9 トランクス・タピオン・ブルマ

魔導士ホイの気が、消えた。
ヒルデガーンの足元でね。……あっけなかった。
あんなに幻魔人を操ってる風だったのに、あっさりと踏み潰されたんだ。
オレたちの眼前にはそのヒルデガーンが迫ってたから、それどころじゃなかったけど。
しばらくしてから神龍に「今回の件で死んだ人たちを生き返らせてほしい」ってお願いをした時も、悪い奴は除いて、って付け加えておいた。
だから、ホイも生き返ってはいないさ。
あの世で閻魔様に裁かれて、きっと今頃、地獄にいるのは間違いないと思うぜ。

……それから、どうなったかって?
もう、だいたいの想像はついてるだろ?
そりゃあ、本当ならオレが一気に片付けてれば良かったんだけど……、そこはまあ、お兄ちゃんの言った通り。
オレはヒルデガーンの反撃に遭って、弾かれたんだ。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたけど、剣だけは手放さなかった。
でも、すぐには立ち上がれなくて。
気が付いたら、オレはお兄ちゃんに抱きかかえられてたっけ。

「トランクス!!」
「……お兄ちゃん」

見上げれば、すぐ間近にお兄ちゃんの顔があった。
気が漲ってるのがわかった。……おねえちゃんのおかげだったんだね。
今のお兄ちゃんなら、って思った。
きっともうすぐ、何もかもが終わる。勇者は怪物を倒し、全ての決着をつけてくれるんだ。
そんな安堵をどこか覚えながら、オレはお兄ちゃんを見つめ返した。

「トランクス、の傍にいてやってくれ」
「……うん」

オレは肯いてみせた。
気の多くを使ってしまったおねえちゃんは、察知しただけでもかなり消耗してるって、すぐにわかったから。
だから、握っていた剣をお兄ちゃんに返して。それからおねえちゃんの元に戻ったんだ。
すぐさま振り向けば、幻魔人の一撃を受け止めてる悟空さんの姿が向こうにあった。
そして、剣を手にしたお兄ちゃんが真っ直ぐに駆けて、跳躍するのもね。

まるで、スローモーションを見ているみたいだった。
ヒルデガーンの身体がお兄ちゃんの剣で両断されるのを、オレとおねえちゃんは確かに見たんだ。

時間が止まったような瞬間――そのタイミングを、悟空さんは逃さなかった。
迸るとてつもない気に、目を開けていられない。
……金色に輝くその光が消えたのは、どれくらい経ってからだろう。
音という音までもが消えたみたいに、辺りはとても静かだったっけ。
気付けば、風が渡っていたんだ。
少し前までに吹きつけていた、生ぬるい温度の風なんかじゃない。少し冷えた、でも心地いい風がオレたちの街を渡っていく。
灰色に淀んでいた世界には、大きく太陽の光が差し始めてた。
悟空さんの凄まじい気に空の雲さえ吹き飛び、そこから青い空がのぞいてたんだ。陽の光が、眩しかった。
何もかもが、終わっていた。
その証拠に、ヒルデガーンの気は何処にも見つけられない。
……キラキラ光る、光の粒しか残っていなかった。それさえも空に弾けて、あっという間に消えていく。
幻魔人は跡形もなく消え去り、消滅したんだ。

「やったあ!!」

今度こそ、本当の本当にオレたちの勝ちだった。
傍らを振り仰げば、おねえちゃんは肯いてくれる。
……オレは、何処かで何かを間違えたのかなってずっと不安だった。でも、そうじゃなかった。
物語は、ハッピーエンドで終わる。
微笑むおねえちゃんに笑み返しながら、オレは心の底から安堵したんだ。
皆の力を合わせての、正真正銘の大勝利さ。
こうして封印されていた幻魔人ヒルデガーンは、遂に倒されて、世界に平和が戻ったんだ!


ここまでで、あらすじは一段落ってとこかな。
おねえちゃんに聞いたら、劇場版では、すぐにお兄ちゃんはタイムマシンで、自分のいた時代に帰ってしまうんだって言ってた。
この場面が、おねえちゃんの言う「覚えてる部分」なんだよね。
……でも、そうはならなかった。
だって今、こうしてお兄ちゃんはまだこの場にいるだろ?
どうしてそうなったかって言うと……。


