終章 ・タピオン
トランクスくん、ブルマさん、お久しぶりですね。
約束通り、遊びに来ちゃいました! お元気そうで何よりです。
……半年ぶり、くらいですか?
タイムマシンの往復分のエネルギーが溜まるの、思っていたより早かったですね。
原作の「未来」では、確か年単位が必要でしたから。
その辺りはブルマさんの、技術力向上による賜物なんでしょうね。
……わたしも元気みたいで良かった、ですか?
ええ! だってタピオンとミノシアくんがとても良くしてくれますから!
それに、コナッツ星の皆さんもいい人達ばかりですよ。
神様や神官さんも、快くわたしを受け入れてくださいましたし。
それに、コナッツ星って地球に似て、本当に自然豊かな美しい星なんです。
機会があれば、こちらの皆さんも遊びに来られたらいいんですけど……。
トランクスくん。
少し背、伸びたかな? この前は、ミノシアくんと同じくらいだったよね。
並んでみる?
でも、ミノシアくんも少し背、伸びたんじゃないかなあ。あ、やっぱり二人とも同じくらいだね。
ふふ、成長期だね。今度何回目かに会いに来たら、わたし抜かされてるかも。
大きくなったトランクスくんがどんなふうかは知ってるけど、本人に会えるの、楽しみだなあ。
ブルマさん、こちらはお変わりないですか?
良ければ近況、教えてください。
……。
…………。
あ、ごめんなさい。
いいえ、疲れてるとかじゃないんです。そうじゃなくて。
……今だから言うんですけど、わたし、すごく不安だったんです。
何って、何もかもがですよ。
この世界に落ちてきてしまったこと、タピオンの一件が始まった時のこと。そしてわたしが、コナッツ星に行くことを決めてしまったこと……。
だって、知っているとはいえ全く別の世界なんですから。
不安にならないはず、ないじゃないですか。
それによりによって、記憶がほとんど薄れた劇場版が始まってしまうなんて思ってもみませんでしたし……。
もしもストーリー通りに話が進まなかったら、原作の最終回をも変えてしまうかもしれません。
そんな「もしも」を考えてしまって、あの時はずっと不安でした。
だから今は、正直ホッとしてるんです。
こうして無事に、将来大きくなったトランクスくんにも会えそうな感じでいることですし。
このまま世界は続いていくんでしょうね、きっと。
……わたしがコナッツ星に行くのを決めた時もそうです。
タピオンとはたくさん相談しましたけど、わたしの家族とは話し合いを持てませんでしたから。これは、仕方のないことでしたけど。
自分で決めたこととはいえ、ほんと言うと、これでいいのかなってずっと思ってました。
結果、とってもしあわせですよ。
だって、大好きな人達と一緒にいられるんですもの。そりゃあしあわせですよね。
……あはは、わたし、考えすぎてたみたいですね。
本当にこれでいいのかって、決めるのはわたしのはずなのに。慎重になりすぎてたみたいです。
それにこうやって、地球とも行き来できていますしね。
いざとなれば、わたしの世界にも戻ろうと思えば、そうできるでしょう。
最近になって、ようやくそんなふうに力を抜いて、考えられるようになってきたんです。
どうしてあんなに力んでたんだろうって、今なら思いますよ。笑っちゃいますね、ほんと。
でもきっと、わたしは自分の世界には戻らないでしょう。
だって、さっき言ったとおり。しあわせなんですから。
大丈夫です。
わたしの世界も、この世界も。そして千年前のコナッツ星も。
全部がきっとどこかで繋がっていますから。そうでなかったら、わたし達は今、ここにいませんもんね。
ブルマさん、トランクスくん。
改めてですけど。こうしてまた、時々遊びに来てもいいですか……?
――そうですか、ああ、良かったです!
タピオンとミノシアくんも今回、遊びに来るのすごく楽しみにしてたんですよ。
どれくらい楽しみにしてたかっていうと……。
あ、わたしばっかりお話しちゃってすいません。
――その辺りは、ミノシアくんがお話してくれそうですね。じゃあ、バトンタッチしようかな。
それで、その次はタピオン。それでいいよね?
うん、じゃあ、ミノシアくんどうぞ!
