トランクスが腕にしがみついてくる。
そのまま腕を持ち上げてみせていると、
「……そうしてると」、が小さく笑って言ったな。

「ふつうに兄弟みたいだね、二人とも」
「ホント!?」
「……そういうとトランクスこそ」

腕を下ろしながら、言い返したさ。

「俺は最初、本当の姉弟だと思っていたんだが」
「はいハズレでーす、残念でした!」

両手でバツを作りながら言うと皆で笑い合っていると、唐突に
「できたわよー!」の声。
皆で声の方を振り仰ぐと、ブルマさんが建物の上階からこちらを見下ろしていました。
まだ詳しくを話していなかったトランクスが、ポカンとして「何が?」と小さく呟くのに答えるかのように、ブルマさんは続けていました。

「タピオンのベッドルーム!」



設置されたそのボックスは、外観さえ封印のオルゴールに似ていましたが、大きさはかなりのものでした。
小部屋ひとつといった造りで、俺一人が休むには十分な空間。
試しに足を踏み入れてみると、確かに、オルゴールに護られていた時と同じ力を感じたのです。
本当にブルマさんは、たった一晩でオルゴールに代わるものを作り上げてしまった。
それは、どれほど感謝してもし足りない程有難いことでした。

「大丈夫そうですか?」
「ああ。ここでなら……眠れそうだ」

そっと声を掛けてくるに、そう応じてみせる。
「良かった」、とこぼすように言うは、ブルマさんに向き合うとこう訊ねていたな。

「どういう仕組みになってるんですか?」
「そもそもあのオルゴールなんだけど、あのメロディーが一定の特徴的な周波を奏でてるのよね。簡単に言うとそれが、幻魔人にとって不都合な周波なワケ」

このボックス内では、聴き取れないように調整した全く同じメロディーが、絶えず流れているの。
だから、

「これでもう安心して眠っても大丈夫」
「どうも……ありがとうございます!」

俺は心からお礼を言いました。
感謝していました。こうして助けてくれる人達に。
数日間もの間眠っていなかった俺は、ブルマさんたちに気遣われてすぐに身を休めることになりました。
すぐさま眠りに落ちるかと思えば、しかし、そうではありませんでした。
目を閉じながらも思い浮かぶのは、朝までの間に交わした、との会話でのあれこれです。

――わたしは、勇者さんが最後どうなるのかだけは、はっきり覚えてます。
――でも、そこに行き着くまでの間何が起こるのかは、正直、覚えていないんです。
――このまま平和に終わるかと言われれば、そうはいかないと思います。
――でも、歴史が変わったりしない限りは大丈夫。
――だから、今はブルマさんを待ちましょう。


君は、この後の事を憂慮し、俺を案じてくれた。
トランクス。
おまえは、最後まで俺を支え、本当の兄のように慕ってくれた。
ブルマさん。
あなたは、俺に休息の場を与えてくれただけでなく、ずっとここにいてもいいのだとまで言ってくれた。
俺は、もう誰も犠牲にしたくない。
コナッツ星でのような悪夢は、もう繰り返したくなかった。
……は大丈夫だと言ったが、もし「歴史が変わる」ようなことがあったなら、その時は……。
そう考えている間に、いつしか眠ってしまったようでした。
しかし……、ベッドルームは完璧なものだったにも関わらず、ヒルデガーンの下半身と引き合う力はとても強力でした。
一度綻んでしまった封印では、やはり、繋ぎとめるのは難しかったようです。
次に目覚めた時、俺は……俺の中の上半身は、ヒルデガーンの下半身と強く共鳴を始めていたのです。






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