皆が、オレんちのあった場所に集まってた。
都は半分、壊滅状態だった。
……まあ、これも後になって、神龍にお願いして直してもらったんだけどさ。本当に、ドラゴンボール様様だと思ってる。
とにかく、そうやって集まって。
どうにか全員無事だってわかって、ホッとしたのさ。
皆で一安心している間に、ママがそっと、カプセルケースの中から一つを取り出したんだ。
タイムマシンのカプセルさ。
おねえちゃんがこの世界にやってくるきっかけになったそれを、ママはいつの間にか、ちゃんと最後まで作り上げていたんだよね。
オレは、ママを見上げて言ったんだ。

「ママ、それ」
「……完成させといて良かったわ。タピオンを元の時代に帰してあげられるもの」

言って、ママがカプセルのボタンを押そうとするんだ。
――きっと、そのままだったなら。
おねえちゃんの言うストーリー通り、この時にお兄ちゃんは千年前のコナッツ星に帰っていたんだと思う。
でも、そうはならなかった。
「ブルマさん」、っておねえちゃんが呼び止めたんだ。

「タイムマシンを使うの……少し、待ってもらえませんか?」
ちゃん? どうしたの?」
「……ドラゴンボールを使って、タピオンさんの弟さんを生き返らせてほしいんです」
「!」

驚いたように、お兄ちゃんはおねえちゃんを見てたっけ。
それでもおねえちゃんは、続けてこう言ったんだ。
わたしの記憶では、このまま勇者さんはこの場で元の時代に帰ってしまいますけど。
でも、……弟さんがこのままなのはあんまりだと思うんです。だから……。
おねえちゃんの意見に、皆大賛成だったよ。
ただ、都の再建と殺された人たちを生き返らせるっていう願いを叶えること。それを先にしてほしいって、お兄ちゃんが申し出たんだ。
……お兄ちゃんは、オレたちの都が元通りになるのを、ちゃんと見届けたかったんだよね。
しばらく経って、ドラゴンボールが復活した時には、皆でボールを集めたんだ。お兄ちゃんやおねえちゃんも一緒にね。
そして実際に神龍に願いを叶えてもらって、都が元の姿を取り戻した時。
心底安心した、って顔だったなあ。お兄ちゃん。

時間は、あっという間だった。
それからまた、一年が経って。
今度はお兄ちゃんの願い!
でも、ただ生き返らせるのじゃ駄目なんだって、皆が言ってたっけ。
「まず魂を、地球に移動させてからじゃないと駄目なのよ」
ってママが言ってたけど、昔、オレが生まれる前にも似たようなことがあったんだって。
その時に、パパがそう助言してくれたらしいんだけどさ。
ま、とにかく。
そうやって魂移動させるのと、生き返らせるのとで願いは叶えられたんだ。

――長い話になっちゃったな。
でも、今までに何があったのかっていうオレたちの話は、これでお終い。
こうしてようやく君が復活したってわけさ、ミノシア!






「……そうだったんだね」

話を聞き終えた弟が、ゆっくりと肯いた。
俺は隣に座るその子を改めて見る。
ミノシアが、目の前にいる。
……こんな奇跡があるのかと、何度も思う。けれど、確かに弟はそこに居た。
生き返った当初は何が起こったのかわからずに混乱した様子だったミノシアも、すっかり今は落ち着きを取り戻している。
いつの時代、何処の星で果てたかもわからない弟を生き返らせるなど、ドラゴンボールの話を聞いた時でもおそらく不可能だろうと思っていた。
の言うような「ストーリー通り」というのも、確かにひとつの終末だったのだろう。
俺だけが、千年前に帰還するという結末。
しかし彼女は、その不可能とも思われた可能性を掬い上げ、俺の前に光を与えてくれた。

「兄さん、……本当に夢じゃないんだよね」
「ああ」

見上げてくるのは、別れた時から何も変わっていない弟の目だ。
……いや。
ミノシアからも、何があったのかは聞いている。
封印を解かれ、気付けば暗い惑星に独り佇んでいたという。
たった独りで半身のヒルデガーンと対峙し、そして……。

「おまえも……辛かったな。よく頑張った」
「…………」

言葉にならないようで、ミノシアはただジッと見つめてくる。
まだ小さく、そして俺のように助けてくれる人達に恵まれたのでもない。それでもあの幻魔人に立ち向かった弟。
その目には涙が滲んでいたが、すぐに取り繕うように手の甲で擦ると、皆の方を振り返った。
事の次第を話してくれたトランクスや、そしてブルマさん達は、その涙に気付いただろうか。
ミノシアが頭を下げた。言った。