俺は、黙って皆の話を聞いていた。
そうしながら、先程まで話をしていたのことを考える。
……。
君は、そんなふうに思ってくれていたんだな。
自分の中で、安堵とも言えるものが広がるのを感じる。あたたかく、穏やかな感覚。
この半年の間、俺はずっと考えていた。
君は俺たちの時代、俺たちの星にやって来ることを選んでくれた。しかし――、それで本当に良かったのかと。
世界は、色鮮やかさに満ちていた。
かつて幻魔人ヒルデガーンに荒らされ、滅ぼされかけた故郷の星。
その脅威が消え、星の生命は息を吹き返していた。豊かな緑に豊饒の大地、深い紺碧を湛えた海がそこにある。
穏やかな風が季節の匂いを運び、太陽の光と恵みの雨が降り注ぐ。
破壊された街は復興の兆しを見せ始め、人々には笑顔があった。
コナッツ星が確実に、美しかったあの頃の姿を取り戻しつつあるのを肌で感じる。
俺とミノシアが幻魔人と共にオルゴールに封印され、別々の銀河に流された直後。
その時間軸に、俺たちはタイムマシンで帰ってきた。
神様や神官殿はとても驚いていたが、事の経緯を説明すると俺たちの帰還を心から喜んでくださった。
そして、共にこの時代のこの星へとやって来た。
彼女も快く迎え入れられ、俺たちは互いに時間を重ね始めた。
一度失った弟が、そして本来ならば出会うこともなかっただろうが、自分のすぐ傍にいてくれる。
しあわせな時間だった。
――けれど、失うというその意味を痛いほど知った俺にとって、今、とても恐ろしいことがある。
、君が、いつか自分の世界に戻ってしまうのではないか。
そんな時が来ることを、俺は恐れていた。
タイムマシンで、トランクス達に会いに行こうとしていたその数十分程前。
……ああ。そう、ついさっきのことだな。
旅立ちの準備をしていたら、ミノシアが俺の傍に来て躊躇いがちに声を掛けてきた。
「兄さん」といって。
見れば、何処か困ったような面持ちでこちらを見上げてくる。
ミノシアも勇者と呼ばれてはいたが、実際のところはまだ小さな子供だ。
久しぶりに訪ねようとしている地球、その時を前にして心が落ち着かないのかと思えば、弟は小さな声で「さんが」、とぽつりと言った。
「が、どうした」
「うん……その。向こうに一人でいるのを見て、声を掛けようとしたんだ。そしたら……」
何だか、泣いてたみたいに見えて。それで……。
語尾は不明瞭だったが、俺はそれだけで事情を察した。
ミノシアはどうしたものかと思案した末に、俺に報告するという選択に至ったのだろう。
弟は弟で、とはすっかり打ち解け君を慕っていた。
だからこそだろう。
君が、地球を恋しく思っているのではないかと。
……元の君の世界が、恋しいのではないかと。俺とミノシアはそう心配していたんだ。
「そうか、分かった。……おまえは、地球に行く準備を進めていてくれ」
「……うん」
肯く弟の頭を一撫でしてから、俺は外へ出た。
朝食を取ったばかりの時間だった。太陽は高度を増し、新たな一日を照らし始めている。
ふと見上げた空には澄んだ青が広がっていて、鳥が羽ばたくのが見えた。
そんな時間の中に、君はいた。
空を眺めるその後ろ姿は微動だにしない。
……いや、そう思ったのは一瞬だ。
その右手が、顔を拭うような仕草をしたように見えた。……ミノシアの言ったように、やはり、泣いていたのだろうか。
すぐにでも声を掛けるべきだったのに、躊躇いがあった。
彼女の口から、「帰りたい」という言葉がこぼれるのではないか。それを思うと恐ろしかった。
しかし、意を決して俺は君を呼んだ。
「」
君は、ハッとしたように振り向いて。
そして、慌てたように目元を拭っていたな。
俺は歩み寄ると、その顔を覗き込んだ。その目が微かに潤んでいるのを見つめながら考える。
――どうすることが、彼女にとって一番のしあわせなのだろう?