「本当に……皆さん、ありがとうございます」

俺も揃って頭を下げようとした時、不意に視界がぼやけた。
涙が滲んでいるのがミノシアだけではないのだと、その時になってようやく気付いた。





それから、幾日かが過ぎていった。
ミノシアもすっかり皆と打ち解け、今日もトランクスと庭を駆け回っている。
よく晴れた日だった。風が草の香りを運び、陽の光が心地良い。
木陰の下、としばらく子供たちの様子を見ていた。
談笑を交わしている間にふと辺りが静かなことに気付き、見ればミノシアもトランクスも草原の上にしゃがみ込んでいる。
何をしているのかは分からない。

「さっきまでは元気いっぱいだったのに」、
もその様子に気付いて、おや、というように呟いた。
「何してるのかな……?」
「……よし、できたっ! さーん」
「あっ! 待てよミノシア!!」

呟きに答えるようなタイミングで弟たちが声を上げ、こちらに駆け寄ってくる。
後ろ手に何かを隠していたかと思うと、目の前に差し出されたのは花冠、そしてクローバーと呼ばれるらしい植物だ。

さん、あの、良かったらどうぞ!」
「……わたしに? 貰っていいの?」
「お兄ちゃん、はいコレ」
「……俺に?」
「四つ葉のクローバーって言って、見つけるといいことがあるんだよ」

そう言ってに花冠が、俺にはクローバーが手渡される。
トランクスがの方を見やって、言った。

「後で、おねえちゃんの分も見つけておくからねっ」
「うん、待ってるね。ミノシアくんもありがとう、すごい上手だね」
「えへへ」
「……ちぇっ、花の冠なんてオレ、作ったことないもんな」

眉根を寄せ、「ずるいや」とトランクスが口を少し尖らせるが、
「珍しいな。四つの葉がついているなんて」
「! そうだよね!」
俺が零すと、パッと笑みが広がっていつものトランクスの表情になる。

「見つけるの、スッゲー苦労したんだ!」
「お疲れ様、トランクスくん」
「へへっ。……でも、やっぱオレは身体動かしてる方がいいな〜。ミノシア、今度は対決ごっこしようぜ!」
「うん!」

そんなやり取りを交わして、再び二人は駆けていく。
微かに笑む気配があり、そっと窺えばは目を細めてトランクス達を見ていた。

「二人とも、可愛いな……」
「そうだな」
「タピオンもいいお兄さんだし」
「……そうか?」
「そう」

言って、は微笑んだ。
共に過ごすようになり、いつしか、彼女も皆と同じように俺のことを呼んでくれるようになっていた。
ミノシアはにも既に懐いていたし、自身も弟を可愛がってくれている。
こうして四人で過ごすようになったのはまだ数日のことだったが、まるで皆が兄弟、或いは姉弟のようにさえ思えてくる。
穏やかな時間だった。
……こうした時間も、あと少しではあったが。
ドラゴンボールで弟を復活させたら、千年前――俺達の時代のコナッツ星に帰ることは以前から決めていた。
トランクスは寂しがったが、「タイムマシンがあればまた会えるわ」とブルマさんに諭され納得したようだ。
ただミノシアも「せっかく仲良くなったのに」と、トランクス達と離れることを惜しんだので、もう少しだけ滞在することにしている。
この地球の暦で、今月の末にコナッツ星に帰ることになっていた。

頭上を見上げる。
木漏れ日が輝き、静かに光が差し込んでくる。
もう二度と封印が解かれることは無いと思って眠りについたあの時からは、想像もしなかった未来。
奇跡とは、こういうことを言うのだろうと思った。
そして、それを起こしたのは。

「……
「……?」

手元の花冠に目を落としていた彼女は、その視線をこちらに向けた。

「――君は、弟がどんな結末を迎えたのか覚えていたんだな」
「…………」

表情も変えず、黙って俺を見返してくる。
けれど、僅かに伏せられた目と沈黙の中に、否定を示すものは見当たらない。
とブルマさんに全てを打ち明けたあの夜、俺がミノシアについてを訊ねた時には口を噤んでいたが、あの時には言えなかったのだろう。
そしてそれを覚えていたからこそ、は弟のことを気に病んでいたのだ。
やがて、ぽつりと彼女は言った。

「ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃないんだ。……むしろ」

感謝していた。
例え、断片的な記憶であっても。
それでも。……君は、弟のことを覚えていてくれた。
君の記憶の片隅にミノシアがいてくれた、そして俺のことも覚えていてくれた。
そのことに感謝していた。そうでなければ、この奇跡は起きていなかったに違いないのだから。
それを伝えようとした時、