「……。帰りたいか」
「え」
「地球に、……いや、自分の世界に帰りたいか」
「……?」
瞬く彼女に、俺は繰り返した。
答えを聞くのが恐ろしかった。手にしたはずの幸福の一つがこの手をすり抜け、失われようとしている。……そんな気がしたんだ。
しかし君のその姿を、知らない振りをしたままにするわけにもいかなかった。
そう、望めば地球には、ドラゴンボールがある。
もしが帰りたいと願うのなら、今からでも元の世界に戻ることなど容易いだろう。
だから俺は、が望むならその意のままにしてほしい。そう思ったんだ。
「どうしたのタピオン」、
何を言い出すのだとでも言わんばかりに、はきょとんとしてこちらを見ている。
「何がどうして、そういう話に」
「……君が、泣いていたように見えて」
それで、と弟が言ったのと同じように語尾を濁した。
しかしほんの数秒の沈黙の後、……どういうわけか、彼女は小さくふき出したのだ。
「ああ、これ? もしかして、わたしが故郷を恋しがって泣いてるみたいに見えた?」
「……違うのか」
恐る恐る訊ねれば、はまるでいつも通りに笑っていた。
「ハズレ、残念でした。……これは嬉し涙」
そう言って改めて目元を擦る。
そんな彼女を、俺はただただ見返し、そして繰り返していた。
「嬉し涙……?」
「うん。嬉しいの」
は微笑むと、僅かに間を置いた。
すぐに、「あのね」と口火を切る。
朝の風が辺りを渡っていた。空を流れる雲が陽を隠し、いくらか眩しさが遮られる。
「コナッツ星も、地球も、……わたしの時代の地球も同じだなあって思って」
「同じ?」
「そう。……今ね、地球に行く前にちょっと落ち着こうと思って、朝の空気を吸ってたの」
そうしたら、と彼女は続ける。
「朝の空気の匂いが、地球と一緒だなあって今さらながら思っちゃって。……それが何だか、嬉しくて」
言うと、彼女は静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
緑と土の鮮やかな匂い、少し冷えた心地良い温度。そして、何処までも澄んだ透明な空気。
それらが、の知る朝と同じなのだという。
ただそれだけのことなのに、と再び目を開けた彼女は続ける。
「何だか妙に嬉しくなっちゃった。あはは、わたし嬉し涙って初めてかも」
はにこにこして、何でもないことのように振舞っている。
けれどそれは、俺自身が地球で過ごす間に感じていたのとまるで同じことだった。
――例えば、太陽の光の鮮烈さだとか。
夜空に浮かぶ月や星々の美しさ、渡る風のやさしさと力強さ、抜けるような空の清々しい青さ。
そして或いは、夕暮れや夜明けのような静かな時間の在り方だとか。
俺の時代、俺の星と何も変わらないものが、確かに地球にも存在している。
……それを、君も同じように感じてくれていたんだな。
「だから」と、今度はの方が俺を覗き込むようにしながら言った。
「ホームシックになったわけじゃないので、ご心配なく」
「……」
俺は、君を見返していた。
自分達が今、この場所にいる。そのことを、改めて奇跡なのだと思う。
から、「ドラゴンボール」の世界の歴史のことは聞いていた。
いわゆる正史の時間軸の中で、俺は封印を解かれることとなり現在に至っている。
しかし……彼女の言う「未来」で封印を解かれていたなら。
これまで、何度となく考えてきたことだった。
その辺りは詳しく描かれていないとは言う。そして、深く追求する必要もないだろうと。
正確には、追求できない、ということなのかもしれない。
しかし俺は思う。もし、そうなっていたなら、結末は決して明るいものではなかったのだろう。
幾つもの奇跡が重なって今がある――それなのに自分は、これ以上を望んでもいいのだろうか?
思うが、目の前では微笑んでいる。
君がいつか、元の世界に帰ってしまうのではないか。それが現実になるのが恐ろしかった。
けれど、そうはならないのだろうと今、思うことができた。
だったら。
「君はこれからも、俺の傍にいてくれるか……?」
「もちろん!」
俺の両手を取ろうとする君を、俺はしかし抱き締める。
君は、その腕を背中に回してくる。少しの間、そのままでいた。
けれど、もうじき時間が来るだろう。出発の時間。その時が迫っているはずだった。
「ミノシアが心配していた。戻ろう」
「うん。もうすぐ出発だもんね」
互いに肯いた、その時サッと雲が晴れて黄金色の陽が差した。
眩しい陽の光、君の髪がそれを跳ね返して輝くのが美しいと思った。
俺は、自分の手を差し出していた。
「行こう!」
言えば、君はその手を伸ばしてくる。
あたたかな手を握り返しながら、思う。
。君と一緒なら、何処へでも行けるような気がする。
それはきっと、そうなのだろう。千年後の未来へ、遠い銀河の向こうの地球へ。今俺たちは行こうとしているのだから。
俺は君を愛したい。だから、どうかこれからも傍にいてほしい。そう願いながら道を駆ける。
丘の向こうに、タイムマシンが見えた。そしてその近くにいる弟の姿も。
こちら側を心配そうに見下ろしていたミノシアが、俺たちの顔を見て安堵の表情になる。
両手をこちらに向かって振るのに、俺とは笑って応じてみせる。
朝風が、俺たちの間を駆け抜けていった。
俺と弟の途切れていた時間。それが再び、動き出す。
そこに、君という存在が共にいてくれる。
それが嬉しいと、俺は思った。
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