「おーい、お兄ちゃんにおねえちゃーんっ」

遠くから、トランクスが声を掛けてくる。
ミノシアも両手を大きく振っていたので、片手を挙げて応じて見せる。勿論も。

「ジュース取ってくるけど、お兄ちゃん達も飲むー?」
「ああ、頼む」

カプセルコーポレーションの中に、二人が駆けていく。
沈黙が落ちた。
言おうとしていたことを改めて伝えるべきか迷ったが、間があいてしまったこともあり、言葉で伝えるのは断念する。
代わりに、その手の中の花冠を指し示すと、疑問符を浮かべながらもは手渡してくる。
そっとその黒髪の上にのせれば、白い花弁がとても映えた。

「よく似合う」
「…………う、うん」

言葉に詰まったように、
「どーも」、と声を絞り出す。
手持ち無沙汰な様子のに内心苦笑するが、しかし不意に、彼女は真面目な顔になった。
言った。

「……タピオンは」
「……?」
「やっぱり、千年前に帰るんだよね」
「……も、次のドラゴンボールの願いで元の世界に帰るんだろう?」
「…………」

彼女の沈黙の中には、迷うような空気があった。
……ドラゴンボールの復活を待つまでに過ごした時間。
その間に多くの言葉を交わし、互いを知り、トランクスの兄と姉のように日々を送ってきた。
その中で生まれた感情を、俺は本当であれば、このまま仕舞い込むつもりでいた。
ずっと思いあぐねていたが、彼女にこれ以上を望むのは、あまりに身勝手なことのように思えたのだ。だから。
このまま別れの時が来れば、彼女とも離別することになるだろう。
そしてそれは、トランクス達とはまた違う別れだ。
別の世界から訪れたは、次のドラゴンボール復活の時を待ち、そして彼女もまた元の世界へと還るのだ。
例えタイムマシンでこの時代のこの場所へと戻ってきたとしても、はもう、ここにはいない。
それを思うと、胸が痛んだ。
……気付けば、静かにが、その背を芝生の上に預けていた。
仰向けのまま腕を枕にして、目をそっと閉ざしている。

「……寂しいな」

ぽつりと言葉が落ちたのは、彼女の口からだった。
だから。



呼び掛けると、何も言わずにその目蓋が持ち上げられる。
片手を地面につき、俺はその顔を覗き込んだ。
には当然のように選ぶ権利がある。……だから、自分の意思で決めてほしい。そう思った。
言った。

「今から、俺がしようとすることが嫌だったら――」

その時は、遠慮せずに俺を拒絶してほしい。
一度瞬いた目と目が、合っていた。
風が、緩やかに木陰を通り抜けていく。
そっと顔を近付けても、は拒まなかった。
彼女と、花冠の花の香りがした。……時間が止まったような気がした。
唇が離れると、しばらく黙っていたは片腕で両の目を隠すようにして、ようやく、
「えーと」、と声を発した。

「……念のためにお伺いしておきますけれども」
「…………?」
「今のは、コナッツ星ではどういう意味でしょう」

何故か、会ったばかりの頃のような、妙に丁寧な口ぶり。
その様子が何とも言えず、小さく笑ってしまいそうになる。
これまで共に過ごしてきて、思いのほか文化や慣習が地球と似通っていることを十分なほど話してあるはずなのに。

「地球と同じ意味だ」
「……そう」

数拍の間があった。けれど、
「良かった」
という消え入りそうな声の音は、確かに、そう言ったように思う。
隠した両の目、その下に覗く頬が見る見るうちに赤く染まるのは見ない振りをすることにした。





「ママ、皆の分のジュースもらうね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいトランクス!」

冷蔵庫の中身を取って、すぐさま駆け出そうとしたトランクスを慌てて呼び止めたわ。
つい、強い調子で言っちゃったからあの子、吃驚しちゃってね。

「……ど、どうしたのママ? なんか慌ててない?」
「何でもないわ。……そうだ、トランクス、ミノシアくん。冷蔵庫にケーキがあるから、切ってタピオンとちゃんにも持っていってあげて」
「やったあ!」
「ありがとうございます、頂きます!」

そう言って二人を引き留めるのは大成功。
それにしても、ミノシアくんはお兄さんに似て、とっても礼儀正しいの。うちのトランクスにも見習ってほしいわ。
……それはそうと、タピオンも隅に置けないのね。
だって、窓の向こうで何が起きてるのか見えちゃったんだもの。トランクス達の身長だと、丁度見えないでしょうけど。
この子たちを引き留めておいたのはこのあたしなんだから、感謝してほしいわね。
……なーんてね。冗談よ。
あたしが言いたいのはたった一つだけ。
しあわせになりなさいよね、コナッツ星の勇者様、それにちゃん!






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